メイン州知事、全米初のデータセンター禁止法案を拒否

20MW超の新規建設を2027年11月まで止める法案に、ジャネット・ミルズ知事が拒否権を行使した。理由は、旧製紙工場跡地の5億5000万ドル計画を法案が除外しなかったから。だが、議会の多数は除外そのものを否決していた。

メイン州知事、全米初のデータセンター禁止法案を拒否

20MW超の新規建設を2027年11月まで止める法案に、ジャネット・ミルズ知事が拒否権を行使した。理由は、旧製紙工場跡地の5億5000万ドル計画を法案が除外しなかったから。だが、議会の多数は除外そのものを否決していた。


一つの町のために、全州規制を止めた

ジェイ町(Town of Jay)。フランクリン郡にある人口5000人未満の小さな町が、全米初の州レベル規制を巡る政治的駆け引きの中心になっている。

メイン州議会は4月初旬、20MW以上のデータセンターに対する新規許可を2027年11月1日まで凍結する法案「LD 307」を可決した。13人で構成する州データセンター調整評議会を設置し、電力料金、送電網、環境への影響を2027年2月までに評価させるという内容だ。成立していれば、データセンターに対する全米初の州レベルのモラトリアムになるはずだった。

ところが4月24日、民主党のジャネット・ミルズ(Janet Mills)知事は同法案に対して拒否権を発動した。電力消費の大きいデータセンターが他州で電気料金や環境に影響を与えてきた事実は知事自身も認めている。それでも署名しなかったのは、ジェイ町で進む特定プロジェクトが除外されていなかったためだ。> 「他州で巨大なデータセンターが環境や電気料金に与えてきた影響を考えれば、モラトリアムは妥当だ。ただ、最終版の法案は、地域コミュニティの強い支持を受けているジェイ町の特定プロジェクトに道を残していない」(ミルズ知事の拒否権メッセージより)

知事はLD 307そのものに反対しているわけではない。除外条項さえ入っていれば署名していたという立場である。


旧製紙工場跡地の5億5000万ドル計画

問題のプロジェクトは、ジェイ町の旧アンドロスコギン製紙工場(Androscoggin Mill)跡地で計画されている。1965年にインターナショナル・ペーパーが開設し、ピーク時には1000人以上を雇用していた製紙工場だ。

2020年、敷地内の蒸解釜が爆発する事故が発生した。けが人は出なかったものの、設備への損害は致命的で、最終的に2023年3月に閉鎖。最後の所有者ピクセル・スペシャルティ・ソリューションズ(Pixelle Specialty Solutions)の閉鎖発表時、約230人が職を失った。町の税収の22%を支えていた基幹産業が消えた。

跡地でデータセンター建設を計画しているのは、JGT2リディベロップメントという開発会社。82MW規模の施設を旧工場の建物内に2フロア、計100万平方フィート(約9万3000平方メートル)展開し、センチネル・データセンターズ(Sentinel Data Centers)が入居する予定だ。電力は既存の天然ガスタービンを150MWの太陽光発電に置き換えて自家発電し、送電網に新たな負担をかけない設計になっている。

補足:データセンターの「20MW」という基準は一般家庭1万5000世帯分の電力消費に相当するとされる。LD 307が対象とするのは、まさにこのクラス以上の大型施設で、ジェイの計画(82MW)はこれを大きく超える規模だ。

開発を主導するトニー・マクドナルド氏は、800〜1000人の建設雇用と100人以上の高賃金常勤雇用が生まれると説明する。連邦規模で見れば小さな話だが、ジェイ町にとっては死活問題に近い。

このため、フランクリン郡のコミッショナーや町長らは法案成立前から、知事に対して除外を求める書簡を送り続けていた。元工場の環境マネージャーでもあったトム・サビエロ郡コミッショナーは、ジェイのプロジェクトは他州の問題例とは性質が違うと主張している。

「82MWの施設は既存のブラウンフィールドに建設され、すでに敷地にある電力インフラを使い、製紙工場時代の水使用量のごく一部しか消費しない。フランクリン郡とジェイ住民にとって極めて重要なプロジェクトだ」

