Metaのエンジニアリング組織が壊れていく。代償はすでに始まっている

Metaのエンジニアリング組織が壊れていく。代償はすでに始まっている

20年かけて築いたエンジニアリング文化を、AI開発への焦りがわずか数週間で壊しつつある。代償はもう目に見える形で出始めた。


AIチャットボットが「鍵」を渡した

現地時間5月30日の週末、Instagramで異変が起きた。オバマ政権時代のホワイトハウス公式アカウント、米宇宙軍の最上級下士官のアカウント、Sephoraの公式アカウントなど、著名なプロフィールが次々と乗っ取られた。

手口は驚くほど単純だった。

攻撃者はVPNでターゲットの所在地付近に偽装し、MetaのAIサポートチャットボットに「アカウントが乗っ取られた。メールアドレスを変更してほしい」と頼んだ。それだけだった。チャットボットはそのメールアドレスがアカウント所有者のものかどうかを確認せず、攻撃者が指定した新しいアドレスに認証コードを送信した。パスワードリセットが完了し、アカウントは攻撃者の手に渡った。

フィッシングリンクも、マルウェアも、被害者のメールへのアクセスも不要。セキュリティ研究者のジェーン・ウォン(Jane Wong)氏も自身のアカウントを乗っ取られ、「知らないうちにパスワードが変更されていた」と報告している。

被害者がアカウントを取り戻そうにも、サポートを人間にエスカレーションする方法がない。AIが問い合わせを受け、AIが判断し、AIが「鍵」を渡す。その一連の流れに、人の目が一度も入らなかった。Metaがメイン州司法長官に提出した届出によれば、攻撃者はこの脆弱性を4月17日から5月31日にかけて悪用し、奪ったアカウントは2万225件に達した。

セキュリティの屋台骨が抜けていた

Meta社内のエンジニアへの取材に基づく報道で、この障害の背景が見えてきた。

InstagramのTrust and Safetyチームは、データラベリングへの異動とレイオフで人員のおよそ半数を失っていた。AIが生成しAIだけがレビューしたコード変更が、過去2カ月にわたりコードベース全体で日常になった。本来なら同チームが担う監視とアラートは、急激な人員減で機能していなかった。

門番がいなくなった家に、鍵のかかっていないドアが放置されていた。

翌6月2日、MetaのCISO(最高情報セキュリティ責任者)ガイ・ローゼン(Guy Rosen)氏が退職を発表した。ローゼン氏はOnavo共同創業者として2013年にFacebookに加わり、約13年にわたってセキュリティと選挙の健全性を担った人物だ。タイミングの一致について、Metaは公式にコメントしていない。

わずか10日後の6月12日、Facebook、Instagram、Messengerが世界規模で約4時間にわたりダウンした。Downdetectorへの報告はFacebookだけで11万件を超えた。2021年のDNS/BGP設定ミスによる7時間の全面停止以来、最大規模の障害だ。あのときMetaは詳細なポストモーテムを公開した。今回は出していない。

「この会社の狂気」

6月中旬、Instagramの全社員向けミーティングで、CPO(最高製品責任者)のクリス・コックス(Chris Cox)氏が口を開いた。この数カ月を「困難」で「残酷」な環境だったと認め、その原因を「this insanity of this company(この会社の狂気)」と表現した。約20億人のユーザーに向き合いながら機能をリリースし続けたInstagramチームを称えたうえで、こう例えた。「雹嵐のなかでマラソンを走っているようなもの。しかもチームメイトが入れ替えられ、そのうえ録画されている」。

別の場面では、Applied AI部門のライブストリーム中に社員が割り込み、特定の幹部を名指しして罵倒した。数千人が聞いている全社コールの最中だった。

CTO(最高技術責任者)のアンドリュー・ボズワース(Andrew Bosworth)氏は、AI組織再編の説明が「ひどかった(atrocious)」と認め、今後のコミュニケーション改善を約束した。マーク・ザッカーバーグ氏も社内メモで2026年中の追加レイオフはないと明言。チームイベント予算の拡大やハッカソンの再開を打ち出している。

だが、取材に応じたエンジニアたちの反応は冷めている。あるエンジニアはリテンション用の追加株式パッケージを受け取ったが、それがかえって退職を決意させたという。「自律性がなく、何もコントロールできないことへの苦さ」が、金銭的なインセンティブを上回った。

面接対策サービスinterviewing.ioのデータは、5月以降のMeta社員からの登録が前年比で急増したことを示している。

5人に1人がデータラベリング要員に

Applied AI組織には約6500人が在籍し、うち4000〜5000人がソフトウェアエンジニアだ。Meta全体のエンジニア約2万5000人のうち、5〜6人に1人がフルタイムでデータラベリングに従事している計算になる。

この人数はOpenAIとAnthropicの全社員数をそれぞれ上回る。

配属されたエンジニアの仕事は、AIに解かせるタスクを考案し、テストを書き、Dockerコンテナにパッケージし、AIが書いたコードを読んでフィードバックする、というサイクルの繰り返しだ。ソフトウェアエンジニアでなければできない作業だが、すぐに単調になる。社員の一人は取材に対し「文字どおり強制収容所だ。突然、生きている意味がゼロになる。誰とも交流せず、毎週ただタスクをこなすだけ」と語っている。

