Google DeepMind、CEOと首席科学者が同時に退く。ディーン氏は27年を経て独立

GoogleのAI研究を率いてきた創業者と最古参の技術者が、同じ日に第一線を離れた。

Google DeepMind、CEOと首席科学者が同時に退く。ディーン氏は27年を経て独立

GoogleのAI研究を率いてきた創業者と最古参の技術者が、同じ日に第一線を離れた。


何が起きたのか

Google DeepMindのデミス・ハサビス(Demis Hassabis)氏が、CEOの職を退くと発表した。日常の経営から離れ、新たにGoogle DeepMindの会長(Chair)とAlphabetの首席科学者(Chief Scientist)に就く。AGI(汎用人工知能)の将来像を描くことに集中するための異動だと、スンダー・ピチャイ(Sundar Pichai)CEOは社内メモで説明している。

同じ日に、27年間Googleに在籍してきたジェフ・ディーン(Jeff Dean)氏が退社し、新会社Discovery Loopを設立すると発表した。

後任としてGoogle DeepMindの日常運営を引き継ぐのは、コライ・カヴクチュオール(Koray Kavukcuoglu)氏。CTOとGoogleの首席AIアーキテクトを兼任してきた人物で、ピチャイ氏直属のシニア・バイス・プレジデントに昇格する。Geminiのモデル開発からフロンティアAI研究、アプリ、開発者向けプラットフォームまでを統括する。

Alphabet株は発表を受けて約4%下落した。

ハサビスが手放したもの、残したもの

ハサビス氏はDeepMindを2010年に共同創業し、Googleが2014年に買収して以来、一貫してCEOを務めてきた。AlphaGoで囲碁の世界チャンピオンを破り、AlphaFoldでタンパク質の立体構造予測を実現し、2024年にはノーベル化学賞を共同受賞した。

だが、この2年でAI競争の勢力図は変わった。

ハサビス氏は社内メモで、AGIが「すぐそこに来ている」と述べた。日々の運営を手放し、AGIの行方と社会への影響に全力を注ぐ時期だと判断したという。会長職に加えてIsomorphic Labs(アイソモーフィック・ラボ、AlphabetのAI創薬子会社)の指揮も継続する。ロンドンのオフィスに残り、カヴクチュオール氏や研究チームへの助言も続けると明記した。

形式上、ハサビス氏はGoogleを去っていない。だが、Geminiの開発やモデルのリリース判断といった最前線の業務はすべてカヴクチュオール氏に移った。Gemini 4の事前学習が始まったのは7月21日。その直後の交代になる。

ジェフ・ディーンが持ち出したもの

ディーン氏の退社は、ハサビス氏の異動以上に衝撃が大きい。

1999年にGoogleに入社し、従業員がまだ25人だった時代からインフラを築いてきた。MapReduce、BigTable、Spanner、TensorFlow。Googleの検索基盤から分散システム、そしてAIの土台に至るまで、ディーン氏が関わらなかった中核技術を探す方が難しい。2018年からはGoogle AIの責任者を務め、Google BrainとDeepMindの統合を経て首席科学者に就任していた。

その人物が、同僚3名とともに会社を去る。

Discovery Loopの共同創業者は、サンジェイ・ゲマワット(Sanjay Ghemawat)氏(Googleシニアフェロー)、クオック・レ(Quoc Le)氏(Google Brain共同創業メンバー)、オリオル・ヴィニャルス(Oriol Vinyals)氏(Google DeepMind副社長)。ディーン氏は4名の協業歴が14年から30年に及ぶと述べている。

Discovery Loopは公益法人(Public Benefit Corporation)として設立された。科学研究の実験ループ(仮説→実験→評価→反復)をAIで自動化し、機械学習の研究から始めて、将来的にはハードウェア設計、創薬、クリーンエネルギーへ領域を広げる構想だという。

資金調達はRadical VenturesとKhosla Venturesが共同でシードラウンドを主導し、Lightspeed、Kleiner Perkins、Doerr Capital、Alphabetが参加した。GoogleはDiscovery Loopの創業投資家であり、少なくとも初年度はクラウドパートナーとして計算資源も供給するという。

