スタンフォードでVCが18歳を品定めする「もう一つの大学」

スタンフォード大学のキャンパスに、もう一つのスタンフォードがある。VCが18歳と19歳に「アイデアもないうちから」数十万ドルを差し出し、ヨットパーティーで囲い込む閉鎖的なエコシステム。それは大学というより、シリコンバレーの人材選別工場だ。

スタンフォードでVCが18歳を品定めする「もう一つの大学」

スタンフォード大学のキャンパスに、もう一つのスタンフォードがある。VCが18歳と19歳に「アイデアもないうちから」数十万ドルを差し出し、ヨットパーティーで囲い込む閉鎖的なエコシステム。それは大学というより、シリコンバレーの人材選別工場だ。


「アイデア前」に渡される数十万ドル

ジャーナリストでスタンフォード大学4年生のテオ・ベイカー氏(Theo Baker)が、アトランティック誌に寄稿した記事の冒頭は不穏な情景から始まる。同氏が新入生だった頃、フラタニティで一気飲みを教えてくれた先輩が、半年後にはAIスタートアップを立ち上げていた。評価額は10億ドル超だった、という話だ。

これは突飛な出来事ではない。スタンフォードのキャンパスには「Stanford inside Stanford」と呼ばれる、選ばれた数百人だけが知る閉鎖的なネットワークがある。そこではベンチャーキャピタル(VC)が18歳と19歳の学部生を品定めし、メンターシップと資金、ヨットパーティーへの招待を惜しみなく差し出している。狙いは一つ、「将来の信用」を「現在の利益」に変換することだ。

ベイカー氏が伝える業界の言葉は、率直すぎて怖くなる。あるVCはこう語ったという。「私たちのドル箱は若い学生たち」Sequoia CapitalやPear VCといった大手はキャンパス内で「タレントスカウト」を雇い、その多くはスタンフォードの上級生だ。先輩が後輩を仕分け、最も有望な「最若手の中の最良」を発掘してフックを掛ける。

10代の学生は「pre-idea funding」と呼ばれる資金を受け取ることがある。会社のアイデアが「ぼんやりとした片鱗」すら浮かんでいない段階で、数十万ドル、稀には数百万ドルが手渡される。会社の構想がない段階での出資には監督機能はほぼ働かず、結果として、イノベーションと不正は同時並行で育っていく。

「100%の起業家が自分はビジョナリーだと思っている。データはその99%が違うと言っている」――Lean Launchpadの講師スティーブ・ブランク氏

スタンフォードはなぜ「インキュベーターと寮」になったのか

スタンフォードがこの状態に至ったのは偶然ではない。同大の前学長ジョン・ヘネシー氏(John Hennessy、2000-2016年)の時代に方針が変わった、とブランク氏はベイカー氏に語っている。「今のスタンフォードは寮付きのインキュベーターだ」と評するほど、若い創業者を育成し、その将来の利益の一部を大学に還流させる仕組みが完成している。

数字は雄弁だ。スタンフォード・リサーチ・パークには現在、TeslaGoogleを含むおよそ150社のオフィスが入居しており、2025年には3億2000万ドルの賃料収入を大学にもたらした。同大の年間予算はハーバードやイェールのほぼ2倍、世界の116カ国を上回る規模に膨張している。

シリコンバレーがどれほどの富を吸い上げているかを示す数字も併せて読む価値がある。ベイカー氏によれば、シリコンバレー周辺に本社を置く公開企業の時価総額は昨年23兆ドルに達し、英国・ドイツ・インド・アフリカ大陸全体のGDP合計を上回った。非公開企業を加えるとさらに1兆ドルが上乗せされる。あるデータサイエンスの教授はベイカー氏に「私が通勤中にすれ違うビリオネアの数のほうが、米中西部全体のビリオネアより多い」と冗談めかして語ったそうだ。

この経済全体が「ポテンシャル」を担保にして回っている。製品も売上もないSafe Superintelligenceというたった20人ほどのAI企業が、2025年に320億ドルで評価された。技術発表すら予定にない段階で、だ。

「ビルダー」と「ワンタプレナー」の選別ゲーム

シリコンバレーのVCにとって、見極めるべきは「やりきる学生(builders)」と「やりたがるだけの学生(wantapreneur)」だ。後者には1ドルも出さない。ベイカー氏によれば、選抜の基準は技術力よりも人脈であり、Neo AcceleratorやPearXのサマーフェローシップといった「履歴書のステータスシンボル」である。一度選ばれた学生は、秘密のクラブと豪華な夕食会に集うようになる。

「Stanford inside Stanford」は1年生で参加するか、しないかが決まると、ある学生創業者はベイカー氏に語った。「完全にバイブで決まる」。別の学生は「正しいことを言えば王族のように扱われる」と表現し、もう一人はもっと露骨に「どのVCも我々の喉に金を流し込みたがっている」と言った。

象徴的な人物が二人いる。一人はアン・ミウラ=コー氏(Ann Miura-Ko)。早期にLyftやTwitchに投資した有力VCで、Mayfield Fellows Programを通じて「12人の例外的な学生」を選抜し、コミュニティを形成している。もう一人はヌール・シディーキ氏(Noor Siddiqui)。寄宿舎仲間とともに「No Filter」というクラブを立ち上げ、毎週20人足らずの学生を招いてテック企業CEOと対話する場を作った。VC側はこのクラブに「四半期2万ドル」を出して接近した。シディーキ氏は今、「胚スクリーニング」を提供するスタートアップを率いている。

