米国の日焼け止めが20年遅れだった理由。FDA、ベモトリジノールを承認

米国の日焼け止めが20年遅れだった理由。FDA、ベモトリジノールを承認

ビスエチルヘキシルオキシフェノールメトキシフェニルトリアジン。アネッサの成分表に載っている、舌を噛みそうな名前の紫外線吸収剤だ。日本では何年も前からごく普通に使われている。この成分がアメリカでは2026年6月まで、一切使えなかった。


四半世紀の空白

FDAは現地時間6月9日、ベモトリジノール(BEMT)をOTC日焼け止めの有効成分として正式に承認した。1990年代後半以来、米国で初めて認められた日焼け止め成分だ。発効は8月9日。配合製品は早ければ今夏にも店頭に並ぶ。

欧州では1999年から使われている。日本でも、韓国でも、オーストラリアでもとっくに流通している。なぜアメリカだけ四半世紀も遅れたのか。

米国では日焼け止めがOTC医薬品として分類される。欧州やアジアでは化粧品だ。医薬品として審査するぶん安全性の基準は高いが、新しい成分を市場に出すまでの時間も桁違いに長い。ベモトリジノールを開発したCiba Specialty Chemicals(2008年にBASFが買収)がFDAに最初の申請を提出したのは2005年。その後、原料供給会社のDSM(現dsm-firmenich)が承認取得を引き継ぎ、2024年10月にOTC Monograph Order Requestを提出。承認まで21年かかった。

ベモトリジノール(BEMT)米国承認までの経緯
1999年
欧州で承認
欧州・アジア・豪州で流通開始
2005年
FDAに初回申請
Ciba Specialty Chemicalsが提出
2024年10月
DSMがOMOR提出
dsm-firmenichが承認取得を引き継ぎ
2025年12月
FDA提案命令を公開
パブリックコメント期間を経て審査
2026年6月
FDA正式承認
1990年代後半以来、初の新成分
2026年8月
発効・製品販売開始
dsm-firmenichが18ヶ月独占販売

何がそんなに優れているのか

ベモトリジノールが注目される理由は3つある。

まず、UVAとUVBの両方を単独でカバーできる。米国で現在使われている紫外線吸収剤は、UVBだけをカットするもの(オクチノキサート、オクチサレートなど)とUVAだけをカットするもの(アボベンゾン)に分かれており、広域スペクトルの防御には複数の成分を組み合わせる必要がある。ベモトリジノールは一つでその両方をまかなう。

次に、光安定性が高い。米国でUVA防御の主力だったアボベンゾンは、日光を浴びると分解する。分解すれば防御力は落ち、分解生成物が肌への刺激になることもある。ベモトリジノールは光に当たっても構造が壊れにくく、長時間の効果が持続する。塗り直しが遅れても防御力がゼロにならないのは大きい。

そして、血中への吸収が少ない。FDAの研究では、既存の紫外線吸収剤オキシベンゾンが週末の使用だけでFDA安全基準値の515倍の濃度で血中から検出されている。ベモトリジノールは分子が大きく、肌の細胞の隙間を通り抜けにくい。FDAは酸化亜鉛、酸化チタンに続く3番目のGRASE(一般に安全かつ有効)認定成分とした。化学系フィルターでは初のGRASE認定だ。

米国の主な紫外線吸収剤とベモトリジノールの比較
アボベンゾンオキシベンゾンベモトリジノール
UVカバーUVAのみUVBが主UVA+UVB広域
光安定性低い(日光で分解)中程度高い
血中吸収基準超過基準の515倍基準以下
GRASE認定未認定未認定認定済み
※ 血中吸収の「基準」はFDAが安全性追加試験の免除条件とする0.5ng/mL。オキシベンゾンの515倍はEWG引用のFDA研究(週末の使用後)による

日本では「普通」だった

日本の日焼け止めが海外で評判がいいのは、こうした次世代のUVフィルターをとっくに使えていたからだ。

アネッサやアリィーといった国内ブランドの成分表を確認すれば、「ビスエチルヘキシルオキシフェノールメトキシフェニルトリアジン」の名前が見つかる。厚生労働省のポジティブリスト(配合可能成分リスト)に収載されており、日焼け止めや化粧下地に広く配合されてきた。韓国のUVケア製品も同様だ。

米国の消費者が「日本や韓国の日焼け止めは塗り心地が全然違う」と感じていたのは、気のせいではない。使える成分の選択肢が根本的に違った。軽くてべたつかず、白浮きしない処方を実現できたのは、ベモトリジノールのような高性能フィルターがあったからこそだ。

デマが広がる構造

米国の消費者がようやくまともな日焼け止めを手にできるようになった今、「日焼け止めは有害だ」というデマが広がっている。

アルバータ大学のアレッサンドロ・マルコン(Alessandro Marcon)氏らの研究チームがPLOS Digital Healthに6月18日付で発表した研究によると、TikTok上の日焼け止め関連動画のうち87%は日焼け止めの使用を推奨する内容だった。だが残りのわずか6%にあたるデマ動画が、いいね・コメント・シェアの数で推奨動画を大きく上回っていた。

「日焼けしても大丈夫」「日焼け止めには発がん物質が入っている」「牛脂で代用できる」。こうした主張は科学的根拠を欠いているが、「自然派」を名乗るインフルエンサーの発信は若い世代に刺さる。米国皮膚科学会の2026年調査では、Z世代の3人に1人がスキンケア情報の主な入手先としてインフルエンサーを挙げている。

「日焼け止めを使わないほうが安全という状況は、いかなる場合にも存在しない」

研究チームは論文で「日焼け止めを使わないほうが安全という状況は、いかなる場合にも存在しない」と結論づけている。

米国の日焼け止めが20年以上更新されなかったことで、テクスチャーが重い、白浮きする、べたつくといった不満が積み重なった。その不満が「日焼け止めそのものが悪い」という方向に回収された。規制が止まっている間に、デマの温床が育った。

8月9日から変わること

ベモトリジノールは当面、dsm-firmenichがPARSOL Shieldのブランド名で独占販売する。18ヶ月の独占期間が終われば、他のメーカーも配合可能になる。米国の日焼け止め市場が、ようやくアジアや欧州の水準に近づく第一歩だ。

ただし、解禁されたのはベモトリジノール1種だけだ。欧州やアジアで使われている他の次世代UVフィルター(ビソクトリゾールなど)は米国ではまだ使えない。20年の遅れを取り戻すには、もう少し時間がかかる。

日本に住んでいると、この話は「よその国が追いついてきた」で終わる。だが見るべきはその先だ。規制が消費者の選択肢を狭め、選択肢の狭さが不信を生み、不信がデマに変わった。この連鎖は、日焼け止めに限らない。

参照元:FDA Expands Sunscreen Options for the First Time in 20 Years

他参照:Marcon A, et al. (2026) PLOS Digital Health 5(6): e0001440

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