Firefox、拒み続けたWeb Serial APIを13年越しで搭載へ
ブラウザからArduinoや3Dプリンターを直接操作できるWeb Serial API。Mozillaが6年間「有害」と退けてきたこの機能が、Firefox Nightlyにひっそりと着地した。
ブラウザからArduinoや3Dプリンターを直接操作できるWeb Serial API。Mozillaが6年間「有害」と退けてきたこの機能が、Firefox Nightlyにひっそりと着地した。
13年の沈黙が動いた
Firefox Nightly 151.0a1にWeb Serial APIのサポートが追加された。現時点ではフラグを手動で有効にする必要があり、公式ドキュメントも未整備だが、コードは確実にそこにある。
Web Serial APIとは、ブラウザからシリアルポート経由でデバイスと通信するための仕組みだ。3Dプリンター、ArduinoやESP32といったマイクロコントローラー、スマートホーム基盤のESPHomeなど、物理的なハードウェアをWebページから直接制御できるようになる。USBやBluetooth経由でシリアルポートをエミュレートするデバイスにも対応する。
このAPIの最初の議論が始まったのは2013年。実に13年越しの実装だ。
Google Chromeは2021年からWeb Serialをサポートしており、Edge、Opera、VivaldiといったChromium系ブラウザも追随している。Firefoxだけが、長年この流れに背を向けてきた。
このAPIの最初の議論が始まったのは2013年。実に13年越しの実装だ。
Mozillaが「有害」と断じた理由
2020年、Mozillaのディスティングイッシュド・エンジニアであるマーティン・トムソン(Martin Thomson)はGitHub上でWeb Serialに対する明確な反対意見を表明した。
シリアルアクセスは、物理的な接続が絶大な信頼を意味していた時代の遺物だ。多くのデバイスは認証なしで管理権限を与えてしまう。
トムソンの懸念は技術的に正当なものだった。シリアル接続はもともと「ケーブルを挿せる人=信頼できる人」という前提で設計されている。Webページという、ユーザーが日常的に何十も開く環境からその信頼を借用することのリスクは小さくない。rootユーザーですら持たない特権を、ブラウザ経由で取得できてしまう可能性がある──そう指摘された。
この立場は理解できる。だがMozillaの掲げたセキュリティ最優先の原則と、現実のユーザー行動は、すでに別の方向に動いていた。
「正しさ」がユーザーを追い出す
ESPHomeでマイクロコントローラーをブラウザからフラッシュしたい。ドローンのコンフィギュレーターを使いたい。3Dプリンターのファームウェアを更新したい。こうした実用的なニーズを抱えるユーザーにとって、「セキュリティ上の理由で非対応」という回答は、Chromeに乗り換える理由そのものだった。
Bugzillaには切実なコメントが並んでいた。「Firefoxを使い続けているのはChrome独占に抗う最後のブラウザだからだ。だがこういう決定が未来を潰す」──あるユーザーはそう書き残している。
Firefoxの全プラットフォーム合算のシェアは 約2.5% まで落ち込んでいる。デスクトップでも5%台だ。かつて3割を超えていたブラウザが、ニッチな存在になりつつある。「正しい判断」がユーザーを競合に押し出す──Mozillaが一番恐れていたはずの構図だ。
方針転換の軌跡
転機は2022年に訪れた。Web Serialをめぐる激論がGitHub上で過熱し、スレッドがロックされた後、改めて再検討が求められた。FirefoxのCTOであるボビー・ホーリー(Bobby Holley)が前向きな姿勢を示したのだ。
2024年には、ホーリーがさらに踏み込んだ発言をしている。WebMIDIと同様のアドオンゲーティング方式を使い、適切な同意の仕組みを設計できれば出荷に前向きだ、と。つまり、無条件の開放ではなく、ユーザーが明示的に許可を与える仕組みを条件とした妥協案だった。
Mozillaは全面降伏したわけではない。WebUSBとWebHIDには今も反対の立場を維持している。
そして2026年1月中旬、Bugzilla上にWeb Serialの初期コミットが登場。4月13日前後にNightly 151に統合され、ようやく動くコードとしてユーザーの手に届いた。
AppleはまだNoと言っている
興味深いのは、AppleのWebKitチームが今もWeb Serial、WebUSB、WebHIDすべてに反対していることだ。フィンガープリンティングやセキュリティ上の懸念を理由に挙げ、かつてのMozillaの主張を引用して自らの立場を補強している。
MozillaがWeb Serialを受け入れた今、Appleは唯一の「反対派」として残る。Safariのデスクトップシェアは約5%で、Firefoxと近い水準だ。Mozillaと同じ圧力が、いずれAppleにも向かうだろう。
ただし、AppleにはMozillaとは異なる事情がある。iOSではSafariがデフォルトブラウザであり、モバイルのエコシステムを握っている。「Chromeに乗り換えられる」恐怖がMozillaほど切実ではない。Web Serialへの対応は、Mozillaの後追いではなく、Apple独自の判断軸で決まるはずだ。
Nightlyから正式版への道のり
現時点でWeb SerialはNightlyチャンネルのみで、フラグの手動有効化が必要だ。Bugzillaのブロッキングバグを見ると、Linux環境でのデバイス表示問題やFlipper Zeroとの通信遅延など、まだ解消すべき課題が残っている。正式リリースまでには数カ月を要するだろう。
それでも、13年間「やらない」と言い続けた機能が形になったこと自体が大きい。メーカー系のボードを扱うホビイストやスマートホーム愛好者にとって、ようやくFirefoxが選択肢に戻る瞬間だ。
2026年の今、AIエージェントにPCを操作させる時代に、シリアルポート経由のデバイス通信がどれほどの脅威なのか。トムソンの懸念は技術的に正しかったが、世界のほうが先に変わってしまった。
参照元
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