ディーン氏はNew York Timesのインタビューで、公開企業であるGoogleにいるよりも自由に意思決定ができると語っている。

カヴクチュオール氏は何者か

後任に就くカヴクチュオール氏の名は、日本ではほとんど知られていない。だが、Google DeepMindの内側では13年間にわたり技術の中枢を担ってきた人物だ。

トルコ出身。中東工科大学で航空宇宙工学を学んだ後、ニューヨーク大学でAI研究の先駆者ヤン・ルカン(Yann LeCun)氏の下でコンピュータサイエンスの博士号を取得した。2012年、Googleによる買収の2年前にDeepMindに研究者として加わり、深層学習チームを立ち上げた。DQN(深層Q学習ネットワーク)、WaveNet(音声合成モデル)、AlphaGoの主要論文に名前が並んでいる。

2025年6月にはGoogleの首席AIアーキテクト(初代)に任命され、ロンドンからマウンテンビューに拠点を移した。ピチャイ氏は社内メモで、カヴクチュオール氏を「世界有数のAI専門家」と呼んでいる。

研究者としての実績は厚い。ただ、カヴクチュオール氏がこれまで担ってきたのは技術の指揮であり、数千人規模の組織運営やGoogleの製品チームとの折衝は未経験の領域になる。Gemini 3.5 Proが度重なる延期の末にまだ一般公開に至っていない状況で、Gemini 4の事前学習と並行して組織を率いる任務は軽くない。

2か月で起きたことの全体像

今回の発表は孤立した出来事ではない。

6月18日、Gemini共同リードだったノーム・シャジーア(Noam Shazeer)氏がOpenAIへ移籍した。2024年に約27億ドルをかけて呼び戻した人材が、2年で去った。その翌日にはAlphaFoldを率いたノーベル賞受賞者ジョン・ジャンパー(John Jumper)氏がAnthropicへの移籍を発表した。Alphabet株は1週間で約5%から7%下落し、時価総額にして約2250億ドルが失われた。

Google DeepMindの人材流出:2か月の経過
2026年6月
シャジーア氏がOpenAIへ移籍
Gemini共同リード。約27億ドルで復帰した人材
2026年6月
ジャンパー氏がAnthropicへ移籍
AlphaFold責任者。2024年ノーベル化学賞
2026年8月
ハサビス氏、CEO退任。会長に就任
DeepMind会長兼Alphabet首席科学者に
2026年8月
ディーン氏が退社。Discovery Loop設立
同僚3名と公益法人を設立。Googleが出資
2026年8月
カヴクチュオール氏がSVPに昇格
CTO・首席AIアーキテクトからの昇格
※シャジーア氏は6月18日、ジャンパー氏はその翌日に発表。ハサビス氏・ディーン氏・カヴクチュオール氏の異動は8月5日(現地時間)に同時発表

Axiosは、社内の士気低下がGemini 3.5 Proの遅延の一因だと6名の現・元DeepMind社員の証言として伝えている。Bloombergも、同モデルが内部の性能目標を下回り、数か月遅れていると報じた。

そこにCEOの「昇進」と首席科学者の「独立」が重なった。ピチャイ氏の社内メモは成果の列挙から始まる。Geminiアプリの月間ユーザー9億5000万人超、Google Cloudの売上高82%増、Gemmaモデルの9億回超のダウンロード。数字だけ見れば好調だ。だがこの数字が、フロンティアモデルの競争力を保証するわけではない。

Transformerアーキテクチャを生んだ組織、世界最大級のコンピューティング基盤、数十億人に届く製品群。Googleの資産は依然として膨大だ。それでも、その資産がフロンティアモデルの競争力に直結していない。OpenAIとAnthropicは上場前の株式を武器に人材を引きつけ、時価総額約4.8兆ドルの公開企業であるAlphabetには構造的に打てない手がある。

残された組織の課題

ハサビスが「AGIは目前にある」と言い、ディーンが「公開企業の外の方が自由に動ける」と言う。2つの発言を並べると、Google DeepMindの現在地が見えてくる。AGIの方向性を語る人物は外側の戦略職に移り、それを実装する最古参の技術者は外に出た。残ったカヴクチュオール氏に求められているのは、Gemini 4を仕上げ、遅れているGemini 3.5 Proの問題を解消し、流出が続く研究者の士気を立て直すことだ。

ピチャイ氏はメモの末尾に「Onwards!」と書いた。前へ、という意味だ。だが前に進むためには、まず人が残らなければならない。

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