ノーベル賞AlphaFoldの生みの親、Anthropicへ移籍

ノーベル賞AlphaFoldの生みの親、Anthropicへ移籍
Google

タンパク質の構造予測を変えたAlphaFoldの共同開発者が、約9年を過ごしたGoogle DeepMindを離れる。行き先はAnthropic。


博士号取得の半年後にAlphaFoldを任された研究者

ジョン・ジャンパー(John Jumper)氏が現地時間6月19日、Google DeepMindを離れAnthropicに移ると発表した。しばらく休養を取ってから合流する予定だという。

ジャンパー氏は2024年、Google DeepMindのCEOであるデミス・ハサビス(Demis Hassabis)氏とともにノーベル化学賞を受賞した。タンパク質の立体構造をAIで予測するAlphaFold2は、50年来の難問を解き、190か国200万人以上の研究者に使われている。ジャンパー氏がこの開発チームを率い始めたのは、博士号取得からわずか半年後のことだ。

ハサビス氏は「9年間のすばらしいパートナーシップに感謝する。AlphaFoldで世界を変え、科学と医学にAIが何をできるかを示した」と応じた。Google DeepMind側も「ジャンパー氏の多大な貢献に感謝しており、新たな挑戦を応援する」とコメントしている。

数日で去った2人、数か月で3人

この移籍を単体で見ても十分に大きいが、文脈に置くとさらに重い。

その2日前の6月17日、Geminiの共同リードを務めていたノーム・シャジーア(Noam Shazeer)氏がOpenAIへの移籍を発表したばかりだった。シャジーア氏は現在の大規模言語モデルの基盤となったTransformerアーキテクチャの共著者であり、Googleが2024年にCharacter.AIとの提携を通じて約27億ドル(当時のレートで約4000億円)を投じて呼び戻した研究者だ。2年も経たずに、その投資の「本体」がOpenAIに去った。

さらに遡れば、1月にはAlphaGoとAlphaZeroを生んだデビッド・シルバー(David Silver)氏がGoogle DeepMindを離れ、ロンドンでIneffable Intelligenceを設立している。強化学習の権威は、大規模言語モデルだけでは超知能には届かないという信念のもと、独自の道を選んだ。

数か月のあいだに、Google DeepMindはAlphaFoldの頭脳、Geminiの設計者、AlphaGoの産みの親を失った。いずれも代替の効かない研究者であり、Google DeepMindの看板プロジェクトそのものを体現していた人物たちだ。

Google DeepMind 主要研究者の離脱
2026年1月
シルバー氏が独立
AlphaGoの産みの親。ロンドンでIneffable Intelligenceを設立
5月
カーパシー氏がAnthropicへ
OpenAI共同創業者。事前学習チームに参加
6月17日
シャジーア氏がOpenAIへ
Gemini共同リード。Transformer共著者
6月19日
ジャンパー氏がAnthropicへ
AlphaFold開発リーダー。ノーベル化学賞
6月30日
Anthropic科学イベント
The Briefing: AI for Science
※ カーパシー氏はGoogle DeepMind出身ではなくOpenAI/Tesla出身。Anthropicの人材獲得として記載

Anthropicに集まる頭脳

一方でAnthropicには、第一線の研究者が次々と加わっている。

5月にはOpenAIの共同創業者アンドレイ・カーパシー(Andrej Karpathy)氏が入社した。Teslaの自動運転AI開発を率い、「バイブコーディング」の提唱者としても知られるカーパシー氏は、Anthropicの事前学習チームでClaudeを活用し、AI研究そのものを加速させる新チームを立ち上げる。

ジャンパー氏のAnthropicでの役割はまだ公表されていない。ただ、Anthropicは6月30日に「The Briefing: AI for Science」と題したライフサイエンス特化のイベントを控えている。ノバルティスやブリストル・マイヤーズ スクイブ、ジェネンテックの経営トップが登壇するこの催しは、Anthropicが科学応用を次の柱に据えようとしていることを示す。AlphaFoldを生んだ研究者が加わるなら、「AIで科学を変える」というAnthropicの宣言は、言葉だけのものではなくなる。

なぜGoogleから離れるのか

なぜこれほど立て続けに、Google DeepMindのトップ研究者が去るのか。

Googleは世界最大級の計算資源を持ち、検索からAndroid、Cloudまで巨大な配信基盤を抱える。研究者にとって、これほど恵まれた環境は他にない。にもかかわらず離脱が続く理由は、計算資源や配信基盤ではなく、研究文化と意思決定の速度にあるのかもしれない。

巨大組織の中で研究成果を製品に落とし込むには、調整と承認のプロセスがつきまとう。AnthropicやOpenAIのようなスタートアップでは、研究と製品の距離が近い。自分の手で生んだ技術がそのまま製品の中核になる。研究者にとって、それは報酬以上の動機になりうる。

もうひとつ見落とせないのは、Gemini 3.5 Proが6月末のリリースを控えながら、AnthropicやOpenAIの最新モデルに対して競争力に疑問符がつくとの見方がリーク情報として出回っている点だ。主力モデルの評価が揺らげば、「自分の仕事がどこで最も大きなインパクトを生むか」という研究者の判断に直結する。

AI科学への賭け

ジャンパー氏の移籍は、もうひとつの読み筋を含んでいる。

AlphaFoldは「AIが科学を変えられる」ことの最も説得力ある証明だった。しかしGoogle DeepMindの軸足は、Geminiを通じた検索・広告・クラウドの商業化に移りつつある。AlphaFoldの先にあるはずの仕事、AIで新薬開発やタンパク質設計を実用化する取り組みは、社内で優先度が下がっていたのかもしれない。

Anthropicが「The Briefing: AI for Science」で見せようとしているのは、Claudeを科学研究の現場に直接投入するビジョンだ。創薬から臨床、基礎研究まで、AIが研究プロセスそのものに入り込む。ジャンパー氏がそこに加わるなら、AlphaFoldで始まった「AIによる科学」は、Googleではなく、Anthropicの手で次の章を開くことになる。

Google DeepMindにとっての損失は、Anthropicにとっての加速であり、科学にとっては場所を変えた継続だ。ただし、これだけの人材が一方向に流れている事実は、AI業界の重心がどこにあるのかを物語っている。

他参照:Anthropic「The Briefing: AI for Science」イベントページ

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