YouTube、顔スキャン解禁を18歳以上の全員に
ディープフェイク検出のため、自分の顔をGoogleに渡してくれ。YouTubeは18歳以上のアカウント保有者ほぼ全員に、その提案を始めた。
顔を預けると、AI偽動画を探してくれる
YouTubeが「likeness detection(顔の検出機能)」を、18歳以上のYouTubeアカウント保有者全員に開放している。これまで著名クリエイター、政治家、芸能人と段階的に広げてきた、AIディープフェイク検出ツールの最終解放にあたる。
仕組みはこうだ。利用者はセルフィー動画と政府発行IDをアップロードし、YouTubeはそれを使って顔の参照テンプレートを作る。以降、新しくアップロードされた動画が一度だけ自動スキャンされ、本人の顔と一致する映像が見つかると通知が届く。気に入らない動画があれば削除を申請できる。
つまり24時間体制の見張り番を、Googleが無料で貸してくれるという話だ。引き換えに渡すのは、自分の顔そのものである。
7ヶ月で5段階拡大した理由
YouTubeは2024年12月にハリウッドの大手芸能事務所CAAとの協力でパイロットを開始した。商業段階に入ったのは2025年10月で、対象はYouTube Partner Programのクリエイターに限られていた。
そこから先のペースが異様に速い。7ヶ月で5段階の拡大が続いた。
2025年10月: YPPの一部クリエイター 2026年1月までに: 世界の収益化クリエイター全員 2026年3月: 政治家、政府高官、ジャーナリスト 2026年4月: 俳優、アスリート、ミュージシャン、芸能事務所 2026年5月: 18歳以上のYouTubeアカウント保有者ほぼ全員
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2025年
10月 第1段階
YPP の一部クリエイター
本格展開の開始。約5,000人規模で
メール通知により段階的に招待。 2026年
1月までに 第2段階
世界の収益化クリエイター全員
YouTube Partner Program 加入者の
グローバル展開が完了。 2026年
3月 第3段階
政治家、政府高官、
ジャーナリスト 公共領域への拡大。
YouTubeチャンネル不要。 2026年
4月 第4段階
俳優、アスリート、
ミュージシャン、芸能事務所 CAA、UTA、WME 等の
大手芸能事務所と連携。 2026年
5月 第5段階
18歳以上の YouTube
アカウント保有者ほぼ全員 事実上の全成人向け開放。
本格展開からわずか7ヶ月。 |
わずか7ヶ月で「一部の著名人向け実験機能」から「ほぼ全成人向け汎用機能」に化けた。これだけ急いだ背景には、ディープフェイク生成側の進化スピードがある。
2025年秋にOpenAIがSoraアプリを公開すると、ブラッド・ピットやマーティン・ルーサー・キングのAI動画が氾濫した。2026年2月には中国のSeedance 2.0で「ブラッド・ピットvsトム・クルーズ」の格闘動画が拡散し、ハリウッドが本格的に動揺した。被害者は著名人だけではない。ドクター・マイク(Doctor Mike)として知られる医師系YouTuberは、自分の偽動画を週に数十本処理していると米CNBCに語っている。
YouTube広報担当者のジャック・マロン(Jack Malon)はメールで、10年前からYouTubeに投稿してきた人も、いま始めたばかりの人も、同じ水準の保護を受けられるようにすると説明している。
パロディは消えない、削除も「ごくわずか」
ただし、検出されても自動削除はされない。
YouTubeのプライバシーガイドラインに照らして、コンテンツが現実的か、AI生成であると明示されているか、本人が一意に特定できるかなどを審査する。パロディや風刺、政治的批評は除外項目に入っているため、申請しても残る動画はある。対象は顔のみで、声や他の身体的特徴は含まれない。
そして肝心の効果について、YouTube自身が興味深い数字を出している。これまでに削除されたAIディープフェイクの件数は「very small(ごくわずか)」だという。3月の同社コメントだ。同月時点でYPPクリエイター約400万人が登録していた段階での話である。
