Linuxゲーミングのアンチチート問題にオープンソースの対案が出た
PCゲームのオンライン対戦で不正行為を防ぐアンチチートは、現在ほぼすべてがカーネルレベルで動作する。Windowsカーネルにドライバとして常駐し、プレイヤーのシステム全体を監視する。Easy Anti-Cheat、BattlEye、Riot Vanguardといった主要アンチチートはいずれもこの方式を採り、搭載タイトルは380本を超える。この設計のせいで、Linuxからはこれらのゲームを起動できない。TLACは、その構造に対するオープンソースの対案として登場した。
カーネルに入らないアンチチート
TLAC(Tuncor's Local Anti-Cheat)はLinux向けに開発されたユーザーレベルのアンチチートツールで、2026年6月28日にバージョン2.0がリリースされた。開発言語はRust。MITライセンスのもとGitHubで公開されている。
既存のアンチチートとの最大の違いは、カーネル空間に侵入しない点にある。TLACはユーザー空間で動作し、ptraceとprocfsを使って対象ゲームのプロセスメモリだけを読み取る。ptraceはLinuxのデバッグ用システムコールで、外部からプロセスのメモリやレジスタにアクセスできる。procfsは/procディレクトリ経由でプロセス情報を提供する擬似ファイルシステムで、TLACはこの二つを組み合わせてチートのシグネチャ(パターン)をスキャンする。
チートを検知したらHWIDバン(ハードウェアIDに基づくアカウント停止)を適用し、ハードウェアを変えない限り復帰できない。バイナリの改ざん検知にはSHA256ハッシュを、ローカルのクライアント・サーバー間通信にはRustの非同期ランタイムTokioを使う。設定はJSON形式で管理される。
バージョン2.0で追加されたカーネル整合性チェックモジュールは、カーネルモジュールとして動作するが、その役割はシステムの改ざんを検証することだけに限定されている。ユーザーデータには触れない。開発者はこの点を繰り返し強調している。
問題は技術ではなく採用
TLACの設計思想は明快だ。カーネルに入らないことで、プライバシーリスクとシステム安定性の問題を回避する。2024年のCrowdStrike障害では、カーネルモードで動作するセキュリティドライバに不具合のある設定更新が配信され、850万台のWindowsマシンが一斉にクラッシュした。カーネル空間にソフトウェアを入れるリスクは実証済みであり、この方向性自体には合理性がある。
だが、現時点でTLACを採用しているゲームは一本もない。
開発者のTuncorReUnion氏は6月4日にLinux.orgフォーラムで初めてプロジェクトを公開し、6月24日にはEpic Developer Community Forumsに「FortniteのようなカーネルレベルのアンチチートをLinuxでも利用可能にする対案」として投稿した。6月29日にはCachyOS Forumにもv2.0の告知を投稿している。GitHubリポジトリのスター数は一桁(執筆時27)、フォーク数はゼロ、コントリビューターは開発者一人だけだ。
ゲーム開発者がアンチチートに求めるのは、チートを検知する精度と、回避される難しさだ。ユーザー空間で動作するアンチチートは、原理的にカーネルレベルで動作するチートツールを検知できない。チートがカーネルに入ったから、アンチチートもカーネルに入った。その繰り返しが今の380本を生んでいる。TLACがユーザー空間にとどまる以上、この検知力の差をどう埋めるのかが問われる。
加えて、TLACは現時点でLinux専用で、Windowsをサポートしていない。PC対戦ゲームのユーザーベースの9割以上がWindowsである現状を踏まえると、Windows非対応は採用の障壁としてきわめて大きい。
Linuxとアンチチートの断絶
TLACのような試みが出てくる理由は、Linuxゲーミングの現状を見れば分かる。
Easy Anti-CheatとBattlEyeは技術的にはLinuxとProtonに対応している。しかし対応を有効にするかどうかはゲーム開発者の判断に委ねられており、多くの主要タイトルでLinux対応は有効化されていない。EAは2024年10月にApex LegendsのLinuxサポートを打ち切った。その後チーターが33%減少したとする報道があり、「Linuxはチーターが使うOS」という認識が業界に広まった。
Riot GamesのVanguardはカーネルレベルで動作し、Windows専用だ。Activision BlizzardのRICOCHETも同様に、Linux上では機能しない。FortniteやValorantといった人気タイトルがLinuxで起動しないのは、技術的な制約ではなく、開発者側の判断によるものだ。
| 名称 | 動作レベル | Linux | 代表タイトル |
|---|---|---|---|
| Easy Anti-Cheat | カーネル | △ | Fortnite、Apex Legends |
| BattlEye | カーネル | △ | PUBG、Rainbow Six Siege |
| Vanguard | カーネル | × | Valorant |
| RICOCHET | カーネル | × | Call of Duty |
| TLAC | ユーザー空間 | ○ | 採用タイトルなし |
2026年3月にはEAがアンチチートエンジニアの求人でLinuxとProtonへの対応を長期目標として挙げたことが注目を集めた。だが現時点では具体的な進展はない。
LinuxのゲーミングシェアはSteamのハードウェア調査で2026年5月時点で約4%に達した。Steam Deckの普及がこの成長を後押ししている。それでもなお、カーネルレベルのアンチチートが必要なタイトルはLinuxの外に置かれたままだ。
TLACは個人開発者がRustで書いた、スター数一桁のプロジェクトに過ぎない。Easy Anti-CheatやBattlEyeが持つ数百タイトルの採用実績や、専門チームによる継続的なチート対策の更新体制とは規模が根本的に異なる。それでもTLACが注目に値するのは、「カーネルに入らなくてもアンチチートは成立するのか」という問いを具体的なコードとして提示した点にある。
答えはまだ出ていない。どのゲーム開発者もTLACを試していない以上、この問いは仮説のままだ。カーネルレベルのアンチチートがLinuxゲーマーを締め出し、Windowsユーザーにはセキュリティリスクを強いている現状は変わっていない。その現状に対して、別の道を示そうとした記録として残る。
参照元:GitHub - TuncorReUnion/TLAC-MODERN-LOCAL-ANTI-CHEAT-REUNIONED
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