AI訓練に使われた2100万曲、検索可能に

AI訓練に使われた2100万曲、検索可能に

テイラー・スウィフト、ビートルズ、ニルヴァーナ。AI音楽生成サービスが訓練に使った楽曲のデータベースが、誰でも検索できる形で公開された。自分の曲が含まれているかどうか、アーティスト自身の手で確認できる。


「91年分の音楽」を飲み込んだデータセット

The Atlanticのスタッフライター、アレックス・ライスナー(Alex Reisner)氏がAI開発コミュニティで流通する4つの巨大な音楽データセットを特定し、検索可能な形で公開した。同氏が主導する調査プロジェクト「AI Watchdog」の音楽版だ。

AI Watchdog - The Atlantic
The Atlantic’s ongoing investigation of the books, videos, and other media used by the world’s most powerful tech companies to train their AI models.

AI Watchdogは2025年9月に始まった。750万冊の書籍、8100万件の研究論文、1500万本のYouTube動画がAI訓練データに含まれていた事実を明らかにしてきたプロジェクトで、今回その調査対象が音楽に広がった。

4つのデータセットのうち最大のものは、ドイツの非営利AI研究団体LAIONが2024年11月に公開した LAION-DISCO-12M だ。約1260万曲。すべて聴くのに91年かかる。2番目のデータセットは約900万曲。残る2つはそれぞれ10万曲以上で、うちひとつはニュージャージー州のフリーフォームラジオ局WFMUが運営するFree Music Archiveを学術研究者が2017年にまとめたものだ。合計で2100万曲を超え、いずれも数千回ダウンロードされている。

4つのうち3つは、音声ファイルそのものではなく、YouTubeやSpotifyへのリンクとメタデータで構成されている。AI開発者は自動化ツールを使い、プラットフォームのログインや広告、クリエイターへの収益還元の仕組みを迂回して音声をダウンロードする。ライスナー氏はこの手法がプラットフォームの利用規約に違反していると指摘している。

LAIONは「研究目的で公開した」「学術的な文脈での使用を想定している」と説明し、商用利用や製品への直接利用に対して明確に警告している。だが「研究用途」の建前と、何千回もダウンロードされた現実の間には距離がある。

「自分の全カタログが入っていた」

データベースの公開後、アーティストたちが自分の名前で検索を始めた。

あるインディーアーティストは、2017年から2024年までにリリースしたほぼ全曲、138曲が2つのデータセットに入っていたと報告した。レーベルオーナーが自社カタログを検索すると、100曲以上が見つかった。小さなレーベルが丁寧に積み上げてきたカタログが、丸ごとAIの学習素材に変わっていた。

皮肉な反応もあった。あるアーティストは「自分の音楽がAIスロップに似ていると叩かれてきたが、原因はこれだったのか」と投稿した。AIが自分の曲を学習した結果、AIの生成物が自分の音楽に似てくる。それを聴いた人が「お前の曲がAIっぽい」と批判する。被害者が加害者扱いされる、生成AI時代ならではの逆転だ。

データセットにはジャンルの壁がない。テイラー・スウィフト、バッド・バニー、レディー・ガガ、レディオヘッド、Aphex Twin、ウータン・クラン、ブルース・スプリングスティーン。ジャズもクラシックも実験音楽も、すべてが同じデータフィールドに並んでいる。

オーストラリアからの「窃盗の証拠」

反応は個人にとどまらなかった。

オーストラリアとニュージーランドの著作権管理団体APRA AMCOSが即座に動いた。ミッドナイト・オイル、シーア、クラウデッド・ハウス、ロード、ヨス・インディ。自国アーティストの楽曲がデータセットに含まれていることを確認し、調査の開始を発表した。

声明のタイトルは「窃盗の証拠」。ディーン・オームストン(Dean Ormston)CEOは「許可なし、ライセンスなし、対価なし」と述べた。

背景にはオーストラリアの政策判断がある。同国政府は2025年10月、AIのためのテキスト・データマイニング例外規定を設けないと決めた。著作権保護を選んだ。それでもテック業界はこの決定の撤回を求めてロビー活動を続けている。APRA AMCOSにとって、AI Watchdogのデータはその反論材料になった。

見過ごせないのが先住民の文化だ。データセットにはアボリジニ、トレス海峡諸島民、マオリのアーティストの楽曲も含まれていた。伝統的な文化的保護の下にある録音が、無差別にスクレイピングされていた。

法廷に向かう夏

AI Watchdogの公開は、裁判にも影響しうる。

2024年6月、RIAAがSunoとUdioを著作権侵害で提訴した。原告にはUMG、Sony Music、Warner Musicの三社が名を連ねた。だが2025年に入ってWarner MusicがSunoと、UMGがUdioとそれぞれ和解・ライセンス契約に転じ、訴訟から離脱した。

