ゲームエンジンが老舗を変える、ゼネコンと百貨店が選ぶ理由
UnityとUnreal Engineが、ゲーム開発の枠を超えて日本の老舗企業の業務ツールに変わりつつある。大成建設、大丸松坂屋、メタバース企業のクラスター。三者の使い方は、3D空間を扱う技術の重心が現実業務に移ったことを示している。
UnityとUnreal Engineが、ゲーム開発の枠を超えて日本の老舗企業の業務ツールに変わりつつある。大成建設、大丸松坂屋、メタバース企業のクラスター。三者の使い方は、3D空間を扱う技術の重心が現実業務に移ったことを示している。
ゲームのために生まれた道具が、街を設計する
ゼネコンの大成建設、メタバース企業のクラスター、百貨店の大丸松坂屋。三社の最近の動きを並べると、表面だけ見れば「老舗企業が新技術に挑戦している」というよくある話に見える。だが中身を読むと、もう少し別の話が見えてくる。
UnityとUnreal Engineは、本来ゲームを作るためのソフトウェアだ。長年にわたって3D空間を高速に描画し、物理演算を回し、ユーザーの入力に反応するために磨かれてきた。その能力は、いまや「ゲームを成立させるため」だけに必要とされているわけではない。現実世界をデジタルに写し取る作業は、3D空間を扱う点でゲーム制作と地続きだ。
老舗のゼネコンや百貨店が、独自のソフトウェアを一から作るのではなく、ゲーム業界が先に育てた道具を借りる。この選択は、ソフトウェアの世界における主客の転換を意味する。
大成建設が西新宿で動かす「シン・デジタルツイン」
ゼネコン最大手の一つ、大成建設は2020年から西新宿エリアで「シン・デジタルツイン」と呼ぶプロジェクトを進めている。レーザースキャンで地下空間や建物内部まで誤差数ミリレベルでデジタル化し、国土交通省の3D都市モデル「PLATEAU(プラトー)」と組み合わせる。完成した3Dデータをそのまま専門家が使うのではなく、ゲームエンジンに流し込んでテクスチャやライティングを設定する。すると、本物の街と見分けがつかないレベルの仮想空間ができあがる。
「今まではエリアマネジメント組織で行う社会実験は年1回が限度で、数千万円のコストが必要でした。このシン・デジタルツインがあれば、仮想空間で何百回も実験が可能で、一番良い効果が出たものをリアルで実現できる」(大成建設・新事業推進部の村上拓也氏、事業構想オンライン2024年12月号より)
ここで重要なのが、ゲームエンジンの操作性だ。村上氏によれば、近隣の小学校で体験授業に使ったところ、子どもたちが初見で操作できたという。建築の専門知識を持たない市民や行政担当者が、その場で街を歩き回れる。これが従来のCADやBIM(Building Information Modeling、建物情報モデル)とは決定的に違う。愛知県岡崎市の駅前再開発でも、市長と職員、大成建設の担当者がデジタル空間を囲んで人や車の流れを議論する場面が生まれている。
ゲームの操作系は、多くの人にとってもっとも馴染みのあるUI(ユーザーインターフェース)になっている。家庭用ゲーム機を触ったことがある人なら、視点を回し、目的の場所まで歩き、立ち止まって周囲を見渡す動作に説明はいらない。建築業界が長年抱えてきた「専門家以外には伝わりにくい」という課題に対して、ゲームエンジンは思いがけない側面から解を提供している。
クラスターが拡げる防災メタバースの実装
東京・品川区に本社を置くクラスター株式会社は、自社プラットフォーム「cluster」を法人向けにも展開しており、公式サービス案内のなかで「デジタルツイン上での市民参加型の防災・避難訓練」を主要なユースケースの一つに挙げている。
防災の難しさは、確率の話だけでは人が動かないことにある。「大雨が降ったら床上浸水の恐れがあります」という文章を読んでも、自分の家の前にどれくらいの水が来るのか、避難所までどう歩けばいいのかは想像しづらい。ゲームエンジンの仮想空間で実際に水位が上がっていく様子を体験すると、平面の地図では伝わらなかった切迫感が立ち上がる。
建設・都市計画におけるBIMデータ・CADデータの利活用、製造・物流のビジュアライゼーション&シミュレーション、デジタルツイン上での市民参加型の防災・避難訓練、医療現場等におけるXR技術の導入。(クラスター株式会社の法人向けサービス紹介より)
