フアン氏の歴訪ルートは、AIの果実を食べるアジア。株と給与と金銭感覚が壊れていく

フアン氏の歴訪ルートは、AIの果実を食べるアジア。株と給与と金銭感覚が壊れていく
ジェンスン・フアン氏

半導体を作る国の株式市場が沸騰している。韓国、台湾、日本。タクシー運転手から小学生まで、かつてないマネーの熱狂に巻き込まれている。シリコンバレーがAIに年間100兆円超を注ぎ込む裏側で、その金はどこに着地するのか。チップを実際に作っている人々の懐だった。


数字が語る狂騒

KOSPIは2026年6月2日に過去最高値の8933を記録し、年初来の上昇率は80%を超えた。台湾の加権指数も史上最高値を更新。日本ではキオクシアホールディングスの時価総額が6月にトヨタ自動車を超え、一時は国内首位に立った。

3カ国に共通するのは、株式市場の主役が半導体に集中していることだ。KOSPIの構成比のおよそ半分をサムスン電子とSKハイニックスの2社が占め、台湾ではTSMC1社で加権指数の41%を握る。指数全体が沸騰しているように見えるが、実態は半導体セクターの爆発に指数が引きずられている。

背景にあるのは、シリコンバレーから流れ込むAI投資マネーの規模だ。アルファベット、アマゾン、マイクロソフト、メタの米テック大手4社は、2026年の設備投資を合計約7250億ドル(約116兆円)と計画している。前年から76%増。GPUやHBMといったAI半導体、データセンター用サーバー、冷却設備にその多くが向かう。Gartnerは2026年の世界AI支出が前年比47%増の約2兆6000億ドルに達すると予測した。

この金が最終的に着地する場所は、台湾の半導体工場、韓国のメモリ製造ライン、日本のNANDフラッシュ生産拠点だ。

タクシー運転手がTSMC株を語る台湾

NVIDIAのジェンスン・フアン(Jensen Huang)CEOは5月下旬から6月にかけて台湾と韓国を歴訪し、台湾を「AI革命の震源地」と呼んだ。年間約1500億ドル(約24兆円)規模の台湾への支出計画を表明し、2030年完工予定の新拠点では4000人の雇用を計画している。

数字だけの話ではない。TSMCの時価総額は2026年3月末時点で約1兆4270億ドル(約229兆円)に膨らみ、PwCのランキングで世界9位に浮上した。伸び率は上位10社で最大の101%だ。加権指数の41%をTSMC1社が占める異常な集中度は、裏を返せば台湾経済全体がこの1社の業績に依存していることを意味する。

その恩恵は工場の外にまで広がっている。新竹や竹北ではTSMCのエンジニアの給与水準が周辺の不動産価格や消費を押し上げ、「TSMCで働いている」という一言が社会的地位の証明として機能しているという。TSMCブランドの炊飯器やタンブラーがECサイトでプレミア価格で取引され、社員に配られる紅包(祝儀袋)が中身を抜いた状態で1枚約15ドルで売れる。台中で保険外交員として働く37歳の男性は月給の半分以上をAI関連株に投じ、保有資産が4倍に膨らんだという。彼は約44万ドルで4LDKのマンションを購入した。

金銭感覚が壊れる韓国

韓国の過熱はさらに激しい。KOSPIは2025年の76%上昇に続き、2026年も80%超の上昇を記録している。サムスン電子は5月に時価総額1兆ドルを突破し、アジアではTSMCに次ぐ2社目の「1兆ドルクラブ」入りを果たした。

SKハイニックスのメモリ半導体部門では、AI向けHBM需要の爆発的な拡大を受けて2026年のボーナスが大幅に膨らんでいる。同社は営業利益の10%をボーナスプールに充てる制度を導入し、2026年第1四半期だけで約2億5000万ドル相当を従業員に分配した。ソウルのあるBMWディーラーは、顧客が株式の値上がり益に頻繁に言及するようになったと話す。

24歳のソフトウェア開発者ナ・セビン(Na Se-bin)氏は、1月以降に全貯蓄の約4万7000ドルを株式市場に投じた。1カ月分の給与に相当する額を数秒で稼いだり失ったりする日々を送り、保有株が2倍になるのを見て「止められない」と語る。周囲の友人も、これまで株に触れたことがなかった層まで投資を始めている。

