GNOMEにデザイナーが「就職」した。ドイツ政府が2年間の正規雇用を提供
ボランティアで夜や休暇を使って貢献してきたデザイナーが、自分の信じるプロジェクトに専念できる環境を手にした。
ボランティアで夜や休暇を使って貢献してきたデザイナーが、自分の信じるプロジェクトに専念できる環境を手にした。
デザインという、見えにくい仕事
GNOMEのデザインチームに所属するフィリップ・ザウバーツヴァイク(Philipp Sauberzweig)氏が、ドイツ政府系のSovereign Tech Agency(STA)から2年間の正規雇用契約を受けた。肩書は「コミュニティマネージャー」だが、実態はGNOMEのデザイン専任職だ。
ザウバーツヴァイク氏はライプツィヒ在住で、数年間ボランティアとしてGNOMEのデザインに携わってきた。仕事の合間、夜、休暇を使って。同氏はブログでその動機をこう書いている。
"自由で民主的な社会にとって、デジタル技術への自由で独立したアクセスを確保することは不可欠だ。そのためにはフリーでオープンソースのソフトウェアに基づくエンドユーザー向けデバイスが鍵であり、GNOMEデスクトップとそのアプリのエコシステムは、プロプライエタリなプラットフォームに対する強力な代替を提供する"
ザウバーツヴァイク氏のフェローシップでの活動は大きく3つに分かれる。開発者へのデザインレビューとモックアップ提供、デザインコミュニティの拡大(ブログ投稿・カンファレンスでのワークショップ・新規貢献者の導線整備)、そしてデザインツールの改善だ。UI設計の見本(モックアップ)を作るために使う現行ツールInkscapeのテンプレート更新に加え、オープンソースのデザインツールPenpotの採用を検討し、適していれば再利用可能な部品集の構築にも着手する。
STAのフェローシップは「投資」とは違う
STAの傘下にあるSovereign Tech Fundは、GNOMEに100万ユーロ、KDEに128万ユーロを投じてきた。だがフェローシップはそれらの投資とは性質が異なる。投資はプロジェクトに対して行われるが、フェローシップは個人に対して行われる。
2025年にメンテナー6名で試行されたパイロットを経て、2026年の採用は14名に拡大された。今回から対象がメンテナーだけでなく、コミュニティマネージャーとテクニカルライターにも広がっている。170件の応募から選ばれた14名のうち、2名がSTAの正規雇用、12名がフリーランス契約だ。
ザウバーツヴァイク氏は正規雇用の2名のうちの1人。もう1人はソフトウェアサプライチェーンセキュリティのCycloneDXプロジェクトに携わるヤン・コヴァレック(Jan Kowalleck)氏で、こちらもドイツ在住だ。フリーランス枠にはRustコンパイラ基盤のヤクプ・ベラーネク(Jakub Beránek)氏、CPythonコア開発者のスタン・ウルブリッヒ(Stan Ulbrych)氏、Linuxカーネルのネットワークパケットフィルタリング基盤Netfilterを維持するパブロ・ネイラ・アユソ(Pablo Neira Ayuso)氏、そしてGitの公式ドキュメント改善に取り組むジュリア・エヴァンズ(Julia Evans)氏など、オープンソース基盤のあらゆる層にまたがる。
2023年11月 GNOMEに100万ユーロ投資 Sovereign Tech Fund、デスクトップ基盤に初の大型支援 2025年 パイロット開始(メンテナー6名) メンテナーのみが対象。契約はフリーランス 2026年5月 KDEに128万ユーロ投資 GNOMEに続き2例目。2年間で2回の分割投資 2026年6月 フェローシップ14名を発表 170件の応募から14名。対象を3職種に拡大 2026年8月 GNOMEデザイン専任フェロー始動 正規雇用でデザインレビューとコミュニティ拡大に専念 |
GNOMEのデザインが抱える構造的な問題
ザウバーツヴァイク氏がブログで率直に書いている通り、GNOMEのデザイン貢献には特有の難しさがある。コードの貢献は1つのアプリの中で完結することが多いが、デザインは複数のプロジェクトにまたがり、明確な入り口も担当窓口もない。初心者向けのタスクが少なく、多くの作業にプロジェクト横断の知識や歴史的経緯の理解が求められる。
新しい貢献者を呼び込む仕組みが弱い状態のまま、既存のボランティアの善意に依存してきた。ザウバーツヴァイク氏自身がその1人だった。
2年間の専任という期間は、こうした構造に手を入れるには最低限の時間だろう。テンプレートを整え、ドキュメントを書き、ワークショップを開き、新しい貢献者をメンターし、チームの運営構造を整備する。即座に目に見える成果が出る種類の仕事じゃない。
GNOME 51に向けた開発の動き
今週公開されたThis Week in GNOME #261には、GNOME 51に向けた複数の進捗が報告されている。
ファイルプレビューア「Sushi」はバージョン51でプラグインAPIを刷新し、画像切り替え時のトランジション改善やメモリリーク修正を含む。開発者ペーター・アイゼンマン(Peter Eisenmann)氏の作業はGNOMEフェローシッププログラムから資金提供を受けている。
PDFビューア「Papers」は51ベータでPDFへの視覚的な電子署名の追加に対応した。インターンのマリカ(Malika)氏の成果だ。
仮想マシン管理ツール「GNOME Boxes」は完全に書き直されたベータ版が公開された。開発者のフェリペ・ボルヘス(Felipe Borges)氏がブログで詳細を説明している。
GNOME Shell拡張機能では、GNOME用Tailscale拡張(バージョン1.0.1)がリリースされた。クイック設定メニューからTailscale VPNの接続・切り替え・Taildropでのファイル送受信・Funnelによるローカルサービスの公開ができる。GNOME Shell 49と50に対応し、英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語をサポートする。
GUADEC 2026の全講演がYouTubeで個別クリップとして公開されたことも報告されている。
ボランティアの「次」
オープンソースが抱える構造的な問題の1つは、ボランティアの持続可能性だ。コードを書く開発者にはGitHubスポンサーやOpen Collectiveのような仕組みがある程度整いつつあるが、デザイナーの貢献が経済的に報われる道筋はほとんど存在しなかった。
STAのフェローシップは、その隙間を国家の予算で埋めようとする実験だ。ドイツ連邦議会の予算で設立されたこの機関が、デザイナー1人を2年間雇用する。規模は小さい。だが、ボランティアが「次」に進める選択肢が存在すること自体に意味がある。
ザウバーツヴァイク氏はブログの最後に、GNOMEデザインに関心のある人に向けてWelcome to GNOMEのデザインチームページとHuman Interface Guidelines、そしてMatrixチャンネルを案内している。