AIが直した36秒、AIが間違えた原因
ASUS ROG Strix G16のLinux起動が36秒も止まる。Ryzen 9に32GBメモリを積んだハイエンドノートでだ。Gemini 3.5 Flashが原因を突き止め、カーネルパッチまで生成した。GoogleのAI開発プラットフォームAntigravity上での作業だ。起動時間は正常に戻った。ただし、AIが示した「原因」は間違っていた。
36秒の沈黙
ASUS ROG Strix G16 G614は、日本でもRyzen 9 9955HX3D搭載モデルが販売されているゲーミングノートだ。Linuxを入れると、カーネルの起動だけで約36秒かかる。電源を入れてからデスクトップが出るまでの時間ではない。カーネルそのものの起動が36秒止まる。
この問題は以前からASUSフォーラムでも報告が上がっていた。G614の複数のサブモデルで同じ症状が見つかり、ファームウェアのバージョンによっては回避策もなかった。Linuxを使うユーザーにとっては、せっかく買ったハイエンド機がまともに起動しない状況だ。
Geminiの診断
マルコ・スカルドヴィ(Marco Scardovi)氏は、Google Antigravity上でGemini 3.5 Flashを使い、この問題を調査した。AntigravityはGoogleが2025年11月に発表したAI開発プラットフォームで、Geminiモデルを搭載したエージェント型の開発環境だ。
Geminiの診断はこうだった。ファームウェアがタッチパッドのActiveBoth GPIO回線をブート時にアサート(ロジックLow)したまま放置している。起動時の初期状態ロジックがこのLow信号を検知すると、初期状態を同期するためにActiveBoth割り込みを1回再生し、割り込みハンドラを同期的に呼び出す。このハンドラが遅い、あるいはハングするため、約36秒間ブートがブロックされる。
スカルドヴィ氏はこの分析に基づき、DMI quirkパッチをカーネルメーリングリストに投稿した。DMI quirkとは、特定のハードウェア(メーカーや型番)を識別して、そのハードウェア固有の不具合を回避するためにカーネル側で例外処理を入れる仕組みだ。パッチを適用すると、起動時間はRyzen 9搭載ノートとして妥当な速度に戻った。
問題は解決した。少なくとも、症状は。
コードレビューが暴いたもの
カーネルメーリングリストでのコードレビューで、話は変わった。
パッチのレビュアーがACPIダンプを確認したところ、GPIO問題の発生源はタッチパッドではなく、グラフィックス関連である可能性が高いとわかった。AIの診断は「GPIOがブートを止めている」という現象の特定には成功したが、「何がGPIOを止めているのか」という原因の特定では的を外していた。
これは些細な違いではない。正しい原因がわからなければ、正しい修正はできない。DMI quirkパッチは症状を回避する応急処置としては機能するが、根本的にはASUSまたはAMDがファームウェアを修正する必要がある。原因がタッチパッドなのかグラフィックスなのかで、修正すべきファームウェアの箇所が変わる。
パッチ自体は、BIOS更新を受けられないユーザー向けの回避策としてアップストリームされる見込みだ。同時に、ASUS/AMDに適切なファームウェア修正を求める議論がメーリングリスト上で進んでいる。
繰り返されるASUSファームウェア問題
ROG Strixシリーズのファームウェア問題は、今回に限った話ではない。2020年から2025年にかけてのROGラップトップで、ACPI/DPCレイテンシの問題が広範に報告されてきた。YouTube再生中の音声途切れ、マウスカーソルの一瞬のフリーズ、Discordの音割れ。原因はOSでもドライバでもなく、ファームウェア内部のECLV(組み込みコントローラのイベント処理)がスリープとポーリングを繰り返す設計にあった。
ASUSは2025年12月にBIOS更新でこの問題の一部を修正している。だが、今回のG614のブート遅延はまた別のファームウェア不具合だ。ROGラップトップを買ったLinuxユーザーは、ファームウェアの不具合をカーネルパッチで回避し、BIOS更新を待つという経験を繰り返している。
AIは道具として機能した。ただし
Gemini 3.5 Flashがカーネルの起動遅延を調査し、回避パッチの生成にまで至ったことは、AI支援開発の具体的な成果だ。従来なら、カーネルログを読み、GPIOサブシステムの挙動を追い、ACPIテーブルを解析するという作業を、カーネルに精通した開発者が手作業で行う必要があった。
ただ、コードレビューで原因の誤認が発覚したという経緯が残す教訓もある。パッチは動き、症状は消え、説明にも筋が通っていた。ソースコードを実際に読む目が複数あるカーネルメーリングリストだったから、原因の誤りが見つかった。
AIが出力したコードやパッチを、実際のプロジェクトにそのまま適用する場面は増えている。症状が消えれば原因も正しいと思いがちだが、今回の件はそうではなかった。検証の目がなければ、誤った原因に基づく回避策がそのままカーネルに入り、本来修正されるべきファームウェアの箇所が見過ごされる可能性があった。
使えるかどうかで言えば、使える。ただし、使った結果を誰が検証するかが、そのまま成果の質を決める。
参照元:ASUS ROG Strix G16 GPIO quirk patch
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