ChromeのAIモデル4GBを無断書き込み、Hanff告発
Google Chromeが同意なしに4GBのAIモデルをディスクに書き込んでいる。アレクサンダー・ハンフ氏が4日にフォレンジック調査を公開、Hacker Newsで瞬時に拡散した。削除しても再ダウンロードされる。
Google Chromeが同意なしに4GBのAIモデルをディスクに書き込んでいる。アレクサンダー・ハンフ氏が4日にフォレンジック調査を公開、Hacker Newsで瞬時に拡散した。削除しても再ダウンロードされる。
4GBはどこから来たのか
問題のファイルは「weights.bin」。Chromeのユーザープロファイル内にある「OptGuideOnDeviceModel」というディレクトリに収められている。中身はGoogleのオンデバイスLLM「Gemini Nano」のモデル重みだ。Chrome 147以降、対応ハードウェアと判定された端末に対し、同意ダイアログも通知も表示されないまま、コンポーネントアップデーターを通じてダウンロードされている。
確認方法は単純で、macOSなら ~/Library/Application Support/Google/Chrome/Default/OptGuideOnDeviceModel/ を du -sh で見ればいい。Windows 11なら %LOCALAPPDATA%\Google\Chrome\User Data\OptGuideOnDeviceModel。条件を満たすマシンには、このディレクトリが勝手に 4GB分 だけ膨らんでいる。
ハンフ氏(Alexander Hanff)が告発の決め手として用意したのは、macOSのカーネルレベルファイルシステムイベントログ「.fseventsd」だ。Chromeから書き換え不可能なログで、ファイルの作成・変更・削除をOSの層で記録している。氏はユーザーの入力が一切ないクリーンプロファイルを4月23日に作成し、5日後の29日にディスクをチェックして4GBの増加を発見した。
4月24日16時38分、Chromeが「OptGuideOnDeviceModel」ディレクトリを作成。16時47分、3つのアンパッカーサブプロセスが並列で起動し、うち1つが「weights.bin」を書き出す。16時53分、最終配置先へ移動完了。所要時間は14分28秒。プロファイルへのキー入力もマウス操作もゼロ。
「AIモード」は実はローカルではなくクラウド処理
ここが、この問題で最も巧妙な構造だ。Chrome 147は対応プロファイルに対し、アドレスバーの右側に「AIモード」と書かれたピルを表示する。2026年の今、この表示を見たユーザーは何を考えるだろうか。「ディスクに4GBのAIモデルが入っているのだから、このAIモードもローカルで動いているはず。プロンプトはデバイスから出ない」。そう推論するのが自然だ。
ところが、その推論は完全に間違っている。アドレスバーのAIモードはGoogleのSearch Generative Experienceに繋がるクラウドバックエンドの入口で、入力したクエリは1文字残らずGoogleのサーバーに送信される。ディスク上の4GBモデルはまったく使われない。
ローカルのGemini Nanoが実際に呼ばれるのは、テキストエリアの右クリックメニューに出る「Help me write」(文章作成補助)、タブグループの提案、ページ要約、スマートペーストといった、奥に埋もれた機能だ。ユーザーが見て、触って、AI体験だと感じる場所は、ことごとくクラウドへ流れている。
ハンフ氏はこれを「貯蔵コストはユーザー負担」と整理する。ユーザーは4GBのディスクとそれだけの帯域を消費させられるが、ローカル処理によるプライバシー上の見返りを受け取れる場所は、ほぼ誰の目にも止まらない位置にある。
削除しても戻ってくる仕組み
ファイルを消しても無駄だ。Chromeは次の適格ウィンドウで再ダウンロードする。永続的に止めるには、chrome://flags で「Optimization Guide On Device Model」を無効化するか、エンタープライズポリシーで止めるしかない。一般家庭のユーザーがそこまで辿り着くのは、相当に難しい。
chrome://flags のフラグを掘れる人が、そもそも全Chromeユーザーの何割いるのか。Hacker News上ではこの点が議論の中心になっている。「自動更新の規約で同意は取得済み」というGoogle寄りの論理を擁護する声もあるが、4GBの新機能配布をセキュリティパッチと同列に扱えるかは、簡単には片付かない。
削除を「修正すべき一時的な状態」として扱うこと自体が、ユーザーの意思表示を無視する設計になっている。これはePrivacy指令5条3項が要求する「自由意思による同意」の原則と根本的に相容れない。
法的な問題はどこにあるか
ハンフ氏は3つの法令違反を主張する。ePrivacy指令5条3項(2002/58/EC)は、ユーザー端末への情報の保存とアクセスについて、明確かつ十分な情報提供を伴う事前同意を要求している。例外は「ユーザーが明示的に要請したサービスの提供に厳密に必要」な場合のみ。Chromeは4GBのLLMがなくても問題なく動作するのだから、この例外には当てはまらない。
