5G陰謀論が燃やしたベルファスト、被害8億円超
陰謀論はインターネットの中だけでは終わらない。北アイルランドのベルファスト西部では、2年間で18本の5G基地局が放火され、被害総額は約400万ポンドに達した。新たに2人が訴追された。
陰謀論はインターネットの中だけでは終わらない。北アイルランドのベルファスト西部では、2年間で18本の5G基地局が放火され、被害総額は約400万ポンドに達した。新たに2人が訴追された。
18本の基地局が燃えた2年間
北アイルランド警察(PSNI)が現地時間4月28日、5G基地局への一連の放火事件で2人の男を訴追したと発表した。
訴追されたのは45歳と46歳の男。45歳の男には放火8件と放火共謀の罪、46歳の男には放火と放火共謀の罪が掛けられている。両名は4月27日に逮捕され、5月25日にベルファストのラガンサイド治安判事裁判所に出廷する。被疑者の氏名は公表されていない。
事件はすべて2023年から2025年にかけて、ベルファスト西部で発生した。孤立した突発犯ではなく、組織化された連続犯行 である点が、この件の最も重い側面だ。
PSNIは2025年9月の段階で、すでに被害規模の概要を法廷で明らかにしている。当時の捜査担当刑事の証言によれば、ベルファスト西部だけで5G基地局を狙った放火が18件発生し、被害総額は 約400万ポンド(約8億6000万円)に達したとされる。
「これらの攻撃は単独犯ではなく、ソーシャルメディアのチャットルームを通じて陰謀論的な信念を共有することで結びついた、複数の人物によるネットワークの仕業だ」 ── PSNI捜査担当者の法廷証言(RTÉの報道による)
警察が事件をネットワーク犯罪と位置付けている点が重要だ。ベルファストの放火犯は、孤独に5Gを憎んでいたわけではない。陰謀論は同好の士を集め、犯行を正当化する場をオンラインで形成する。2020年代の陰謀論犯罪は、こうしてオフラインの被害へと地続きにつながっていく。
西ベルファスト住民が払った代償
被害は基地局の修理費だけにとどまらない。
PSNIは法廷で、ベルファスト西部の住民が医療サービスへのアクセスに支障をきたし、在宅勤務や事業運営にも困難が生じていると説明した。さらに、緊急通報が圏外で届かなくなる 生命リスク にも言及している。
5G基地局を1本焼けば、その電波圏内にいる全員のスマートフォンが同時に役立たずになる。陰謀論者は 「電磁波が命を奪う」 と信じて火をつけたのかもしれないが、実際に救急車を呼べなくなる事態を作っているのは放火そのものだ。皮肉と呼ぶには、住民の負担が重すぎる。
「規模と頻度を考えれば、これは社会的関心と地域安全の重大な問題だ」 ── PSNI捜査担当者の法廷証言(RTÉの報道による)
電気通信網は英国でも「重要国家インフラ(CNI)」に分類されており、これを毀損する行為は重罪として扱われる。テレケアサービスを使う高齢者や、独居の障がい者にとっては、基地局1本が文字通りの命綱だ。陰謀論者の「正義」は、最も弱い立場の人を最初に切り捨てる方向に作用してしまっている。
9月のClarke兄弟訴追との関係
PSNIは今回、被疑者の氏名公表を拒否し、2025年9月の事件との関連についてもコメントを避けている。
2025年9月、Michael Clarke氏とDarren Clarke氏の兄弟が、同じベルファスト西部での5G基地局放火事件で訴追されている。RTÉによれば、Darren Clarke氏は、O2の基地局が放火された現場近くで、暗い服装にヘッドランプ、リュックを背負って自転車で走り去ろうとしたところを警察に追跡され、墓地で逮捕された。逮捕時、燃料かマニキュア除光液のような臭いがしていたという。
今回の45歳・46歳の男との年齢の近さ、地域の一致、そしてPSNIが関連を否定しないという態度は、捜査が同一ネットワークの全体像を順次解きほぐしている可能性を示唆する。1組の兄弟で完結しなかった 、ということだ。
2019年から続く「5G燃やせ」運動
5G基地局への放火は、ベルファストだけの現象ではない。
2019年に5Gが英国・欧州で展開され始めて以降、 「5Gの電波が細胞を変異させる」 「がんやコロナを発生させる」といった疑似科学的言説が、SNSを通じて急速に拡散した。実際には、5Gが使う高周波の無線電波は化学結合を破壊できるエネルギーを持たず、がんやウイルス感染症との因果関係は科学的に確認されていない。
それでも、火はついた。
2020年の英国では、コロナ禍の最中にバーミンガムのナイチンゲール病院(パンデミック対応のために設立された臨時医療施設)周辺の基地局が標的となり、Vodafoneの幹部が「家族が病院で最期を迎えるかもしれない地域住民から通信を奪っている」と異例の声明を出した。
「基地局を燃やすことは重要な国家インフラを傷つけることだ。家族が大切な人に最期の言葉を伝えられず、医師や看護師、警察官が我が子やパートナーに電話できなくなる」 ── 当時のVodafone UK CEO Nick Jeffery氏(2020年)
2021年にはフランス南部で2人の修道士が基地局に焼夷装置を仕掛けようとして失敗した事例も報じられている。リバプールでは、1人の男が「5Gだと思い込んだ4G基地局」を放火し、3年の実刑判決を受けた。
判決は科学的には正しい。しかし、犯人が選ぶ標的は科学的に正しいとは限らない。「Gの数を確認していなかった」という事実は、この種の犯罪の本質をよく物語る。
司法は届くのか、信念には届かないのか
5月25日のラガンサイド治安判事裁判所での出廷を皮切りに、今後はPublic Prosecution Service(公訴庁)による起訴審査が進む。容疑が固まれば、放火9件分の重罪としてかなり重い量刑が想定される。
ただ、刑事司法が陰謀論コミュニティそのものを止められるかどうかは、まったく別問題だ。Vodafone UKが2020年当時に発した「やめてほしい」というメッセージは届かず、その後も6年にわたって基地局は燃え続けた。信念の問題に対して、司法は事後的にしか介入できない。
陰謀論者が攻撃しているのは「目に見えない電波」ではなく、住民自身が日々頼っているインフラそのものだ。この当たり前の事実が、放火に走った人物の頭の中だけ、なぜか反転している。
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