Sakana AIのFugu。一つの最強に賭けないAI

Sakana AIのFugu。一つの最強に賭けないAI

6月22日、東京を拠点とするSakana AIが「Sakana Fugu」を一般提供開始した。単一のAPIの裏側で複数のAIモデルを動的に使い分け、フロンティアモデルに匹敵する性能を出すと同社は主張する。Fable 5が一夜で消えた直後に出てきたこの製品は、リリース文の冒頭から輸出規制に言及している。


消えたフロンティアモデル

6月9日、AnthropicはClaude Fable 5を公開した。同社史上もっとも高性能なモデルで、SWE-Bench Proで80.3を叩き出し、エンジニアリング系タスクでは競合を圧倒した。3日後の6月12日、米商務省が輸出管理指令を発令し、Fable 5とMythos 5への全ユーザーのアクセスを即時停止させた。

指令の根拠は、安全機構を迂回してMythosのサイバーセキュリティ能力を引き出せる手法が見つかったという報告だ。Anthropicは「狭い範囲の非汎用的な迂回であり、他社モデルでも同様のことは可能」と反論しているが、6月22日時点でFable 5は復旧していない。Anthropic幹部は「数日以内の復旧に自信がある」と発言したものの、具体的な日程は示されていない。

フロンティアAIモデルに対して、稼働中の商用製品を引き上げる形で輸出管理が適用されたのはこれが初めてだ。チップやハードウェアが対象だった従来の規制とは次元が違う。ソフトウェアは、一通の書簡で世界中から消える。

Sakana Fuguとは何か

この文脈のなかでSakana Fuguは登場した。

Sakana AIは2023年、元Google Brainのデビッド・ハ(David Ha)氏とTransformer論文「Attention Is All You Need」の共著者であるライオン・ジョーンズ(Llion Jones)氏らによって東京で設立されたAI研究企業だ。2026年4月時点の累計調達額は約4億1200万ドル(約660億円)、企業価値は27億ドル(約4320億円)。NVIDIAやGoogle、MUFGなどが出資し、日本発のAIスタートアップとしては突出した規模に成長している。

Fuguは「フグ」。魚を意味する社名を冠した新製品だが、見た目は単一のAPIで、中身はマルチエージェントオーケストレーションシステムだ。

仕組みはこうなっている。ユーザーがリクエストを送ると、Fugu自身が言語モデルとして判断を下す。単純なタスクならそのまま処理し、複雑なものであれば内部のエージェントプールから最適なモデルを選び、作業を委譲し、検証し、結果を統合する。基盤となる研究はICLR 2026に採択された2本の論文(TRINITYとConductor)で、論文段階では70億パラメータのモデルがコーディネーター役を務めた。商用版Fuguのアーキテクチャ詳細は非公開だが、小型の専用モデルが大型のフロンティアモデル群を指揮するという設計思想は共通している。

プール内にはGPT-5.5、Claude Opus 4.8、Gemini 3.1 Proといったフロンティアモデルが含まれる。Fable 5とMythos Previewは含まれていない。一般公開されていないためだ。

提供形態は2つ。日常的なタスク向けのFuguと、高負荷な多段階タスク向けのFugu Ultra。いずれもOpenAI互換のAPIから利用でき、サブスクリプションは月額20ドル(約3230円)のStandardから100ドル(約1万6150円)のPro、200ドル(約3万2300円)のMaxまで。従量課金プランではFugu Ultraが100万トークンあたり入力5ドル・出力30ドルと、フロンティアモデルの上位帯に位置する価格設定だ。7月末までの登録で2か月目が無料になるキャンペーンも実施している。なお、EU・EEA域内では現時点で利用できない。

ベンチマーク:数字が語ること、語らないこと

Sakana AIが公表したベンチマークは確かに目を引く。

Fugu UltraはSWE-Bench Pro(実際のソフトウェアエンジニアリングタスク)で73.7を記録し、Claude Opus 4.8の69.2やGPT-5.5の58.6を上回った。LiveCodeBench(コード生成)では93.2でFable 5の89.8を超え、GPQA-D(大学院レベルの科学問題)では95.5とMythos Previewの94.6を上回るスコアを出している。TerminalBench 2.1では82.1、Humanity's Last Examでは50.0で、Opus 4.8の49.8とほぼ並んだ。

SWE-Bench Pro スコア比較
※ Fugu以外のスコアは各モデル提供元の公表値。Fable 5はエージェントプールに含まれていない(一般非公開のため)

ただし、これらの数字をそのまま受け取るわけにはいかない。

まず、Fugu以外のスコアはすべて各モデル提供元が公表した数値であり、同一条件での比較ではない。Fable 5とMythos Previewについては、同一ベンチマークで両方のスコアがある場合の高い方を採用している。

