DeepSeekのブラックリスト入り、承認済みなのに棚上げ
2025年、米国の省庁間委員会はDeepSeekをエンティティリストに追加すると決めた。中国軍・情報機関への支援、東南アジアのペーパーカンパニーを通じた先端チップの不正調達。根拠は揃っていた。だが2026年6月現在、その決定は実行されていない。商務省はリストの更新を2025年10月から一度も公表していない。10年以上で最長の空白期間だ。
安全保障の判断は終わっている
事実関係が明らかになったのは今回が初めてだ。
昨年、商務・国防・エネルギー・国務・財務の各省からなる省庁間委員会が、DeepSeekとメモリ大手CXMT(長鑫存儲技術)を含む100社超の中国企業について、エンティティリスト追加を承認した。だが商務省は公表していない。先端半導体製造、半導体製造装置、AIモデリングの分野だけで少なくとも75社が含まれる。
国務省の高官はロイターに対し、DeepSeekが中国の軍事・情報機関の活動を支援していると証言した。人民解放軍と関連防衛機関の調達記録に150回以上登場するという。さらに東南アジアのペーパーカンパニーを使い、規制対象の米国製先端チップを不正に調達しようとしていた。今年に入り、政権の別の高官はDeepSeekの最新モデルがNVIDIAのBlackwellチップで訓練された可能性に言及した。事実なら輸出規制に違反する。
CXMTは中国最大のDRAMメーカーで、国防総省の1260Hリスト(中国共産党の軍事企業リスト)に掲載されている。バイデン政権下の2025年1月に追加され、今年6月8日の改訂でも維持された。商務省がエンティティリスト追加を検討し始めたのは1年以上前だ。
2025年 省庁間委員会が追加を承認 DeepSeek・CXMTなど100社超のエンティティリスト追加を決定 2025年10月 エンティティリスト更新が停止 商務省がリストを最後に公表。以降8カ月間更新なし 2026年4月 DeepSeek V4リリース ファーウェイAscendチップで訓練した1.6兆パラメータモデルを公開 2026年5月 トランプ大統領が訪中 5月13〜15日に国賓訪問。習氏の9月訪米も決定 2026年6月 1260Hリスト改訂、CXMTは維持 国防総省が6月8日に改訂版を公表。CXMTの掲載を継続 2026年6月 棚上げが初めて報道される ロイターが6月16日に報道。承認済みの100社超が未公表と判明 |
審査は完了し、結論は出ている。出ているのに、実行されない。
なぜ止まっているのか
答えは外交だ。
ジェフリー・ケスラー商務次官(産業安全保障担当)は、2025年末以降、中国企業のリスト掲載を避ける方針を取ってきたと報じられている。米中関係の悪化を回避するためだ。トランプ大統領は5月13〜15日に国賓として訪中し、習近平国家主席との首脳会談を行った。9月には習氏の訪米も予定されている。ボーイング200機の受注、農産物170億ドル超の年間購入、貿易協議の延長。この外交日程の中で、100社超のブラックリスト追加は「タイミングが悪い」と判断された。
しかし問題はそこだけではない。
BISは昨年、バイデン政権時代のAIチップ輸出規制ルールに代わる新ルールを策定すると表明したが、まだ公表していない。旧ルールも執行していない。この空白が抜け穴を生んでいる可能性がある。規制対象のチップが、中国国外の中国系企業を経由して流出する経路だ。商務省の元高官ケヴィン・カーランド(Kevin Kurland)氏は、「エンティティリストへの追加が2025年10月以降まったく行われていないという事実は、通商政策が安全保障ツールを影に追いやっていることを示している」と指摘した。
リストに載っていない間に起きていること
承認から8カ月。その間もDeepSeekは動き続けた。
4月にはファーウェイのAscendチップで訓練した1.6兆パラメータのV4をリリースし、NVIDIAからの脱却を印象づけた。Anthropicは今年、DeepSeekと他2社の中国AI企業がClaudeの能力を組織的に不正抽出していたと告発した。偽アカウント2万4000件を使い、1600万回のやり取りを重ねていたという。OpenAIも議会に対し、DeepSeekが同社のモデルを標的にしていると警告した。
CXMTもまた、メモリ不足に苦しむグローバル市場で存在感を高めている。サムスン、SK Hynix、マイクロンがAI向けHBM生産に注力するなか、PC向けDDR5の供給が逼迫。Corsairは中国市場向けにCXMTのDRAMチップを採用した。
エンティティリストは、米国の技術が脅威に渡る前に止めるための仕組みだ。リストに載せない限り、米国企業はこれらの企業と取引を続けられる。取引する側が相手の実態を知らないケースもある。
棚上げされているのはDeepSeekとCXMTだけではない。昨年9月にポーランドで回収されたロシア軍ドローンに部品を供給していた中国企業。NVIDIAの規制対象チップを中国の大学に売っていた数十社。中国軍向けのドローンやロボット犬を製造する企業。いずれも追加候補として特定されながら、リストに載っていない。
安全保障と外交の優先順位
エンティティリストは、米国が持つ輸出管理の中核ツールだ。掲載された企業に米国の物品、ソフトウェア、技術を売るにはライセンスが必要になり、そのライセンスは原則として拒否される。事実上の取引禁止に近い。
だから重い。追加すれば相手国は報復する。中国はレアアースの輸出規制という切り札を握っている。半導体製造に不可欠な原材料の供給を絞れる立場だ。外交関係が温まっている今、あえて火種を投じたくないという判断には、一定の合理性がある。
だがそれは、安全保障上の判断を外交日程に従属させるということでもある。承認は終わっている。「追加すべきか」ではなく「いつ追加するか」の問題だとすれば、8カ月間の回答は「今ではない」であり続けてきた。ケスラー次官の指揮下でBISは規制の空白を放置し、新ルールの策定も旧ルールの執行もしていない。一企業の掲載タイミングの問題ではなく、輸出管理体制そのものが機能していないように見える。
その間にもDeepSeekはNVIDIA依存から脱し、CXMTはグローバルサプライチェーンに食い込んでいる。制裁が届く範囲は日に日に狭まっている。安全保障の判断を下す「正しいタイミング」は、相手が準備を整える前にしか来ない。
参照元
Reuters - US holds off blacklisting China's DeepSeek, more than 100 firms deemed security risks