一方で、技術を変えながら自分なりのチャレンジを見出し、やりがいを感じているエンジニアもいるという。全員が同じ反応ではない。ただ、不満が大勢を占めていることは、1600人以上が署名したキーストローク・クリック監視プログラムへの反対請願からも明らかだ。

Scale AIの論理、Metaの犠牲

すべての施策を並べると、一つの戦略が浮かぶ。キーストローク監視はAIの訓練データ収集。エンジニアの大量配転は高品質なRLHF(人間のフィードバックによる強化学習)の確保。どちらもScale AIの中核事業そのものだ。

2025年6月にMetaはScale AIの49%を約143億ドル(約2兆3000億円)で取得し、同社CEOのアレクサンドル・ワン(Alexandr Wang)氏をMeta Superintelligence Labsの責任者として迎え入れた。ザッカーバーグ氏がこの規模の投資と人員再配置を決めた背景には、Llama 4の不振がある。2025年4月にリリースされたこのモデルは業界の期待に応えられなかった。

ザッカーバーグ氏にとって、AIプラットフォーム競争で取り残されることは会社の生き残りに関わる。Apple、Microsoft、Amazon、Googleを含む5社のなかでMetaだけがハードウェアプラットフォームもOSも持たない。2010年代にモバイルOS競争で出遅れた記憶は、いまもこの会社の意思決定を駆動している。

しかし実際に起きたのは、広告収入で世界1位に迫る本業のインフラとセキュリティから、最も優秀なエンジニアが引き抜かれたことだ。コーディングLLMの訓練が、InstagramやFacebookの安全な運用より優先された。AIチャットボットによるアカウント乗っ取りも、6月12日の全面障害も、その先に待っていた。

Metaエンジニアリング組織の崩壊タイムライン
25年4月
Llama 4リリース
業界の期待に応えられず
25年6月
Scale AI 49%取得
約143億ドルでワン氏がMeta加入
26年3月
Applied AI部門設立
約6500人を配属
26年4月
監視・配転開始
キーストローク監視とデータラベリング配転
26年5月
8000人レイオフ
全社員の約10%を削減
5月末
Instagramアカウント乗っ取り
AIサポートbotの脆弱性、被害2万225件
6月2日
CISO退職発表
ガイ・ローゼン氏、約13年在籍
6月12日
Facebook/Instagram全面障害
約4時間ダウン、報告11万件超
6月中旬
経営層が混乱を認める
CPO「この会社の狂気」、CTO「ひどい説明」

「AI psychosis」はMetaだけの病か

HashiCorp創業者でGhostty開発者のミッチェル・ハシモト(Mitchell Hashimoto)氏は5月、こう投稿した。

「いま、重度の"AI psychosis"に陥っている企業が丸ごと存在していて、そのことについて合理的な会話をすることが不可能になっている」

ハシモト氏が指摘するのは、MTBF(平均故障間隔)とMTTR(平均復旧時間)の議論の再来だ。クラウド移行期に一度経験した教訓が、AIコーディングエージェントの時代に繰り返されている。「バグはAIがすぐ直すから問題ない」という思想は、インフラ時代の「自動復旧があるから堅牢性は要らない」と同根だ。個々の指標では健全に見えるシステムが、全体としては誰にも理解できない複雑さに向かっている。

Metaで起きたInstagramアカウント乗っ取りは、まさにこのパターンだった。品質基準を下げたAI生成・AIレビューコードで運用し、問題が起きたら素早く復旧する想定だった。確かに復旧はした。だが、著名アカウントが乗っ取られ、システムが侵害されたことは、世界中のユーザーの目の前で起きた。

誰が代償を払うのか

MetaのCPOが「この会社の狂気」と呼び、CTOが「ひどい説明だった」と認め、CEOが追加レイオフの否定とハッカソン再開で収拾を図る。経営層自身が事態の深刻さに気づき始めている。

だが、認識と修復は別だ。セキュリティチームの人員は戻っていない。データラベリングに配転されたエンジニアの多くは、元のチームには戻れないかもしれない。そして最も深刻なのは、信頼の毀損だ。自分の仕事を選び、インパクトに集中し、会社の利益と技術的健全性のバランスを取る。20年かけて醸成されたその文化への信頼が壊れた。株式パッケージで人を引き留めることはできても、信頼を買い戻すことはできない。

Metaで起きていることは、AIへの過剰投資がもたらす組織的な自傷行為の、最も規模の大きな実例だ。あるいは、AI競争に乗り遅れまいとする焦りが、競争力の源泉そのものを破壊するという逆説の見本かもしれない。

ハシモト氏の言葉を借りれば、「回復力だけは高い大惨事マシンに、自動化し尽くすことができる」。Metaがいまその機械の中にいるのかどうか、答えが出るのはそう遠くない。

参照元

Why is Meta destroying its engineering organization? - The Pragmatic Engineer

他参照

Hackers hijacked Instagram accounts by tricking Meta AI support chatbot into granting access - TechCrunch

Hackers Simply Asked Meta AI to Give Them Access to High-Profile Instagram Accounts. It Worked - 404 Media

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