「シリコンバレーは実力主義だと言うが、実態は違う。成功とは、正しい人物を知り、特定のやり方でつながっていることだ」――起業家からVCに転じたアンバー・ヤン氏(Amber Yang)

サム・アルトマン氏が語った「異常なシグナル」

OpenAIのCEOサム・アルトマン氏はスタンフォードを2005年に2年で中退し、位置情報アプリLooptを起業した経歴を持つ。だが、現在のキャンパス事情を彼自身が「自分の頃と全く違う」と語っているのが興味深い。

「VCが学生をディナーに連れ出すことなど、当時はなかった」とアルトマン氏はベイカー氏に明かしている。さらに踏み込んでこうも述べた。OpenAIで働いていてスタンフォード出身の社員たちは、VCのディナー回路に出入りしている連中を「あまり優秀なビルダーではない」と疑いの目で見ている――。豪華さに引き寄せられること自体が、創業者としての資質に対する逆シグナルだというのだ。

ヘネシー氏の見方も冷静だ。「最も成功したスタートアップのスピンアウトを見ると、彼らは大学院生だった、学部生ではない」。輝かしい中退者神話は現実を反映していない、と前学長は釘を刺した。

それでも学生たちが消えゆかない理由は、出口戦略のシンプルさにある。Snapchatは寮のフラタニティ仲間に消えるエロティック写真を送るために生まれ、DoorDashは学生の出前から始まった。「自分の寮で作った試作品が、シリコンバレーの富への切符になる」という幻想は、毎年新入生に再生産されている。


不正と豪遊が「共進化」する仕組み

ベイカー氏が新入生時代の1年間で出会った学生たちが語ってくれた話は、警察小説のような顔ぶれだ。脱税、研究不正、横領、インサイダー取引、学術的不誠実、シェルカンパニーの運営、ハッキング、リビアの独裁者カダフィ氏との契約――。にもかかわらず、その誰一人として資金調達の道が閉ざされた者はいなかった。

ある学生は中国製AIモデルを盗んで「画期的な研究成果」として発表したことを公に謝罪したが、その後すぐにAIスタートアップに評価担当の責任者として迎え入れられた。今やその会社の評価額は100億ドル。技術の信頼性を測る役割を、技術を盗んだ人間が担っている。

スタンフォードは大学独自のVCファンド「StartX」を運営し、同ファンドのインキュベート企業は「1億ドル評価額に到達する確率が3倍」と謳っている。学長のジョナサン・レビン氏(Jonathan Levin)はベイカー氏に「VCがキャンパスに来ることを禁じる規則を設けるべきか?」と問いかけ、即座に「いや」と答えた。問題は理解されているが、断ち切る意志はない。

セラノスのエリザベス・ホームズ氏(化学工学2年で中退)、テラ/ルナ崩壊で15年の刑を宣告されたド・クォン氏。ベイカー氏が一覧に挙げる「スタンフォード卒の不正事件簿」は厚みがあり、それぞれが学生時代から「Fake it till you make it」(うまくいくまで欺け)の哲学を内面化していた。

「私たちは投資先のモラルコンパスを失った。恥の感覚も、目的の感覚も失った」――スティーブ・ブランク氏

教授ビリオネアと「世界の支配の仕方」

象徴的なのが、コンピュータサイエンス学科で何十年も教鞭を執った「Professor Billionaire」ことデイビッド・チェリトン氏(David Cheriton)だ。1998年にGoogleへの最初の小切手を切った人物として知られ、現在の資産は150億ドル超。学生に投資し、共同創業した会社で利益を上げる仕組みは、スタンフォードがむしろ奨励するスキームだった。

そして、もう一人の現役シリコンバレーCEOが運営する「秘密ゼミ」がある。スタンフォード内で公的な単位は出ないが、毎週キャンパスで開催され、年間12人だけを厳選する。この授業の名前は皮肉だ。「How to Rule the World(世界の支配の仕方)」――。

ベイカー氏はこの授業の存在を、記事の最後に置いている。学術機関の教室ではなく、テック界の秘密結社のようなセッションが、スタンフォードのもう一つの真実だと示唆して。

ベイカー氏自身、ジャーナリストになるつもりはなかった。コンピュータサイエンス専攻で入学し、コーディングに没頭するつもりだった。それが、新入生時代に当時の学長マルク・テシエ=ラビーニュ氏(Marc Tessier-Lavigne)の研究不正を取材し、辞任に追い込んだことから、史上最年少のジョージ・ポーク賞受賞者となった。今回のアトランティック誌の記事は、5月19日に発売予定の同氏のデビュー作『How to Rule the World: An Education in Power at Stanford University』からの抜粋だ。

書かれているのは、スタンフォードの中身を覗いてみたら、それは大学ではなくシリコンバレーの先物取引市場だった、という告発だ。商品は18歳の若者で、買い手は時価総額10億ドルを動かすVC、そして売り手は世界最も裕福な大学である。

問われるべきは、この市場が誰のために回っているのか、ということだ。市場の前提となる「ポテンシャル経済」が崩れたとき、最も傷を負うのは、契約書に判を押した21歳ではないだろうか。


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