具体例も動き始めている。2025年8月には日本工営とクラスター、豊田市の三者が連携した「3.11防災を楽しく学ぼう in メタバース」が開催され、地震被害の講演と仮想空間での体験を組み合わせた市民参加型イベントが実施された。同年12月には鹿島建設と組んで「JAPAN BUILD TOKYO」に共同出展し、建設・防災・医療を横断するデジタルツイン活用の事例を公開している。防災教育という用途で見たとき、ゲームエンジンは単なる可視化ツールではなく、体験を設計するための装置として機能する。リアルな避難訓練には会場と人員の確保が必要だが、メタバース空間なら全国どこからでも参加できる。コスト構造そのものが組み替わる。
大丸松坂屋がVRChatで売る「3D着物」
百貨店の大丸松坂屋は、2023年10月にメタバース事業へ本格参入した。米国のVRChat社が運営するソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」上で、オリジナルの3Dアバターと衣装を販売している。同社プレスリリースによれば百貨店業界初の取り組みで、2024年4月には12体すべてのアバターに3D衣装が対応し、BOOTHで販売される3D着物は1着3500円前後で展開している。
百貨店業界初となるオリジナル3Dアバターの発売を皮切りにメタバース領域に本格参入した当社は、「幸せ溢れる仮想社会」を目指し、オリジナル3D衣装の販売やVRChat内でのオリジナルワールドの公開、ユーザーの皆様に参加いただくイベントの企画運営などを通して、メタバースの生活者のくらしを彩り豊かなものにするご提案を行ってきました。(大丸松坂屋百貨店2026年1月のプレスリリースより)
注目すべきは、デザインの源泉が「松坂屋コレクション」だということだ。これは昭和初期に同社が全国から集めた、江戸時代以前の染織工芸品約1500点。普段は収蔵庫に眠るアセットを、3Dデータに翻訳してアバターに着せる。京都の宮川徳三郎商店が監修するなど、伝統工芸の知見も投入されている。
百貨店という業態は、対面接客と店舗空間の演出にこそ強みがあった。コロナ禍でその前提が一度崩れたとき、新しい場所として浮上したのがメタバースだ。リアルでは店舗の営業時間と立地に縛られるが、VRChat内なら24時間営業で、世界中のユーザーが訪れる。アバターファッションのマーケット規模は急拡大しており、ピクシブの「BOOTH」3Dモデルカテゴリの2025年取扱高は104億円(前年比179%)に達している。
なぜ「ゲームエンジン」だったのか
三つの事例に共通するのは、自社で3Dエンジンを内製していないことだ。建設、防災、小売。いずれも巨額の研究開発投資ができる規模の企業や組織が、わざわざゲーム業界の道具を借りている。
理由は単純で、コストと人材の経済性に尽きる。Unityは個人や小規模事業者なら無料で使え、Unreal Engineも一定の収益までは無料だ。教育機関でも広く教えられており、エンジニアの母数が大きい。専用ソフトを内製してしまうと、後から人を雇うときに探すのが難しい。「ゲーム開発経験者」という採用市場には、すでに大量のプールがある。
加えて、ゲームエンジンは汎用性のための機能を最初から備えている。物理演算、リアルタイムレンダリング、複数人同時接続、VRデバイス対応。どれも個別に開発すれば数年がかりだが、すでに完成品として手に入る。ゲーム会社が長年にわたって市場の競争で磨いてきた成果が、横展開で老舗企業に流れ込んでいる。
逆に言えば、ゲーム業界は気づかないうちに社会のインフラの一部になりつつある。ゲーム開発スタジオの倒産や買収のニュースを耳にすることが多い昨今、ゲームエンジンを支える企業の経営は、必ずしもゲーム業界だけの問題ではなくなっている。Unityが2023年に「Runtime Fee」を発表して世界中の開発者から強い反発を受けたとき(後に撤回)、ゲーム開発者だけでなく産業界全体が同じプラットフォームに乗っていることが見えてきた。
ある技術が成熟するとき、それは元の用途を離れて別の場所で使われ始める。インターネットも、GPUも、機械学習も、同じ道をたどってきた。ゲームエンジンも、いま似た角を曲がっている。
参照元
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