公開APIキーがGemini請求口に、上限も自動で蹴破る

公開APIキーがGemini請求口に、上限も自動で蹴破る

Google MapsのAPIキーは「公開して構わない」と長年案内されてきた。そのキーが今、攻撃者の手でVeo 3やNano Bananaを叩き、開発者の口座から数千ドル単位を引き抜く窓口になっている。


「ブーン、3,000ドル請求しました」から始まる朝

求職者の面接支援ツールPrentusを運営するロッド・ダナン(Rod Danan)氏は今年3月、突然のメール通知でその日が始まった。Googleからの請求は3,000ドル(約47万円)。月50ドルで何年も収まっていた利用料が、一夜で60倍に跳ね上がっていた。

慌てて管理画面を開き、何が課金されているのかを探す。原因の特定に5分かかった。その5分のあいだに、追加で5,000ドル(約78万円)が請求された。

「『なにが起きているんだ?』と思った。アプリを開いて、『何が原因だ? どこから来てる?』と探す。それを突き止めるのは、正直そう簡単じゃない。探しているうちに5分経って、さらに5,000ドル請求された。『なんなんだこれは。金がただ吸い取られていく』と」

ダナン氏が支出上限を設定していたにもかかわらず、APIを止めるまでにクレジットカードへ請求された総額は 10,138ドル (約159万円)。内訳はほぼ全額がVeo 3の動画生成と、Geminiの画像出力トークンだった。氏はこれらのサービスを一度も使ったことがなく、Prentusの機能とも一切関係がない。

Googleはダナン氏に対して「不正の証拠は見つからなかった」と回答し、現時点で返金には応じていない。

キーの「裏口」が後から付け足された

何が起きていたのか。鍵を握るのは、Googleが2023年頃に公にせず行った仕様変更だ。

Google Mapsの公開APIキーは、その名のとおり長年「公開しても安全」と案内されてきた。喫茶店が自店のロゴと地図をサイトに埋め込みたいとき、Googleの公式手順は「APIキーをサイトのフロントエンドに置く」だった。

ところが、Googleはそのキーを Gemini認証情報としても使えるように設計を変えた。プロジェクトでGemini API(Generative Language API)を有効化すると、同じプロジェクト内の既存キーが自動的にGeminiにもアクセスできるようになる。警告も、確認ダイアログも、通知メールもない。

セキュリティ企業Truffle Securityの脅威研究者ジョー・レオン(Joe Leon)氏は今年2月、この構造を「公開IDが知らぬ間に機密権限を獲得する」パターンとして公開した。同社はWebをクロールし、AIzaで始まるGoogleのキー約2,863件が公開状態のまま稼働しており、その多くがGeminiへの認証を通すことを確認している。

あなたが3年前にMapsのキーを発行し、Googleの指示どおりサイトのソースコードに埋め込む。先月、チームの別の開発者がGemini APIを内部プロトタイプのために有効にした。あなたの公開Mapsキーは、今やGeminiの認証情報に変わっている。誰かが拾えば、アップロード済みファイルやキャッシュにアクセスし、AI課金を積み上げられる。誰もそれを伝えてくれない。

レオン氏のレポートでは、Googleの内部プロジェクトに紐づくキーですら、2023年から公開されたまま、後付けでGeminiへのアクセス権を獲得していた事例が示されている。設計上の脆弱性がそのまま被害を生んでいた格好だ。


「上限250ドル」が「10万ドル」へ自動昇格する

ダナン氏の証言には、もう一つの不可解な点がある。彼は支出上限を設定していた。それでも1万ドル超の請求が通った。

シドニーで10年Google Cloud上のアプリを開発してきたイスル・フォンセカ(Isuru Fonseka)氏のケースは、この仕組みをより明確に物語る。

フォンセカ氏のサイドプロジェクトは2年運用してきたが、APIキーは一度も外に出していない。支出上限は 250ドル (約3万9000円)のTier 1にハードロックしていた。

4月29日、彼はクレジットカード会社からの拒否通知メールで目を覚ました。GCPにログインすると、500ドル、1,000ドル、2,000ドルといった請求が連なっており、一部はカード会社の判断で拒否されたが、いくつかは通っていた。Googleサポートに問い合わせても、利用状況を確認できるまで最長36時間かかると言われた。

「いちばん苛立たしいのは、課金できるだけの情報は検知しているのに、何に使われたかを見せるだけの情報はない、というおかしな仕組みだ」

最終的な被害は約 1万7000豪ドル (約188万円)。

問題は、ログイン後に上限がTier 2か3、つまり最大10万ドル相当に書き換わっていたことだ。フォンセカ氏は自分でそれを設定した記憶がない。

Googleは『The Register』への回答で、攻撃者が上限を書き換えたわけではないと説明した。攻撃者の利用そのものが基準を満たし、Google側の自動システムが天井を引き上げたという。具体的には、累計支払いが1,000ドル以上、口座開設から30日以上が経過していれば、Tier 3への自動昇格条件をクリアする。