この熱は子どもにも波及している。韓国の証券会社トス証券では、2026年第1四半期だけで18歳以下の取引口座が18万件以上開設された。親の承認は必要だが、高校生の新規口座には14ドル相当のプロモーション報酬が付く。35歳の小学校教師チェ・ソンホ(Choi Sung-ho)氏は、教え子の保護者ですら株の利益を話題にすると語った。彼自身の韓国株ポートフォリオも過去1年で5倍に膨らみ、メルセデス・ベンツのSクラスかテスラのModel Xを次の車に検討している。

日本はなぜ「素通り」されたのか

フアンCEOが5〜6月のアジア歴訪で日本を訪問しなかった事実は、数字以上に雄弁だった。台湾には「AI革命の中心だ」と賛辞を送り、韓国には「パートナーに感謝を伝えに来た」と語ったフアン氏が、日本を経由しなかった事実は、AIサプライチェーンにおける日本の位置づけを端的に映している。

日本にも半導体ブームの果実は届いている。キオクシアは2024年12月の上場から株価が50倍以上に急騰し、6月3日には時価総額が一時45兆円を超えてトヨタを上回り、12日には一時ソフトバンクグループも抜いて国内首位に立った。経営陣は「2026年度からスーパーサイクルに入る」との見解を示し、2026〜2028年に年4700億円の設備投資を計画している。ソフトバンクグループも6月1日にトヨタの時価総額を抜いて国内首位に立った。製造業の象徴であったトヨタを、半導体とAIの銘柄が次々と追い越していく。

ただし、AI半導体のサプライチェーンでの存在感となると、台湾のTSMCや韓国のサムスン電子・SKハイニックスとの差は大きい。先端ロジックの受託製造はTSMC、HBMはSKハイニックスとサムスン、GPUはNVIDIA。日本の強みは素材・製造装置・NANDといった「部品の部品」の領域に偏っており、AIバリューチェーンの中心からは距離がある。フアン氏の歴訪ルートは、その距離を目に見える形で示した。

アジア半導体企業の時価総額(兆円)
※ TSMC: PwC 2026年3月末時点。サムスン電子: 2026年5月時価総額1兆ドル突破時。キオクシア・トヨタ: 2026年6月3日の瞬間値。1ドル≒160円換算

熱狂の裏にあるリスク

この好況は、AIモデルの学習と推論に必要な演算量が増え続けるという前提の上に成り立っている。テック大手が設備投資を増やし続ける限り、半導体メーカーの受注は積み上がり、株価は上がり、ボーナスは膨らみ、個人投資家は利益を手にする。

だが6月5日、その循環に最初の亀裂が走った。S&P500が2.6%、ナスダックが4.2%、SOX指数(半導体株指数)が10.3%下落した。KOSPIは最高値から3営業日で15%を失い、翌週に8.2%の急反発を見せた。メモリ価格の上昇がPCやサーバーの製造原価を押し上げ、DellやLenovoが法人向けサーバーを10%以上値上げしたことも報じられている。半導体メーカーの価格決定力が強くなりすぎれば、顧客側が搭載量を減らすか購入を先送りにする。供給不足が価格を押し上げ、高すぎる価格が需要を冷やす。メモリ産業が過去に何度も経験してきたサイクルの影がちらつく。

さらに構造的なリスクがある。KOSPIの約半分をサムスン電子とSKハイニックスが占め、台湾ではTSMCが加権指数の41%を握る。この集中度は、これらの企業が好調な限り指数を押し上げるが、業績が悪化すれば市場全体を道連れにする。S&P500におけるマグニフィセント・セブンの集中とは規模が違う。韓国と台湾では、2〜3社の業績が国の株式市場そのものを左右する。

熊本の大学で半導体工学を学ぶ21歳の学生は、周囲のクラスメートが投資に熱中するなかで自分は参加していないと話した。「まず卒業して、ちゃんとした収入を得てからにしたい」。過熱する市場のなかでその冷静さがどちらに転ぶのか、答えはまだ出ていない。


参照元:Crazy Rich Returns Lure Cabbies and Even Kids to Red-Hot Asian Markets - WSJ

他参照:NVIDIA GTC Taipei 2026 基調講演

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