検出はあくまで申請の出発点であり、削除に至るかどうかは別の判断になる
実際に削除されるかは、YouTubeの審査と、ディープフェイクの定義に当てはまるかどうかにかかっている。
| 項目 | 機能の状況 |
|---|---|
| 顔の一致を検出 | 対応 |
| 声の検出 | 非対応 (音声拡張は2026年内予定) |
| その他の身体的特徴 | 非対応 |
| プライバシー違反の 削除申請 |
受付 |
| パロディ・風刺の 削除 |
対象外 (公益保護のため保持) |
| 政治的批評の削除 | 対象外 |
| 登録に必要なもの | 政府発行ID + セルフィー動画 |
| 登録データの 保持期間 |
最終ログインから 3年間 |
顔データの行き先という、もう一つの不安
ここからが本題だ。
米CNBCが2025年12月に報じた内容によれば、Googleのプライバシーポリシーは技術的には、likeness detectionで収集した生体データをGoogleのAIモデル訓練に利用することを許容している。YouTube側は「実際には訓練に使っていない」「サインアップフォームの文言は分かりやすく見直す」と説明している。だがポリシー本体の文言は変わっていない。
身を守るための顔データを、ディープフェイクの脅威を生み出しているAI開発企業に預けることになる。奇妙な構造である。likeness保護サービスを手がけるVermillioのCEOダン・ニーリー(Dan Neely)はCNBCに対し、自分の顔をプラットフォームに管理させるか、自分で所有するかをクリエイターは慎重に考えるべきだと述べている。
ジャック・マロンの回答は明確だ。
ヘルプセンターに記載している通り、likeness detectionツールに提供されたデータは、本人確認と当該安全機能の動作にのみ使われる。データの扱いは変えるつもりはない。
ポリシーと運用が乖離している状態で、運用側の善意を信じるという話になる。3年間データを保持する仕様で、退会すれば消えるが、それも本人がツールの存在を知っていればの話だ。
守るべき人ほど、たどり着かない
範囲拡大の方向性自体は妥当だ。ディープフェイクは著名人だけの問題ではなくなっており、フォロワーがゼロの一般人の顔が、無断でAIポルノや詐欺動画に使われる事例は増えている。
問題は、このツールがopt-in方式である点だ。
申し込まなければ守られない。申し込むにはYouTubeアカウントと政府IDと自撮り動画が要る。そもそもlikeness detectionという機能の存在を知っていなければ始まらない。最もディープフェイク被害に遭いやすい層、つまりフォロワーがいない、自分のメディア露出を監視するリソースを持たない、被害に遭ったことに数ヶ月気づかない層は、このツールに最も到達しにくい。
実際の保護を受けているのは、すでに自分を守る手段を持っている、有名人やYPPクリエイターが中心だ。「全員に開放」という言葉は美しいが、配布されたのは「自分で受け取りに行ける人だけが受け取れるカギ」である。
検出より、生成側を縛る方が先ではないか
YouTubeは連邦レベルでNO FAKES法を支持している。AIによる声や視覚的なlikenessの無断複製を規制する法案だ。プラットフォーム側でできることには限界があり、最終的には法整備が必要だという主張自体は筋が通っている。
ただし、現実は別方向に走っている。ディープフェイクを生成するモデルはオープンソース化と低コスト化が進み、誰でも数分で本人と区別がつかない動画を作れる。検出と削除の競争で、生成側が常に半歩先にいる状態は変わらない。
YouTubeが7ヶ月で5段階も対象を広げた事実は、その焦りを物語っている。半年前の「一部の著名クリエイター向け実験機能」という位置づけは、もう実態に合っていない。
顔を預けるか、自衛のないままAI偽動画の海に放り出されるか。生体認証をめぐる選択肢が、ここまで狭まっていた。
参照元
他参照
- YouTube is expanding its AI deepfake detection tool to all adult users - The Verge
- YouTube's new AI deepfake tracking tool is alarming experts and creators - CNBC