GDPR第5条1項の「適法性、公正性、透明性」原則、そして第25条の「データ保護バイデザイン・バイデフォルト」原則も俎上に載る。Chromeは端末の性能クラス(CPU、GPU、メモリ容量)を読み取って配信対象を選別している。これはトラッキングに使われるプロファイリングと構造的に同じであり、その情報がモデル機能を通じて個人データの処理に繋がる以上、GDPRの射程内に入るというのがハンフ氏の論立てだ。
英国のUK GDPR・PECR、米カリフォルニアのCCPAでも同様の問題が生じる。ePrivacy指令違反のEU規制当局による執行が動けば、Googleには全世界売上高の最大4%または2,000万ユーロのいずれか高い方を上限とする制裁金リスクが生じうる。
1億〜10億台規模の環境コスト
ハンフ氏が前回4月に告発したAnthropicのClaude Desktop件は、350バイトのJSONマニフェストを7つのChromiumブラウザに書き込むという話だった。帯域も電力もほぼ無視できる規模だった。今回は違う。Chromeのインストールベースは33億〜38億台、対応ハードウェアに絞っても展開規模は数億単位になる。
1台あたりの配信コストは約0.06kg CO2e。1億台なら6,000トン、5億台で3万トン、10億台に達すれば 6万トン CO2e に到達する。Pärssinen et al. (2018) の0.06kWh/GBとEEAの2024年EU-27グリッド係数0.25kg/kWhを用いた中間値での試算。
中央値の3万トン CO2eは、EU平均の乗用車約6,500台分の年間排出量に相当する。120GWhは英国の平均的な家庭3万6,000戸の年間電力消費。1社が独断で、ユーザー同意のないまま地球の大気に支払わせている請求書だ。
しかもこれは初回配信1回分の数字でしかない。削除→再ダウンロードのサイクル、将来のモデル更新、SSDの製造段階でのカーボン(4GB×10億台で約64万トン CO2e)、推論時の電力。すべて積み上げて初めて、本当の環境コストになる。
携帯回線で接続している多くのユーザーには別の意味でも痛手だ。アフリカやアジア、ラテンアメリカの一部地域では、月間データ容量が4GB前後という契約も珍しくない。1ヶ月分の通信枠が、本人の知らないうちにChromeに食い潰されている可能性がある。
なぜAnthropicの件と並べて読むべきなのか
ハンフ氏は4月18日、Anthropicの「Claude Desktop」がmacOS上で7つのChromiumブラウザにNative Messagingマニフェストを無断で書き込み、インストールしていないブラウザにまで設定を残している件を告発した。今回のChrome件は、その続編の位置づけだ。
両者に共通するのは「ユーザーのマシンを自社のロードマップ最適化のための展開面と見なす」という発想だと、氏は指摘する。同意ダイアログなし。オプトアウトUIなし。手動削除しても次回起動で復活する。設計上の選択がほぼ重なっている。
The Registerが取材したセキュリティコンサルタントのNoah M. Kenney氏は、Anthropicの件についてハンフ氏の「スパイウェア」という呼称には異議を唱えつつ、技術的事実関係と法的論立ては概ね支持できると述べている。今回のChrome件についても、同種の評価が広がる可能性が高い。
同意問題と機能の良し悪しは、必ずしも同じ俎上で議論する必要はない。Gemini Nanoがマルウェアでもスパイウェアでもないこと、ローカル処理がクラウドより私的であることは正しい。しかし、それは「ユーザーの選択」を勝手に奪っていい理由にはならない。
ハンフ氏が提示する7つの修正案
技術的には難しい話ではない、というのがハンフ氏の立場だ。初回ダウンロード前にダイアログで同意を取る。AI機能を使い始めた瞬間に初めてダウンロードする「プル型」に切り替える。chrome://settings/ でモデルファイル一覧と削除ボタンを提供する。Chromeのインストーラーやストアページで4GBのダウンロードが発生する旨を明記する。削除を尊重し、再作成しない。GoogleのESGレポートに帯域とCO2排出量を計上する。既に配信済みのユーザーには遡及的に通知して取り消しの機会を与える。
これらは普通のエンジニアなら誰でも実装できる、ありふれたパターンだ。問題は「やる気」の方にある。
Googleが「読める」かどうか
ハンフ氏はこの記事を、ある問いかけで締めている。次のChromeアップデートが、無断インストールを撤回し、明示的なオプトインに置き換えるなら、Googleはこの空気を読めたということ。そうしなければ、同社が公表してきた「責任あるAI」と「サステナビリティ」のステートメントが、どれほどの重さを持っていたのかが分かる。
本記事執筆時点(5月6日)で、Googleからの公式な応答は確認できていない。規制当局は、この2002年から続く法律をいつ本気で執行するのか。巨大テック企業は民事・刑事の法令から免除された存在なのか。ハンフ氏の問いはそこに行き着いている。
ChromeのAIモードのピルを今日見て、その意味を立ち止まって考えた人は、おそらく多くない。だがその表示の裏側で、4GBの重みファイルが、誰にも頼まれていないのにディスクに横たわっている。
参照元
他参照
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