1996年のGIMP 0.54が2026年のLinuxで動く
30年前の画像編集ソフトが、Flatpakパッケージとして現代のLinuxデスクトップに帰ってきた。GTKが生まれる前の、Motifツールキット最後のGIMPだ。
GTKが存在しなかった時代のGIMP
GIMP 0.54をFlatpakに移植したプロジェクトが、GNOME.org GitLabで公開された。開発者がGNOMEの週報「This Week in GNOME #254」で紹介している。
GIMP 0.54は1996年2月にリリースされた、GIMPの最初の公開バージョンだ。開発したのはカリフォルニア大学バークレー校のスペンサー・キンボール(Spencer Kimball)氏とピーター・マティス(Peter Mattis)氏。コンパイラの授業で使っていたCommon LISPが17MBのメモリ確保に失敗してクラッシュし、「何でもいいからCで書こう」と始めたプロジェクトだった。
当時のGIMPが依存していたのはMotifツールキット。Open Software Foundationが開発した商用のGUIライブラリで、使うにはライセンス料が必要だった。Linuxユーザーの多くは学生で、Motifを買う余裕はない。高速な共有ライブラリ版を使えないから、巨大なバイナリで我慢するか、ビルドそのものを諦めるか。オープンソースの理念と真正面から矛盾する依存関係だった。
マティス氏はMotifに嫌気がさし、自前のツールキットを書き始める。それがGTK(GIMP Tool Kit)とGDK(GIMP Drawing Kit)だ。「汎用ツールキットにするつもりはなかった、GIMPで使いたかっただけだ」とマティス氏は後に振り返っている。1996年7月にGIMP 0.60がリリースされ、Motifへの依存は消えた。
GTKはやがてGTK+に進化し、GNOMEデスクトップ環境の基盤になった。Linux上のFirefox、GIMP、Inkscape、そしてGNOME自体を支えるツールキットの出発点が、この0.54の「Motifへの不満」にある。
30年後のFlatpak
そのMotif版GIMPが、Flatpakパッケージとして2026年のLinuxで動く。Motifツールキットごとパッケージに含まれているため、ホスト環境にMotifをインストールする必要はない。Flatpakが実行環境を丸ごと抱え込むことで、30年前のバイナリが現代のディストリビューションで起動する。
実用性はない。開発者自身が「興味がありそうな2人に向けて」と冗談めかして書いている。現行のGIMPは3.2.4(2026年4月リリース)で、非破壊編集、ベクターレイヤー、GTK3ベースのWayland対応まで備える。0.54にあるのは矩形選択、ブラシ、チャンネル操作、プラグインシステム、そしてアンドゥ機能。レイヤーすら存在しない。0.54のREADMEにはこう書かれていた。クリスマス休暇中にPhotoshop 3.0に触れ、レイヤーの必要性を痛感した。次のリリースで実装すると。
1996年2月 GIMP 0.54リリース Motifツールキット最後のバージョン 1996年 Tux誕生 GIMP 0.54で描画 1996年7月 GIMP 0.60リリース GTK採用、Motif依存を解消 2012年 Motifオープンソース化 LGPLで公開 2025年3月 GIMP 3.0リリース GTK3移行、7年の開発期間 2026年4月 GIMP 3.2.4リリース 現行の安定版 2026年6月 GIMP 0.54 Flatpak公開 Motif版が現代Linuxで動作 |
だが、動かしてみると見えるものがある。
Motifの角ばった3Dエフェクト、彫り込まれたようなボタン。1990年代のUnixワークステーションが持っていたあの空気がそのまま画面に現れる。3.2.4と並べてみれば、30年で何が変わり、何が変わっていないかが一目でわかる。プラグインシステムという設計思想は0.54の時点で存在し、3.2.4まで一貫して受け継がれている。
Tuxはここから生まれた
GIMP 0.54が残した足跡はGTKだけではない。ラリー・ユーイング(Larry Ewing)氏はこのGIMP 0.54を使い、Linuxのマスコット「Tux」を描いた。486 DX2/50のマシンで、マウスとGIMPだけで仕上げた。最終工程だけはSGI Crimsonワークステーションで行ったが、ほとんどの作業はこの0.54で完結している。
GIMP 0.54で描かれたTuxがLinuxのマスコットになり、GIMP 0.54への不満から生まれたGTKがGNOMEデスクトップの基盤になった。どちらも誰かが計画したわけではない。一つの判断が次の何かを呼び、連鎖が30年分積み重なった。
このFlatpakが語ること
ソフトウェアは普通、古くなれば動かなくなる。依存するライブラリが消え、APIが変わり、コンパイラが通らなくなる。30年前のバイナリが現代のLinuxで動くのは、FlatpakとFreedesktopのランタイムが依存関係をカプセル化しているからだ。
Motifはもともとプロプライエタリだった。2012年にLGPLでオープンソース化されたが、それは0.54がリリースされてから16年後の話だ。もしMotifがオープンソース化されていなければ、このFlatpakは作れなかった。
1996年に「Motifが商用だから自分で書く」と判断した開発者がGTKを生み、そのGTKの上にGNOMEが立ち、GNOMEの配布基盤としてFlatpakが生まれ、そのFlatpakでMotif版GIMP 0.54が2026年に動く。30年の円環が閉じた。
参照元:balooii/gimp-0.54 - GNOME GitLab