現在もSunoとUdioの両方に対して訴訟を続けているのはSony Musicだけだ(Suno訴訟にはUMGも原告として残っている)。Sonyが和解を拒んだ背景には、個別のライセンス契約よりも、AI訓練が著作権侵害にあたるという判例を勝ち取る方が業界全体への影響が大きいという計算がある。

AI音楽訓練と著作権をめぐる動き
2024年6月
RIAA、SunoとUdioを提訴
UMG・Sony・Warnerの三社連名。当初560曲の侵害を主張
2025年9月
AI Watchdog立ち上げ
The Atlanticの調査プロジェクト。書籍・論文・動画の訓練データを公開
2025年10月
UMG、Udioと和解
ライセンス契約を締結。共同AIプラットフォームを2026年に開設予定
2025年11月
Warner、Suno・Udioと和解
SunoがWarnerのSongkickを取得。ライセンス済み新モデルへの移行を表明
2026年5月
侵害主張が6万1000曲超に拡大
UMGとSonyが訴状修正を申立て。ディスカバリーで訓練データの規模が判明
2026年6月
AI Watchdog音楽版公開 / SunoシリーズD
2100万曲超のデータセットが検索可能に。Sunoは評価額約54億ドルで4億ドル調達
2026年7月
Sony対Suno公聴会 / GEMA対Suno判決
米連邦地裁でフェアユースを初判断。ドイツでも月末に判決予定

マサチューセッツ州連邦地裁のSony対Suno訴訟では、2026年7月にサマリジャッジメント(裁判を経ずに法的判断を求める手続き)の公聴会が予定されている。AI音楽の訓練がフェアユース(著作物の公正な利用)に該当するかどうかを、連邦裁判官が正面から判断する初めての場になる。

Suno側は、著作権のある楽曲を学習しても元の曲を保存・再生するわけではなく、音楽的パターンを学んで新しい楽曲を生成するのだから「変容的使用」(原作とは異なる目的・性質の利用)だと主張している。レーベル側は、AI生成曲が訓練データの楽曲と同じ市場で競合する以上、著作権者の市場を侵害していると反論する。

当初560曲だった侵害の主張は、ディスカバリーを経て6万1000曲以上に膨らんだ。AI Watchdogのデータベースは、「どの曲がどのデータセットに含まれているか」をアーティスト自身が確認できる証拠の形にした。

ドイツでも著作権管理団体GEMAがSunoを提訴しており、判決は2026年7月31日に予定されている。米国とヨーロッパ、この夏に出る2つの判断がAI音楽の法的な地形を決める。

約8700億円の楽観と、見えない対価

訴訟が進む一方で、Sunoは成長を止めていない。2026年6月3日、4億ドル(約644億円)のシリーズDを発表し、企業価値は約54億ドル(約8700億円)に達した。7ヶ月前のシリーズCの約24億5000万ドルから倍以上に跳ね上がった。ユーザーは1日あたり700万曲以上を生成しているという。

国際著作権団体連合(CISAC)が委託した調査は、生成AIが2028年までに音楽クリエイターの収益を24%奪うと試算している。累積損失額は100億ユーロ(約1兆8500億円)。

検索ツールに自分の名前を打ち込んだアーティストが目にしたのは、許可した覚えのない事実だ。自分の曲が、知らない誰かのAI訓練に使われた。その事実を確認する手段すら、これまでなかった。

音楽は「聴かれること」を前提に公開されてきた。AI Watchdogが突きつけたのは、その前提が「学習されること」に読み替えられていた現実だ。

・・・


追記:日本の現状(2026年6月23日 20:04)

日本では、そもそもこの問題が法律上の「問題」になりにくい構造がある。

著作権法第30条の4。「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」は、原則として権利者の許諾なく行えると定めた規定だ。AIが大量のデータを収集してパターンの特徴を抽出し学習モデルを構築する行為は、著作物の表現そのものを人間が味わうことを目的としていないため「非享受目的」とみなされ、日本ではインターネット上の膨大な著作物をスクレイピングしてAIの学習データとして利用することが原則として適法に行える環境が整っている。

平たく言えば、「聴くためではなく学ぶために使った」なら許諾は不要ということになる。EUでは営利目的のAI学習利用について著作者がオプトアウトを行使できるのに対し、日本では営利・非営利を問わず一切のオプトアウトが認められておらず、日本は「機械学習パラダイス」と呼ばれることがある。JASRACの指摘によれば、生成AIの学習に伴う著作物利用について「享受の目的がない」との整理の下に著作権を制限する法的枠組みを持つ国は、G7の中で日本だけだ。