もっと根本的な問題がある。Fuguはオーケストレーションシステムであり、比較対象のモデルの一部を内部で利用している。Opus 4.8やGPT-5.5を内部で呼び出せるシステムが、Opus 4.8やGPT-5.5より高いスコアを出すのは、考えてみれば不思議ではない。複数の専門家に仕事を振り分け、結果を検証して統合すれば、個々の専門家より良い成果が出ることはある。

Sakana AI自身も「Fable 5を超えた」とは主張していない。公式の表現は「shoulder-to-shoulder(肩を並べる)」だ。公開済みのフロンティアモデルに対しては明確に「上回る」と言い、アクセスできないFable 5やMythosに対しては距離を取っている。このポジショニングは誠実な部類に入る。

輸出規制とAI主権

Sakana AIの主張の核心は、ベンチマークではなく地政学にある。

デビッド・ハ氏はFable 5の輸出規制に直接言及し、Fuguを「単一ベンダー依存に対する実践的なヘッジ」と位置づけた。エージェントプール内のモデルは入れ替え可能であり、あるプロバイダーがアクセスを制限しても、Fuguは動的に迂回する。この設計思想は、Fable 5が一夜で消えた現実を前にすると、単なるマーケティングとは言いにくい。

「AI主権」を掲げる同社の姿勢は創業時から一貫している。ハ氏は「AIの基盤技術がサンフランシスコと北京に集中している現状は健全ではない」と繰り返し発言してきた。Fuguは、自社で巨大なモデルを訓練するのではなく、世界中のモデルを協調させることで、特定の一社に依存しないAIインフラを実現するという思想の、商用化された形だ。

Fuguは単に既存モデルのルーターではない。いつ委譲すべきか、エージェント同士がどう対話すべきか、結果をどう統合すべきかをFugu自身が学習した言語モデルだ。手書きのワークフローに従うのではなく、タスクごとに協調の仕方を動的に判断する。

しかし、この「ヘッジ」にも死角はある。

Fuguが内部で呼び出しているのはGPT-5.5やOpus 4.8やGemini 3.1 Proであり、これらのモデルが同時に利用制限を受ける事態には対応できない。また、どのモデルがどのリクエストを処理したかはユーザーに開示されない。ルーティング情報は意図的に非公開とされており、これは透明性の点で懸念材料だ。

エンタープライズ向けには特定のプロバイダーをプールから除外する機能が用意されているが、何が使われているかわからないシステムに機密データを預けることへの抵抗は、特に日本の企業においては小さくないだろう。

集合知は次のフロンティアか

Sakana AIが「次のフロンティアはオーケストレーションモデルだ」と主張する背景には、AIの進化に関する一つの見方がある。

この数年、AIの性能向上はモデルの巨大化によって牽引されてきた。パラメータ数を増やし、訓練データを増やし、計算資源を増やす。だが現実の仕事は、一つのモデルがすべてをこなせるほど単純ではない。コーディングに強いモデル、科学的推論に強いモデル、長文の処理に強いモデル。それぞれの強みを組み合わせ、弱点を補い合う方が合理的だ、という考え方がFuguの根底にある。

ベータテスターの声は、この方向性を裏付けている。約500人のテスターが参加したプログラムでは、コードレビューで他のツールが3件の問題しか見つけられなかった場面でFugu Ultraが20件以上を洗い出した事例や、特許調査の作業時間が3〜4日から数時間に短縮された事例が報告されている。

一方で、独立した第三者によるベンチマーク検証はまだ存在しない。Sakana AIの自己報告と初期ユーザーのフィードバックだけが、現時点での判断材料だ。

何が変わるのか

Sakana Fuguが提示しているのは、「最強のモデルを一つ選ぶ」という発想からの転換だ。

モデルは入れ替わる。規制で消えることもある。性能のリーダーボードは毎月変わる。そのなかで、特定のモデルに賭けるのではなく、モデルの組み合わせと協調に賭ける。この発想自体は、Fable 5が実際に消えた2026年6月において、以前より重みを持つ。

ただし、Sakana AIもまた一つのベンダーだ。サービスはプロプライエタリで、プールの中身はブラックボックス。EU・EEAでは使えない。「単一ベンダー依存を避ける」ために別のベンダーに依存する構造は、問題を一段メタなレベルに押し上げただけかもしれない。

それでも、一つの事実は残る。Fable 5が消えた翌日も、Sakana Fuguのユーザーは仕事を続けられた。その事実が語ることは、ベンチマークのスコアより雄弁だ。

参照元:Sakana Fugu公式リリース

他参照:Sakana Fuguプロダクトページ

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