ODFなしにデジタル主権はない、LibreOfficeの直言

ファイルは手元にある。サーバーも自社で管理している。それでも、フォーマットが相手の仕様なら、文書の支配権は相手にある——LibreOfficeの開発元が、この構造に正面から切り込んだ。

ODFなしにデジタル主権はない、LibreOfficeの直言

ファイルは手元にある。サーバーも自社で管理している。それでも、フォーマットが相手の仕様なら、文書の支配権は相手にある——LibreOfficeの開発元が、この構造に正面から切り込んだ。


「サポート」と「ネイティブ対応」は別の話

ODFをサポートしているオフィスソフトは多い。ところが、それは「デジタル主権を支持している」ことにはならない。

LibreOfficeの開発元であるThe Document Foundation(TDF)が5月15日に公開した文書の中で、イタロ・ヴィニョーリ(Italo Vignoli)はこう書いている。

OOXMLをデフォルトで保存するオフィスソフトは、ODFへの対応レベルにかかわらず、デジタル主権を支持していない。それはODFのインポート・エクスポートフィルターを備えたOOXMLソフトウェアに過ぎない。

「読める」と「それで作る」は、まったく別の話だ。ネイティブフォーマットとは、ソフトウェアが何者かを決めるもの。そこがOOXMLである限り、独自スキーマ、隠れたバイナリ断片、Microsoftのロードマップへの依存——これらはすべてそのまま引き継がれる。

ODFへの対応を強化するという約束は、「他人の家でODFを居候させ続ける」約束でしかない、とヴィニョーリは言い切る。


OOXMLのISO承認という「茶番」

なぜここまで話がこじれたのか。話は2000年代にさかのぼる。

OOXMLは、ISO標準として承認された。だがその審査プロセスは、透明性・倫理・常識のいずれの観点からも問題があったとTDFは指摘する。仕様書は7,500ページ超で、実質的に精読を拒むような構造になっている。バージョン管理なし、独立した標準の活用なし。それどころか、市場に受け入れられず当のMicrosoftが廃止した独自フォーマットまで参照している。グレゴリオ暦にすら対応していない。

ISOへの約束は「Transitional(暫定版)は2010年まで。以降はStrict(厳格版)に移行する」というものだった。Strictは、プロプライエタリ要素が少なく、標準に近い形になるはずだった。

Strictは普及しなかった。長年「最後の手段」として放置され、今は「名前を付けて保存」の選択肢からも消えている。ISOに約束した本命は、ユーザーの選択肢として存在しない。残ったのはTransitionalだけだ。


Excelが遺伝子の名前を変えた日

実害はすでに出ている。

2020年、HUGO遺伝子命名法委員会(HGNC)はヒト遺伝子27個の名称を改名せざるをえなくなった。SEPT1やMARCH1といった遺伝子記号が、Excelに入力するたびに日付に自動変換されてしまうためだ。

Microsoftに修正を求めるのではなく、科学者たちは遺伝子の名前を変えた。

長年の慣行を捨ててでも「Excelを怒らせたくない」——この判断の背景には、Microsoftというプラットフォームへの依存が刷り込まれていることが透けて見える。ヴィニョーリはこれを「示唆に富む先例」と呼ぶ。言葉は穏やかだが、指摘の鋭さは変わらない。


独占の根拠は技術ではなかった

MicrosoftがOffice文書フォーマットを支配し続けている理由は、技術的な優位性ではない。

ビル・ゲイツの先見性と、そこから構築されたロビイング機構。ISOがTransitional/Strictの話を信じ、各国政府がそれに続いた。SAPをはじめとするパートナー企業は、ODF使用を実際に妨害しながらOOXMLへの誘導を続けた。

専門家でさえ「OOXMLはISO標準だから受け入れるしかない」と書く人間が今もいる、とヴィニョーリは言う。根拠のない服従だ。Microsoftの独占は、技術の優位ではなくロビー活動で積み上がった。


デジタル主権に必要なのは、ネイティブフォーマットの選択

ではどうすればいいか。TDFの答えはシンプルだ。

ODFをネイティブのドキュメントフォーマットとして使い、OOXMLはプロプライエタリなフォーマットを使い続けるユーザーとのやり取りのための互換フォーマットとして位置づける。それ以外はすべて、偽のデジタル主権だ。

文書の支配権は、まずフォーマットで決まる。サーバーの場所はその次だ。

オープンな標準フォーマットであれば、ユーザーが支配権を持つ。プロプライエタリなフォーマットであれば、たとえファイルが手元のPCにあっても、支配権はベンダーにある。この構造は、自由ソフトウェアの原則から直接導かれる。

「ODFへの対応改善を約束する」ことは、デジタル主権への約束ではない。それは他人の家でODFを居候させ続けることへの約束だ。

ネイティブフォーマットとしてODFを選び、コミットする——それだけが、主権の証明になる。主権を掲げるプロジェクトが、それ以外の扱いをするなら、そのプロジェクトはデジタル主権を支持していない。以上だ。

フォーマットの選択は技術的な細部ではない。フォーマットが、すべてを決める。


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