パスワードの48%が1分以内に解読される時代
2億3,100万件の漏洩パスワードを分析したカスペルスキーの最新調査で、MD5ハッシュ化されたパスワードの48%が1分以内、60%が1時間以内に解読できることが判明した。RTX 5090一枚あれば事足りる。
2億3,100万件の漏洩パスワードを分析したカスペルスキーの最新調査で、MD5ハッシュ化されたパスワードの48%が1分以内、60%が1時間以内に解読できることが判明した。RTX 5090一枚あれば事足りる。
60%、1時間。それが現実の数字だ
カスペルスキーが5月7日に公開した調査結果は、パスワードという認証手段の終焉を告げているように見える。同社は2023年から2026年にかけてダークウェブ上に流出した2億3,100万件のユニークなパスワードを収集し、MD5でハッシュ化したうえで解読時間を計測した。
使用したGPUはたった1枚のNVIDIA GeForce RTX 5090。
結果は、48%のパスワードが1分以内、60%が1時間以内、68%が24時間以内に解読された。
これは「攻撃者が高度な専用機材を準備すれば」という話ではない。カスペルスキーは、攻撃者が自前でRTX 5090を持つ必要すらないと指摘する。クラウドGPUのレンタル料金は構成次第で時間あたり数セントから数ドル。1時間借りるだけで漏洩データの6割が解ける計算になる。
1時間あれば、攻撃者は漏洩データから5つに3つのパスワードを解読できる。
そう書いたのはカスペルスキーの研究者アレクセイ・アントノフだ。「Happy World Password Day(世界パスワードの日おめでとう)」と冗談めかしながら、笑えない数字を並べていく。
RTX 5090がもたらした34%の加速
2024年に同社が実施した同様の調査では、1時間以内に解読されるパスワードは59%だった。今回の60%とほぼ同じに見えるが、注目すべきは1分以内の数字だ。45%から48%へと3ポイント上昇している。
なぜここまで速いのか。GPUの進化が直接効いている。
カスペルスキーの計測によれば、RTX 4090がMD5ハッシュを毎秒1,640億回(164ギガハッシュ)計算できたのに対し、RTX 5090は毎秒2,200億回(220ギガハッシュ)まで到達する。1世代で34%の高速化だ。Blackwellアーキテクチャの恩恵が、皮肉にも攻撃者の追い風になっている。
RTX 5090の日本でのMSRPは約40万円(実売60万円以上)。個人で買うには高価だが、企業犯罪集団にとっては「安い投資」の部類に入る。日本のクラウド市場でもGPUインスタンスは時間課金で利用でき、攻撃の経済合理性は年々下がり続けている。
「人間が作るパスワード」という構造的な弱点
ハードウェアの進化だけでは、ここまでの数字にはならない。本当の原因は人間にある。
カスペルスキーが2億件超のパスワードを分析したところ、極めて予測しやすいパターンが浮かび上がった。全パスワードの53%が末尾に数字を含み、17%は先頭に数字を置く。12%は「1950年から2030年」の範囲に収まる4桁の数字を含み、10%が「1990年から2026年」の年号を使っている。
おそらく自分の生年や、パスワードを作成した年を末尾に付けているのだろう。アントノフは「最も活発なネットユーザーは2000年から2012年生まれだと推測できる」と冗談を交える。
数字パターンの王者は予想通り「1234」。「qwerty」のようなキーボード配列をなぞった文字列はパスワード全体の3%に出現する。
特殊文字を加えて安全になったと信じている人にも残念な知らせがある。記号で最も多いのは「@」で、10個に1個のパスワードに含まれる。次いで「.」、「!」と続く。パスワードポリシーが「特殊文字を1つ以上」と要求した結果、全員が同じ場所に同じ記号を入れているわけだ。
意外な発見もあった。2023年から2026年の間に、パスワードに「skibidi」(スキビディ・トイレというネットミームに由来する単語)を含めるユーザーが36倍に増えたという。バイラルなミームすら、攻撃者の辞書に組み込まれていく。
MD5そのものが時代遅れだという話
ここで一つ、技術的な前提を補足しておきたい。
カスペルスキーが今回計測したのはあくまでMD5でハッシュ化された場合の数字だ。MD5は1991年に開発された暗号学的ハッシュ関数で、計算速度が極めて速い。だからこそGPUと相性が良すぎる。日本のCRYPTRECは、MD5を政府推奨暗号リストから外し、SHA-256以上を推奨している。
現代のサービスがパスワード保管に使うべきは、bcrypt、scrypt、Argon2といった「意図的に遅い」設計のハッシュ関数だ。これらを使えば、同じRTX 5090でも解読速度は数千分の一以下に落ちる。
つまり、今回の数字を「すべてのパスワードが1分で破られる」と読むのは誤りだ。正しくは「いまだにMD5でパスワードを保管しているサービスから漏れたパスワードは、1分で破られる」ということになる。
しかし、現実は厳しい。MD5はもはや使うべきでないとされながらも、レガシーなシステムや無頓着な開発現場で今も使われ続けている。漏洩データの大部分がMD5ハッシュの状態で流出している事実が、それを裏付けている。
パスワードを変えない人々
調査ではさらに踏み込んだ事実が示された。最近のリークに含まれるパスワードの54%が再登場している。データセットの重複によるものもあるが、根本的な原因は別にある。多くのユーザーが何年もパスワードを変えていないのだ。
2020年から2024年の年号を含むパスワードが今でも頻出することから、カスペルスキーはパスワードの平均寿命を「3年から5年」と試算する。作成時に「2023」を末尾に付け、それきり放置するパターンだ。
放置されたパスワードは二重にリスクを抱える。一つは、その間にGPUの計算能力が伸び続け、当時は安全だったパスワードが解読圏内に入ること。もう一つは、漏洩・フィッシング・マルウェア感染のいずれかに遭遇する確率が時間とともに積み上がること。
複数のサービスで同じパスワードを使い回している場合、もはや「解読」すら不要になる。一度どこかから漏れたパスワードを別のサービスで試すだけで、攻撃は成立する。これがクレデンシャルスタッフィング攻撃と呼ばれるものだ。
解決策はパスワードを捨てること、らしい
カスペルスキーが提示する処方箋はシンプルだ。パスワードマネージャーで20文字前後のランダム文字列を生成・管理し、可能な箇所はパスキーに切り替え、二要素認証を有効にする。ブラウザに保存するな、平文でメモに残すな、というあたりは耳が痛い人もいるだろう。
特にパスキーは、公開鍵暗号を使う認証方式で、秘密鍵はユーザーのデバイスから外に出ない。サーバーには公開鍵だけが渡され、ログイン時にはデバイスが署名した一度きりのデータをやり取りする。フィッシングにも構造的に強い。AppleもGoogleもMicrosoftも対応を進めているが、肝心のWebサービス側の採用がまだ揃っていない。
The Registerはこの調査を取り上げた記事で、IEEE上級メンバーであるノッティンガム大学のスティーブン・ファーネル教授のコメントを掲載している。同氏は、World Password Dayのメッセージはユーザーへではなく、サイトとサービス側に向けるべきだと指摘する。多くのサイトがパスキーをサポートしていない以上、ユーザーは混在したログイン体験を強いられ、「自衛しろ」と言われても限界がある。
パスワードという仕組みは、人間の記憶力という最も脆弱なリソースに依存している。1時間で60%が破られるという現状は、その依存が限界に達したことを示しているのかもしれない。
毎年5月の第1木曜日が世界パスワードの日であり続けるなら、いつかその名前は「もうパスワードに頼らない日」へと書き換わるのだろうか。
参照元
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