議会は除外を否決していた

ここに、知事と議会のすれ違いがある。

法案審議の過程で、ジェイ町とサンフォード町のプロジェクトを除外する修正案は実際に提出されていた。しかし両議院ともこれを否決している。多くの議員は「特定プロジェクトの除外」を盛り込めば、モラトリアムの趣旨そのものが骨抜きになると判断したのだ。

法案発議者のメラニー・サックス下院議員(民主・フリーポート選出)は、知事の拒否権について「単純に間違っている」と批判した。

「ジェイのプロジェクトを守るためにこの法案を拒否することは、すべての電力契約者、送電網、環境、そして我々の共有するエネルギーの未来に重大な影響をもたらす可能性がある」

進歩派グループ「Our Power」のセス・ベリー事務局長は、モラトリアム支持を求める住民からの手紙が約6880通集まったとし、「ジェイへの懸念は口実、貧弱な言い訳に過ぎない」と切り捨てた。一方、リバタリアン系団体「Americans for Prosperity」はミルズ知事の判断を称賛している。

法案は議会の3分の2の賛成で拒否権を覆すことが可能だ。下院は当初115対29で除外修正案を否決しており、その票差ならオーバーライドの数学的条件は揃う。ただし、最終的にどう動くかは政治判断であり、上院の票読みも含めて不透明だ。


知事の政治的立場の脆さ

この一件は、単なる州内政策論争では終わらない。

ミルズ知事は現在、2026年6月9日の民主党上院議員予備選に向けて選挙運動中だ。共和党のスーザン・コリンズ上院議員に挑むため、政治新人のグラハム・プラットナー(Graham Platner)と党内指名を争っている。プラットナーは元海兵隊・陸軍退役軍人で牡蠣養殖業者。ポピュリスト系候補としてバーニー・サンダースエリザベス・ウォーレン両上院議員の支持を受けている。

直近の世論調査では、プラットナーがミルズに27〜38ポイントリードしている。党のエスタブリッシュメントを代表する現職知事が、政治新人に大差を付けられているのだ。データセンター規制は超党派の住民支持を得ていた論点であり、ここで除外条項を巡る「企業寄り」の判断を下すことが、予備選に響かない保証はどこにもない。

知事自身はフランクリン郡に長く住んできた住民でもある。製紙工場閉鎖の打撃を肌で知る立場として、跡地再生に賭ける町の悲願を切り捨てられなかった、という見方もできる。地元への忠誠と、超党派の住民意思との間で、難しい選択を迫られた格好だ。

ただし、ミルズ知事は同じ日にデータセンターを州の事業税優遇制度から除外する別法案「LD 713」には署名している。完全な業界寄りというわけではなく、「規制は必要だが、特定プロジェクトは別」という線引きを試みているように見える。


全米で広がるデータセンターへの逆風

メイン州の議論は、孤立した地域問題ではない。

AI需要の急増で、米国各地でデータセンター建設計画が乱立している。一方で、住民の反発も急速に強まっている。バージニア州では、データセンター新設への有権者支持が2023年の69%から35%へ半減した世論調査結果も出ている。ミズーリ州の小さな町では、60億ドル規模のAIデータセンター計画を承認した町議会のメンバーが、リコール選挙で議席を失った。

電気料金の上昇、水資源の消費、騒音、送電網の品質低下といった具体的な被害報告が、各地のコミュニティから上がっている。ホワイトハウスハイパースケーラーを召集し、電力コストを「自分で負担する」誓約を求めるところまで来た。

メイン州のLD 307が成立すれば、こうした流れの中で初めて州全体に拡張される規制となるはずだった。それが、たった一つの町の旧工場跡地という具体的な事情によって止まっている。

技術が具体的な土地に着地するとき、抽象的な「全州規制」では割り切れない事情が必ず残る。ミルズ知事の判断は腐敗とも、地元への配慮とも読める。どちらの読み方も、おそらく半分は正しい。


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