アリババ、「軍事企業」認定の撤回を求め米連邦裁判所に提訴
6月8日に米国防総省の1260Hリストに掲載されたアリババが、わずか15日で法廷に立った。カリフォルニア州サンノゼの連邦地方裁判所に提訴し、掲載の撤回を求めている。
提訴の経緯
現地時間6月23日、アリババ・グループ・ホールディング(Alibaba Group Holding Limited)がカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に訴状を提出した。1260Hリストからの削除を求め、国防総省を相手取っている。
訴状でアリババは2つの憲法上の権利侵害を主張している。合衆国憲法修正第5条に基づく適正手続き(デュープロセス)の違反と、修正第1条に基づく言論の自由の侵害だ。国防総省は十分な証拠も説明もなしにリスト掲載を決定した、とアリババは訴えている。
アリババは訴状で言い切っている。「この認定は事実にも法にも根拠がない。アリババの取締役は独立した人物で構成されており、軍との関係を持つ者はいない。当社の製品とサービスは小売、物流、企業向けITのために作られたものであり、兵器でも国防でも情報機関でもない」。
もう一つ、訴状には注目すべき主張がある。アリババは2月の段階から国防総省と数か月にわたって協議を続けてきたという。人民解放軍を支援していないことを示す証拠を提出し、質問にも回答し、書面での反論も出した。国防総省からの回答は一切なかった、というのがアリババの主張だ。
これは手続き上の不備を争う訴訟だ。「指定の実体的な正当性」と「指定に至る手続きの適正性」は別の論点であり、アリババは後者に重心を置いている。
国防総省の論理
1260HリストのPDF原文を読むと、国防総省がアリババを掲載した根拠は2つに整理できる。
第一に、アリババがSASAC(国務院国有資産監督管理委員会)と間接的に関係があること。第二に、MIIT(工業情報化部)との提携を通じて「軍民融合に貢献している」との認定だ。
国防総省はこの2点をもって、アリババを「中国の国防産業基盤への軍民融合上の貢献者」と分類した。
ここで立ち止まる価値がある。MIITは中国のテクノロジー産業政策を統括する省庁だ。中国で事業を行うテック企業で、MIITと無関係な企業を探す方が難しい。バイドゥ(Baidu)、BYD、ニオ(NIO)の掲載根拠もMIITとの関係だ。この基準をそのまま適用すれば、中国の主要テック企業のほぼすべてが掲載対象になりうる。
なった。リストは188社に達している。
シャオミの前例、そして5年で変わったもの
アリババには、先行事例がある。
2021年1月、シャオミ(Xiaomi)は当時の「共産主義中国軍事企業(CCMC)」リストに掲載された。シャオミは即座にワシントンD.C.の連邦地裁に提訴し、3月12日に仮差止命令を勝ち取った。国防総省は控訴せず、5月に合意のうえで指定を撤回した。掲載から撤回まで約4か月。
アリババがこの前例を意識していないはずがない。
ただし、2021年と2026年では、リストの法的意味がまるで違う。
シャオミが争った当時のCCMCリストは、実質的に「名前と恥」のリストだった。直接的な法的制裁は限られ、市場へのシグナル効果が主な武器だった。
今の1260Hリストは違う。2024年度国防権限法(NDAA)第805条により、6月30日以降、国防総省はリスト掲載企業から直接調達できなくなる。2027年6月からは、第三者を経由した間接調達も禁止だ。2025年度NDAAの第851条は、リスト掲載企業のロビイストと契約している米国企業からの調達まで禁じている。
日本の投資家にとって見過ごせない条項がもう一つある。2026年度NDAAにはCOINS法(第8531条)が含まれる。大統領は2年以内に、1260Hリスト掲載企業が財務省のNS-CMICリスト(中国軍産複合体企業リスト)に該当するかどうかを議会に報告しなければならない。NS-CMICリストに移行すれば、米国の投資家はその企業の上場証券を売買できなくなる。
アリババはニューヨーク証券取引所にBABAとして上場し、香港証券取引所にも重複上場している。バイドゥ、ニオも米国に上場している。NS-CMICへの移行が現実になれば、ADR(米国預託証券)の取引が止まる。5年前には存在しなかった打撃だ。
2021年1月 シャオミ提訴 CCMCリスト掲載に対し提訴、5月に合意撤回 2024年 NDAA第805条成立 リスト掲載企業との直接調達を禁止 2025年 NDAA第851条成立 ロビイスト経由の間接規制を追加 2026年2月 更新版を一時公開、即撤回 アリババ・バイドゥ・BYDを含む更新版 2026年6月 1260Hリスト正式確定 188社。前回134社から大幅拡大 2026年6月 アリババ提訴 適正手続き違反と言論の自由侵害を主張 2026年6月 直接調達禁止発効 リスト掲載企業との国防総省直接契約が停止 |
法廷の列
アリババだけが法廷に立っているわけではない。
医薬品受託製造大手のウーシー・アップテック(WuXi AppTec)は6月11日、ワシントンD.C.の連邦地裁に同種の訴訟を提起した。半導体製造装置メーカーのAMECは2024年8月に提訴し、同年12月に国防総省が指定を撤回した。LiDARメーカーのヘサイ(Hesai)やDJIも訴訟で争っている。
1260Hリストに掲載された中国企業が法廷で争うことは、もはや例外ではなくなりつつある。
見ておくべき数字
BABAの株価は6月23日の終値で104.97ドル。52週高値の192.67ドル(2025年10月)から約45%下落した。この下落はリスト掲載だけが原因ではない。AIインフラへの積極投資で利益率が悪化し、中国国内の規制強化も重なった。だがリスト掲載は、米国の機関投資家がアリババ株を保有するリスクを引き上げた。
1260Hリスト掲載は、それ自体で民間の商取引を禁じるものではない。だが投資家にとっては、「その企業の証券を持ち続けてよいか」という問いが生まれている。COINS法の報告期限が到来し、NS-CMICリストへの移行が具体化する段階になれば、この問いはより切実になる。
アリババがサンノゼの法廷で勝てるかどうかは、まだわからない。だが確実に言えることがある。世界最大級のEC企業が法廷で「軍事企業」のレッテルを争う。それだけで、米中テクノロジー対立がどこまで来たかは伝わる。