ビッグテック依存と、動き始めたデジタル主権

使っているサービスのほぼすべてが、数社のアメリカ企業に握られている。その事実は知っていても、では何が変わるのか。国際機関がメールを突然失った事件が、抽象論を現実に引き下ろした。

ビッグテック依存と、動き始めたデジタル主権

使っているサービスのほぼすべてが、数社のアメリカ企業に握られている。それが「不便」ではなく「機能停止」になった事案が、2025年に起きた。


「ツールが止まる」とはどういうことか

2025年2月、米国のトランプ政権がICCに制裁を科した。制裁対象となった人物のMicrosoft 365アカウントは、その後アクセスできない状態になったと報じられた。Microsoft側は「サービスを停止していない」と否定したが、状況の不透明さ自体がダメージになった。ICCは同年10月、Microsoftのオフィスソフトを全ワークステーションから排除し、ドイツ政府発のオープンソーススイート「openDesk」に切り替えると発表した。

対象は 約1800台の端末だ。コスト削減が目的ではない。外国政府の判断一つで機能が止まりうる環境を、制度上不可能にするための選択だ。

openDesk はドキュメント編集、メール、ファイル共有をモジュール型のオープンソースツールで構成したスイートで、ドイツのデジタル主権センター(ZenDiS)が開発・提供している。ホスティングはEU法の管轄内で行われる。

この事案が示しているのは、技術的な問題ではない。どの国・機関が認証サーバを持っているかによって、別の国の機関が機能停止するリスクが生まれる。支配関係の問題だ。


デジタルに「主権」はあるか

「デジタル主権」という言葉は、定義の定まらない言葉だ。国家が自国のデータとインフラを自分たちで管理できる状態、がその輪郭だが、現実はそこから大きく外れている。

EUのクラウド市場の 約7割は、依然として米国のハイパースケーラー3社(Amazon Web Services、Microsoft Azure、Google Cloud)が占めている。EUの企業のうち有償クラウドを使っている組織の77%超が、こうした複雑なクラウド基盤に「強く依存している」と分類されると、2025年時点のデータは示している。

依存が問題かといえば、機能している間はそうでない場合もある。ただ、依存の深さが見えるのは、だいたいトラブルの瞬間だ。

2024年、CrowdStrikeの欠陥アップデートが世界中のWindowsを同時に落とした。航空、金融、医療で障害が連鎖した。1社への依存が、世界規模で同時に可視化された日だった。


EUで動き始めた実装

概念として語られていたデジタル主権が、2025年以降に具体的な製品への移行として現れ始めている。

ドイツ北部のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州は2025年10月、4万人超の公務員のメール・カレンダーをMicrosoft系から完全に移行した。3万台のPCで、WindowsとMicrosoft OfficeをLinuxとLibreOfficeに置き換えた。デンマークのデジタル省も2025年中に移行を完了し、閣僚は「少数の外国サプライヤーへの依存が財政的にも安全保障上も脆弱性をつくっている」と述べた。

欧州のクラウド主権への投資は2025年から2027年にかけて3倍以上に膨らむとガートナーは予測している。ICCのMicrosoft離れは、その動きを加速させた一つの出来事だ。

こうした移行を支えているのは、二十数年かけて育ったオープンソースのエコシステムだ。LibreOfficeはMicrosoft Officeの主要機能に対応し、文書形式の互換性も持つ。メールはThunderbird、ストレージはNextcloud、分散型SNSにはMastodon系のプロトコルが使われている。

代替の選択肢は、すでにある。


「主権クラウド」という言葉の問題

一方で、大手クラウドプロバイダーもこの流れを読んでいる。AWSやAzureは「ソブリンクラウド(主権クラウド)」と称したサービスを欧州向けに提供し始めているが、法的管轄が変わるわけではない。データセンターがドイツにあっても、運営企業がアメリカに本社を持てば、米国の法律(CLOUD Act)に基づいてデータへのアクセスを強制できる余地が残る。

2025年6月、Microsoftはフランスの法廷でこの点を認め、「法的に正当な命令が下れば、EU内のサーバのデータへのアクセスを保証できない」と述べた。Gaia-XのCEOウルリッヒ・アーレ氏も同年のサミットで明確にした。最高水準の主権は、欧州に本社を置く事業者にしか提供できない、と。

問題の核心は「物理的な場所」ではなく「法的な管轄」だ。「主権クラウド」という名前で売られているものが、実質的な主権を与えるとは限らない。

技術より先にある選択

「デジタル主権」という概念は、ヨーロッパ固有のものではない。インド、ブラジル、ナイジェリア、南アフリカも独自の戦略を持ち始めている。

代替手段は技術的にすでに存在している。課題は採用と調整だ。イーロン・マスク氏がTwitterを買収した際、多くのユーザーがMastodon、Bluesky、Threadsへと散った。その散り方が示したのは、技術的な移行可能性よりも、「友人や同僚が違うサービスにいる」という調整コストの大きさだった。

オープンな代替手段がどれだけ優れていても、みんなが別々の場所にいれば通信は成立しない。単独の判断ではなく、組織・国家レベルの調整があって初めて移行が完成する。

デジタルインフラを一社・一国に依存することのリスクは、可視化されるたびに少し理解が広まる。ICCの事例はその一つだ。次にどこで可視化されるかは、誰にもわからない。


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