セレブがAIから「自分」を守る新手法
テイラー・スウィフトが自分の声を商標登録した。著作権では止められないAIディープフェイクに、別の法律で対抗する動きが広がっている。
テイラー・スウィフトが自分の声を商標登録した。著作権では止められないAIディープフェイクに、別の法律で対抗する動きが広がっている。
著作権では止められない
AIが生成するディープフェイクや音声クローンが、有名人のアイデンティティを脅かしている。偽の商品広告、本人が一切関与しない「公式風」の動画。生成AIの精度が上がるほど、被害は深刻になる。
従来、こうした問題に対処してきたのは著作権法だった。音楽、映像、写真といった「創作物」を守る法律だ。ところがAIディープフェイクの場合、生成物は大量の素材を合成して作られるため、元の作品と 「実質的に類似」 しているとは認定しにくい。
著作権侵害を立証するには、被告が原著作物にアクセスしたこと、そして生成物が原著作物と「実質的に類似」していることを証明しなければならない。AIが断片をつなぎ合わせて作った生成物では、この要件を満たせない場合がある。
顔も声もそっくりなのに、著作権法上は「似ていない」と判定されうる。その隙間を狙って、セレブが別の法律に手を伸ばした。
商標法という抜け道
この隙間を塞ぐために、セレブが持ち出したのが商標法だ。
マシュー・マコノヒー(Matthew McConaughey)が先陣を切った。2026年1月、マコノヒーは米国特許商標庁(USPTO)に 8件の商標 を登録した。映画『バッド・チューニング』での決め台詞「All right, all right, all right」(オーライ、オーライ、オーライ)の音声、クリスマスツリーの前に座る3秒間の動画、顔写真。いずれも「マコノヒーといえばこれ」と認識される要素だ。
マコノヒー氏はこう語っている。
「自分のブランドを無断のAIクローンから守ること。そして、自分の声や姿がどう使われるかについて将来にわたる主導権を持つこと。この2つが目的だ」
続いて2026年4月、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)が3件の商標を出願した。「Hey, it's Taylor Swift」「Hey, it's Taylor」という2つの音声クリップと、Eras Tourでピンクのギターを弾くステージ写真だ。スウィフトの声や姿はすでに、政治的な偽広告や不正な画像など、数え切れないAIディープフェイクに使われてきた。
英国のテレビ司会者ジェレミー・クラークソン(Jeremy Clarkson)も、自身の顔写真を商標登録している。2024年に暗号資産の詐欺広告にAIで顔を使われたことがきっかけだった。
| スウィフト | マコノヒー | クラークソン | |
|---|---|---|---|
| 時期 | 2026年4月 (出願) |
2026年1月 (登録済み) |
時期不明 (登録済み) |
| 件数 | 3件 | 8件 | 1件 |
| 種別 | 音声2件 +画像1件 |
音声・動画 ・画像 |
画像 |
| 具体例 | 「Hey, it's Taylor」等の 音声クリップ |
「All right, all right, all right」等 |
顔写真 |
| 背景 | 政治的偽広告・ 不正画像の被害 |
AI時代の 肖像権保護 |
暗号資産の AI詐欺広告 |
商標法の仕組みと限界
商標とは、ロゴ、スローガン、音、形、色など、あるブランドを識別するための印だ。マクドナルドの金色のアーチを知らない人はいない。近年は「感覚商標」と呼ばれる非伝統的な商標も増えており、MGMのライオンの咆哮やNBCのチャイムなどが登録されている。
ここで重要なのは、セレブが声や顔そのものを丸ごと商標登録しているわけではないことだ。あくまで ブランドの一部 として機能する特定の要素、つまり決め台詞、特定の音声クリップ、象徴的な写真を登録している。
商標侵害の判断基準は 「混同のおそれ」 だ。消費者がAI生成物を見て「本人が関わっている」と誤認する可能性があるかどうかを、裁判所が複数の要素から判断する。著作権の「実質的類似性」より、ディープフェイクに当てはめやすい基準ではある。
商標侵害は「混同のおそれ」で判断される。AIクローンが本人と結びつけて認識されるかどうかが争点になるため、著作権よりもディープフェイク対策に向いている可能性がある。
| 著作権法 | 商標法 | |
|---|---|---|
| 保護対象 | 創作物 (音楽・映像等) |
ブランド識別要素 (ロゴ・音声・ フレーズ等) |
| 侵害の 判断基準 |
「実質的類似性」 元作品と似ているか |
「混同のおそれ」 本人と誤認するか |
| AI生成物 との相性 |
弱い (合成物は 「似ていない」 と判定されうる) |
有望 (消費者が 本人と混同すれば 争える) |
| 保護の 発生 |
自動 (創作時に発生) |
登録が必要 |
| 適用範囲 | 国際条約で 広く保護 |
連邦法で 全米統一 |
| 限界 | 声・顔そのものは 著作物でない |
「ブランド」を 持つ人に限定 |
ただし、未知の領域だ。こうした商標が 法廷で争われた前例 はまだない。どこまでの要素が「ブランド」として認められるのか。AIによる再現がどの程度なら侵害に当たるのか。商標権者は登録した商標を継続的に「使用」する義務があるが、決め台詞を日常的に使い続けるとはどういうことか。いずれも未解決の問題だ。
一般人は守られない
米国にはパブリシティ権という、肖像や声の無断商用利用を禁じる法律もある。ところがこの法律は州ごとに内容が異なり、保護の範囲にばらつきがある。オーストラリアには同等の法律がない。商標法は連邦法であり全国共通の保護が得られる点で、パブリシティ権より強力だとセレブ側の弁護士は考えている。
画期的な対策に見えるが、根本的な限界がある。商標法で守れるのは、「ブランド」を持つ人 だけだ。声や顔がそのまま商業的な価値を持つセレブだからこそ、商標として登録できる。一般の人がAIで顔や声を無断利用されても、この手法は使えない。
スウィフトやマコノヒーの試みは、既存の法律をAI時代に合わせて転用する創造的な取り組みだ。ただ、法廷でどう判断されるかは分からない。そしてこの戦略が守れる範囲は、どうしても狭い。
AIによるアイデンティティの複製に、法律はまだ追いついていない。セレブが先に動けたのは、使える武器を持っていたからだ。
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