中国製コアを積んだロシア製CPU「イルティシュ」でウィッチャー3が動いた

中国製コアを搭載しながら「ロシア産」を名乗るサーバー向けCPU「イルティシュ(Irtysh)」が、ゲーミングPCに搭載されてウィッチャー3を30FPS前後で動かすという映像が公開され、国際的な注目を集めている。制裁下のロシアにとって数少ない選択肢のひとつだが、その正体をよく見ると、実情はやや複雑だ。

中国製コアを積んだロシア製CPU「イルティシュ」でウィッチャー3が動いた

中国製コアを搭載しながら「ロシア産」を名乗るサーバー向けCPU「イルティシュ(Irtysh)」が、ゲーミングPCに搭載されてウィッチャー3を30FPS前後で動かすという映像が公開され、国際的な注目を集めている。制裁下のロシアにとって数少ない選択肢のひとつだが、その正体をよく見ると、実情はやや複雑だ。


CPUボトルネックが丸見えの結果

今回の検証は、モスクワで2026年4月に開催された展示会「ExpoElectronica 2026」のブースで行われた。ロシアのYouTubeチャンネル「PRO Hi-Tech」が現地で収録し、イルティシュC632とAMDRadeon RX 9060 XTを組み合わせてウィッチャー3を動作させた。

フレームレートウルトラ設定で22〜32FPS、ロー設定で25〜38FPS。設定を下げてもほとんど改善しないこの結果が、すべてを物語っている。グラフィックス負荷を下げても上がらないということは、ボトルネックがGPUではなくCPU側にあることを意味する。

参考までに、RX 9060 XTを十分な性能のCPUと組み合わせた場合、ウィッチャー3は1080pのロー設定で100FPS以上を出せるとされている。今回の結果はその4分の1以下だ。

ゲームはLinux上でバイナリ変換モードで動作していた。x86のWindowsタイトルをLoongArchのLinux上で走らせるには、Box64やSteam Proton(ValveがLinuxゲーム互換のために開発したツール層)などの翻訳レイヤーが積み重なる。1枚1枚のオーバーヘッドがFPSを削っていく。

もっとも、このCPUはそもそもゲーム向けではなくサーバー向けの設計だ。ゲームで測っていること自体が異例で、展示会という場の性質上、話題づくりとしての側面も大きい。


「ロシア産」を名乗るが、源流は中国にある

イルティシュは、ロシアの「トランプリン・エレクトロニクス(Tramplin Electronics)」の子会社、スプリングボード・エレクトロニクスが製造・販売している。製品名の由来はシベリア〜カザフスタン〜中国を流れるイルティシュ川で、「源流は中国にあるが、ロシアを流れる」というメタファーが製品の来歴と妙に重なる。

コアのアーキテクチャは中国の龍芯(Loongson)が開発した「LoongArch」ベースのLA664コアを採用しており、イルティシュC632はLoongsonのサーバー向けCPU「3C6000/D」の系譜に位置する。32コア64スレッド、クロック2.1GHz、L3キャッシュ64MB、TDP 180〜200Wというスペック構成もほぼ一致する。

LoongArchは、2020年に龍芯が発表した独自の命令セットアーキテクチャ(ISA)だ。それ以前の龍芯製品はMIPS命令セットのライセンスを使っていたが、米国の規制強化によりライセンス継続が困難になったため、完全独自設計に切り替えた。中国国内の知的財産評価機関もMIPS特許を侵害しないと認定している。

つまりイルティシュは、中国が米国制裁に備えて開発した独立系アーキテクチャを、今度はロシアが米国制裁を回避するためにライセンス取得して使っている、という入れ子構造になっている。

Loongsonが対外ライセンスを開放した意味

龍芯が2023年末の製品発表会でLA664コアのIPライセンス開放を公式に表明したことが、この流れを加速させた。Loongson自身のCPUは中国市場向けで、米国の禁輸リストに掲載されている。しかしIPライセンスを他社に供与することは別の話だ。

トランプリン・エレクトロニクスはこのライセンスに基づき、コアを修正して独自のセキュリティモジュール(ロシアの国家暗号標準に対応するとされる)を組み込む権利を持つ。ロシアの産業省(ミンプロムトルグ)の登録申請も進行中で、承認されればエルブルス(Elbrus)やバイカル(Baikal)と同等の「国産品」扱いを得られるとされる。

興味深いことに、イルティシュに携わる技術者の一部は、かつてエルブルスCPUを開発したMCST(モスクワ情報処理技術センター)出身だという。コンパイラLinux移植を担っていたエンジニアが、今度は龍芯ベースの環境構築に取り組んでいるという構図だ。


ソフトウェアの壁は高い

ハードウェアとしての完成度は別として、現実的な問題はエコシステムにある。LoongArchはx86と互換性がなく、動作可能なOSはLinuxが中心だ。

バイナリ変換(x86のコードをLoongArch命令に動的に変換して実行する手法)は機能するが、ネイティブ実行と比べてパフォーマンスは大幅に落ちる。ウィッチャー3のデモがまさにその縮図で、32コアのCPUが30FPSに届くかどうかという結果は、変換オーバーヘッドの重さをそのまま映している。

LoongArch向けのネイティブLinuxサポートはカーネルへのマージが進んでいるが、広大な x86向けソフトウェア資産 をネイティブに動かすには、まだ長い時間がかかる。エルブルスの開発に関与した人物が「ARM系と違ってツールが整っておらず、開発体験が閉じている」と語っていたのは、LoongArchにも程度の差こそあれ当てはまる課題だ。

スプリングボード・エレクトロニクスの研究開発担当者は取材の中で、投機実行(speculative execution)は現行のイルティシュに6命令分が実装されていると説明した。また、ベクタ演算拡張「LSX」(128ビット)と「LASX」(256ビット)も利用可能で、これらを活用すれば重い計算処理はより高速化できるとしている。

製造プロセスについては「16nm未満」とのみ明かされており、現時点でロシア国内での製造は現実的ではない。同担当者は「ロシアに対応ファブができれば移行する意志はある」と述べたが、具体的な時期は示していない。


制裁下の現実解として見ると

単純なベンチマークとして見れば、イルティシュは最新のIntelやAMDに遠く及ばない。しかしそれが唯一の物差しではない。

米国の輸出規制により、ロシアはIntelもAMDも合法的に入手できない。エルブルスは性能・エコシステム・開発の閉鎖性という三重の課題を抱えている。そうした制約の中で、LoongArchライセンスを取得して独自のサーバー向けCPUを展示会に持ち込めたこと自体は、ロシアのテック産業の現在地としてリアルに映る。

Linuxとバイナリ変換で動かしたウィッチャー3が30FPSというデモは、むしろ「ここまで動く」という証明として出されたものだろう。誰かが「中国製では?」と指摘し、別の誰かが「名前だけロシア語で中身は中国製だ」と揶揄するのは想像がつく。それでも、LoongArchが制裁下の国にとって数少ない現実的な選択肢になりつつあることは、このデモが十分に示している。


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