ただし但し書きはある。「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は適用が除外されるという例外規定が存在し、特定のクリエイター作品を集中的に学習させて表現スタイルを模倣するAIモデルの構築は、この但し書きに抵触する可能性が指摘されている。AI Watchdogが可視化したLAION-DISCO-12Mのような大規模・無差別なデータセットが但し書きに引っかかるかどうかは、まだ判例がない。

この状況に対して、日本の音楽業界は複数の方向から動き始めている。

JASRACの二正面作戦

2026年6月11日、JASRACはAI利用作品の管理方針を明示するガイドラインと、生成AIに関する特設ページを同時に公開した。

ガイドラインの線引きは「人間の創作的寄与があるか」の一点にある。AIが歌詞も楽曲も自律的に生成したものは著作物に該当せず管理対象外。歌詞か楽曲の一方をAI生成し、もう片方を人間が創作した場合は、人間が作った部分のみを管理する。J-WID(作品データベース)では人間が創作した部分の所属団体は「JASRAC」、AI制作部分は「AI」と表示される。

この分類は実務的に明快だ。だがJASRACの主張は分類の整理にとどまらない。

JASRACは著作権法第30条の4の改正も含めた抜本的な対応を求め、学習素材として利用されることの可否をクリエイター等の権利者が判断する「選択の機会の確保」が必要だと主張している。AI Watchdogが明らかにしたような「自分の曲がデータセットに入っていた」という事実に対して、日本の現行法ではクリエイターが「やめてくれ」と言う法的根拠がない。JASRACは、それ自体が問題だと言っている。

根拠の一つが自主調査だ。JASRACが音楽クリエイターを対象に実施したアンケートでは、生成AIに自分の作品が学習に使われることについて「反対」「どちらかといえば反対」と回答した割合が53%に達した。過半数が拒否感を示しているにもかかわらず、30条の4がある限りその意思を反映する制度上の手段がない。

2025年12月には、JASRACを含む音楽関連9団体が「AIに関する音楽団体協議会」を結成し、クリエイターの権利保護とAIの適切な利活用に関する意見を表明している。

声の無断利用。法廷に立った声優たち

音楽の学習利用と並行して、「声」をめぐる別の戦線が開かれた。

2026年5月、声優の津田健次郎氏が生成AIで自身の声を無断模倣したナレーション動画の削除を求め、TikTok運営会社を東京地裁に提訴した。生成AIによる声の無断利用をめぐる訴訟は国内初とみられる。

法務省は「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を設置し、5月28日の会合には「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジ役で知られる緒方恵美氏、「進撃の巨人」のエレン・イェーガー役の梶裕貴氏らが出席。AIによる無断の歌唱・朗読の被害を明かし、法整備を含む対策を政府に求めた。声優有志は、自らの声が無断で生成AIに学習され拡散されている現状を「日本の文化競争力や国益に関わる問題」と位置づけ、プラットフォーマーの迅速な削除対応の制度化と、諸外国のようなデジタルレプリカに焦点を当てた法整備の検討を訴えた。

検討会では「声もパブリシティー権などで保護されるべき肖像に含まれる」との認識で一致しており、今夏にも権利侵害に該当するケースの指針が公表される予定だ。

政府の模索。ソフトローの限界

政府は2026年6月12日に「知的財産推進計画2026」を決定。内閣府は「プリンシプル・コード」の策定を進めている。AI事業者に対して学習データの開示やrobots.txtの尊重などを求める行動規範だが、法的拘束力はない。日本新聞協会は「従わない事業者が一定数いる場合は法制化の検討に着手すべきだ」と実効性への懸念を示している。アニメ業界からは日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)が「商用利用を目的とした生成AIの学習については全てオプトインを原則とするべきだ」と意見を提出した。

AI Watchdogに自分の名前を打ち込んだとき、日本のアーティストにはオーストラリアのAPRA AMCOSのように「窃盗の証拠だ」と法的根拠をもって声を上げる手段がまだない。米国のように訴訟でフェアユースの境界線を引く判例もない。30条の4という、AI開発にとって世界で最も寛容な条文の下で、クリエイターが声を届ける制度そのものを今つくろうとしている。

2100万曲のデータベースが問いかけているのは、「あなたの曲も入っていましたか」だけではない。「入っていたとして、あなたには何ができますか」だ。


参照元:The Millions of Songs Mashed Into AI-Generated Music(The Atlantic)

他参照:Four music datasets holding millions of tracks(Music Business Worldwide)

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