Googleが3月16日に公表した運用変更では、より低い支払い実績で上位Tierに到達できる仕組みになっており、「利用量と支払い実績の成熟に応じて自動的に次のTierへ昇格する」と説明されている。Tier 3の月額上限は 2万ドルから10万ドルのレンジで設定されている。

つまり、Tier 1の250ドル上限で運用していたつもりの開発者でも、攻撃者がGeminiを叩いて課金条件を満たした瞬間、上限ごと吹き飛ぶ設計になっていた。

Gemini API Tier別の上限と自動昇格条件
Tier 自動昇格の条件 月額上限
Tier 1 初期状態
(支払い実績なし)
250ドル
Tier 2 累計100ドル支払い
+ 3日経過
2,000ドル
Tier 3 累計1,000ドル支払い
+ 30日経過
20,000〜
100,000ドル
※ 月額上限は請求アカウント単位で適用される。被害者が攻撃を受けると、その攻撃自体が累計支払いに加算され、自動的に上位Tierへ昇格する設計になっている。
不正課金を受けた2人の開発者
項目 ロッド・ダナン氏 イスル・フォンセカ氏
事業 求職者の面接支援
サービスPrentus
シドニー在住の
個人開発者
通常の
月額
50ドル前後 250ドル上限を設定
APIキーの
状態
Googleの公式手順に従い
サイトHTMLに埋め込み
外部に一切
公開していない
発生時期 2026年3月 2026年4月29日
被害額 10,138ドル
(約159万円)
1万7000豪ドル
(約188万円)
課金対象 Veo 3の動画生成
Geminiの画像出力
Gemini系API
※ 為替換算は2026年5月時点、1ドル=約157円で算出。豪ドル額は元記事掲載の米ドル相当(約1万2000ドル)を経由して換算した。両者ともGoogleに返金を求めて交渉を継続している。
利用者が手動で設定した上限と、Googleの自動システムが管理する天井は別系統で動く。前者を守っているつもりでも、後者が気づかぬまま引き上げられる。

「報告すれば、自分の事業が止まる」

ダナン氏もフォンセカ氏も、クレジットカード会社にチャージバックを依頼することは選んでいない。理由は単純だ。

「上限を設定していたって意味がなかった。アラートが届くだけだ。それでもGoogleのAPIは必要なんだ。アプリが動かなくなるから、追い出されるわけにはいかない。Mapsは要る。だからクレジットカード会社に『これは不正だ』と報告するインセンティブが、自分側にない」

このいびつな構図が、被害者の交渉力をさらに削いでいる。Googleからすれば、不正と認定して返金するか、ユーザーが自力で支払うのを待つかの二択でしかなく、後者を選ぶ理由が制度的に温存されている。

Google側は「業界全体の問題であり、Google固有のセキュリティ問題ではない」「APIキーは公開リポジトリに置かないこと、多要素認証を有効にすること、定期的に監査すること」と 利用者側の責任を強調している。同社は、API作成時にAPIの制限を必須化し、MapsとGeminiの両方に使える単一キーをもう作れないようにしたとも説明している。

レオン氏は、Googleが投稿後にいくつかの対策を講じたことを認める。新しいGemini専用APIキー(プレフィックスAQ)が導入され、支出上限の仕組みも整備された。ただし「自動的に上限を引き上げる挙動が、上限機能の意義をいくらか損なっている」とも指摘する。


キーの定義が後ろからすり替わるとき

今回のケースで起きたのは、APIキーという概念そのものが、AIの追加で後ろから書き換えられたことだ。

長年、Mapsのキーは課金識別子に過ぎなかった。攻撃者がそれを盗んでも、地図のロードが多少増えるくらいの被害で済んだ。だからGoogleは「公開しても安全」と言い続けたし、開発者もそれに従った。

そこへGeminiが入ってきた。同じキーが、突然 Geminiの鍵に変わった。古いキーは何も変えていない。変わったのは、キーの後ろにぶら下がっている権限の世界のほうだ。

レオン氏が自身のブログで書いている指摘がそのまま当てはまる。AI機能を既存プラットフォームに後付けする組織が増えるほど、過去に発行された認証情報の攻撃面は、誰も予期しないかたちで広がっていく。

Mapsのキーを公開した3年前の開発者は、Veo 3の請求が後から飛んでくるとは想定していなかった。設計が後ろから変わると、過去の選択も後から意味を変える。

ダナン氏とフォンセカ氏は、いまもGoogleと返金交渉を続けている。


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