Notepad++のMac版、原作者が商標侵害で法的措置へ
非公式Mac版「Notepad++ for Mac」がロゴと名称を流用し公式風に振る舞っていた件で、原作者Don Hoが商標侵害を理由に法的手段を取ると表明した。GPLが許すのはコードの自由、ブランドはその外にある。
非公式Mac版「Notepad++ for Mac」がロゴと名称を流用し公式風に振る舞っていた件で、原作者Don Hoが商標侵害を理由に法的手段を取ると表明した。GPLが許すのはコードの自由、ブランドはその外にある。
「公式に見える非公式版」が4月に登場した
Windows用テキストエディタの定番として20年以上君臨してきたNotepad++に、突然macOS版が現れたのは2026年4月のことだ。「Notepad++ for Mac」と名乗るそのアプリは、本家の名前と、目がねじれたカメレオンの公式ロゴを使い、ドメインも「notepad-plus-plus-mac.org」というそっくりなものを取得していた。
開発したのはニューヨーク在住のソフトウェアエンジニア、アンドレイ・レトフ(Andrey Letov)。Apple SiliconとIntel Mac両対応のユニバーサルバイナリで、WineやCrossOverといった互換レイヤーを介さない完全にネイティブな実装だった。技術的には本物だ。Scintillaエンジンを継承し、Objective-C++でCocoa UIを書き直すという、20年間誰も完遂しなかった作業を彼は形にした。
ところが、原作者であるパリ在住のDon Hoがこのプロジェクトに気付いたとき、彼は「何かがおかしい」と感じた。
商標とコードは別物だという、当たり前の話
問題は、Letovがロゴとブランドを流用していたことだった、とDon HoはThe Registerにメールで答えている。Notepad++のソースコードはGNU General Public License v3で公開されている。誰でもフォークでき、好きなプラットフォームに移植できる。Don Ho自身、フォーク・移植を推奨してきた。
しかし、コードのライセンスと商標のライセンスは別だ。これはオープンソース界の基本中の基本でありながら、しばしば見落とされる論点でもある。
Notepad++のソースコードはGPLv3の下で公開されており、誰でもフォーク・移植できる。だが「Notepad++」という名称はDon Hoが登録した商標であり、ライセンスの対象外。コードを使う自由と、名前を使う権利はまったく別物だ。
Letovのサイトは、本家のロゴを掲げ、ドメインに「-mac」を付け足しただけの紛らわしいURLを使い、さらにDon Hoの名前と経歴を著者ページに掲載していた。「これは独立した非公式ポートで、Don Hoや公式チームとは無関係です」という注意書きは、ページをスクロールしないと見つからない場所に置かれていた。
The Registerの記者ですら、最初にサイトを見たときは公式リリースだと思い込んだという。
Don Hoの怒りが爆発するまで
GitHubのIssueスレッドで最初にこの件が議論されたとき、Don Hoの態度は穏やかだった。「Notepad++のコードベースに基づいた、Notepad++ライクなエディタをmacOS向けに作ること自体は歓迎する」と書いている。
条件は明確だった。名前とロゴを外せ。私を著者として記載するな。それだけだ。
Letovの返答は、表向き従順だった。Authorsページから一旦Don Hoの名前を削除し、サイトに「Don Hoと協調しながらブランドを変更していく」というバナーを掲示した。バージョン1.0.6で新しい名前と新しいロゴ、新しいドメインに移行する、と。
その「協調」という言葉自体が、後にDon Hoの口から完全否定されることになる。
Don HoはThe Registerに対して、はっきりこう述べている。
「私はリブランディングの件でアンドレイ・レトフと協働していない。むしろ、Notepad++商標の使用が違法だと通告したにもかかわらず、彼はサイトで『Notepad++』の名前を使い続けている。商標を守るために必要な法的手段を取るつもりだ。」
Letovは「2週間ほど猶予が欲しい」と要求したが、Don Hoは即時のドメイン削除を求め、Cloudflareに対して商標侵害の通報を行った。本記事執筆時点で、サイトはまだ稼働している。
「Notepad++が遂にMacに来た!」という誤解の連鎖
この問題が深刻なのは、技術メディアまでもが当初「公式版が登場した」と報じてしまったことだ。MacRumorsは4月29日に「20年待ってNotepad++がMacに登場」と題する記事を出し、後に「Don Hoが認可していない非公式版」だという更新を5月1日に追記する事態となった。
多くのユーザーは慎重に注意書きを読んだりはしない。彼らは単にダウンロードして使い、それが公式リリースだと信じる。
Don HoがGitHubでLetovに送った言葉は、ブランドの本質を突いている。一部のユーザーはサイトを丁寧に読んで実態を理解する。大半は読まない。読まないユーザーが「これは公式だ」と信じた瞬間、リスクは原作者に降りかかってくる。
最悪の場合、第三者が「Notepad++」の名前でマルウェアやバックドアを配布することすら起こりうる、とDon Hoは指摘する。仮にそれが起きなくても、外部プロジェクトの致命的なバグやセキュリティ脆弱性が、本家Notepad++の評判を傷つける可能性は十分にある。維持責任を負わない名前の使用は、ブランド資産の希薄化そのものだ。
なぜ20年間、公式Mac版が出なかったのか
ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜ公式Mac版が出なかったのか。
Notepad++はWin32 APIに深く依存している。メニュー、ダイアログ、ファイルシステム、ウィンドウ管理、すべてがWindows固有のAPI呼び出しで構築されており、UI層を全面的に書き直さなければmacOSで動かすことはできない。さらに、コミュニティが作ってきたプラグイン群はWindows用のDLLとして配布されており、ポートしてもプラグインの99%は動かない。Don Hoひとりで20年間、本体を維持してきた小規模プロジェクトにとって、別OSへの本格展開は現実的な選択肢ではなかった。
Letovが埋めたのは、まさにこの20年の空白だった。技術的な貢献という観点では、彼の仕事を否定するのは難しい。
問題は、その仕事を「Notepad++」という名前のままで世に出そうとしたことだ。フォーク文化において、新しいプロジェクトは新しい名前を持つ。LibreOfficeはOpenOfficeから生まれたが「OpenOffice for Linux」とは名乗らなかった。NeovimはVimから派生したが「Vim 2.0」とは呼ばれていない。名前を変えることは敬意の表現であり、責任の境界線でもある。
オープンソースの自由には、ブランドの責任が伴う
Don Hoのスタンスは一貫している。コードは自由に使え。フォークしろ。ポートしろ。だが、私の名前と私のロゴを使うな。
「フォークやポートは構わない。GPLで公開したのはまさにそのためだ。だが私は、自分が管理しないフォークやポートに自分の名前やブランドを載せることはしない。」
これは制限ではなく、責任の所在を明確にする宣言だ。GPLが守るのはユーザーが「コードを読んで改変する自由」であり、ブランドが守るのはユーザーが「これは誰の作ったソフトウェアか」を識別する権利だ。両者は本来、別レイヤーで機能する。
ライセンスとブランドの境界線は、オープンソースが商業領域と深く絡み合う現代において、ますます重要になっている。AI支援開発で誰でも素早く既存プロジェクトをポートできる時代だからこそ、「誰が責任を持つか」という問いは、コードの自由とは別の論理で守られなければならない。
Letovのプロジェクトは技術的には本物だった。名前の借り方だけが間違っていた。その一点が、20年積み上げてきたブランドの輪郭を揺るがしている。
参照元
他参照
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