量子コンピュータ9社に20億ドル、米政府が株式も取得
米商務省が量子コンピュータ関連企業9社に総額 20億ドル(約3200億円)を投じる。補助金ではなく株式取得を条件に据えた異例の直接出資で、IBMはこの機を捉えて米国初の量子専業ファウンドリー設立に動いた。
9社への配分と株式取得という条件
2026年5月21日(現地時間)、商務省は量子コンピューティング関連企業9社と意向表明書(LOI)を締結した。根拠は2022年のCHIPS・科学法の研究開発枠。各社への資金提供の条件として、政府が少数・非支配持分を取得する。
最も大きい配分はIBMで10億ドル(約1600億円)、次いで半導体ファウンドリーのグローバルファウンドリーズ(GlobalFoundries)が3億7500万ドル(約600億円)。上場している D-Wave Quantum、Rigetti Computing、Infleqtion は各社約1億ドル。スタートアップのDiraqは約3800万ドルだ。Atom Computing、PsiQuantum(サイクォンタム)、クオンティニュアムへの個別配分額は現時点で公表されていないが、各社約1億ドルとの報道も出ている。
対象9社は、量子チップ製造インフラを担うIBMとグローバルファウンドリーズの2社に加え、技術開発側の Atom Computing、Diraq、D-Wave Quantum、Infleqtion、PsiQuantum(サイクォンタム)、クオンティニュアム(Quantinuum)、Rigetti Computing の7社だ。
政府が民間企業の株式を取得する形の支援は、2025年8月のIntel出資でも実施されている。CHIPS法に基づく直接出資の手法が、量子分野にも拡大した形になる。
| 企業 | 配分額 | 全体比 |
|---|---|---|
| IBM 量子ファウンドリー |
10億ドル | 49.7% |
| グローバルファウンドリーズ 量子ファウンドリー |
3億7500万ドル | 18.6% |
| D-Wave Quantum 量子コンピュータ開発 |
約1億ドル | 約5.0% |
| Rigetti Computing 量子コンピュータ開発 |
約1億ドル | 約5.0% |
| Infleqtion 量子コンピュータ開発 |
約1億ドル | 約5.0% |
| Atom Computing 量子コンピュータ開発 |
非公表 | — |
| PsiQuantum 量子コンピュータ開発 |
非公表 | — |
| クオンティニュアム 量子コンピュータ開発 |
非公表 | — |
| Diraq スタートアップ |
3800万ドル | 1.9% |
| 合計 | 約20億ドル | 公表分 65.3% |
ただし、今回はあくまで意向表明書の段階だ。実際の資金提供は正式契約の締結後であり、現時点では確定していない。
IBMは米国初の量子専業ファウンドリーを設立へ
この発表にあわせてIBMが同日公表した動きが、今回の全体像の中でとりわけ具体的だ。
IBMは商務省との合意を基に、量子チップ専業の新会社 Anderon をニューヨーク州アルバニーに設立する。商務省からの10億ドルに加え、IBMも現金10億ドルと知的財産・資産・人材を投入し、計20億ドル規模の量子チップ製造拠点を立ち上げる計画だ。
Anderonが担うのは300mm量子ウェハーの製造で、IBMだけでなく他の量子技術ベンダーへの供給も想定している。超伝導方式のキュービットから始め、将来的には他の量子技術方式にも対応を広げるとしている。
IBM CEOのアービンド・クリシュナ(Arvind Krishna)氏はこの取り組みについて、AIチップが10年前の転換点にあったのと同様の状況が量子コンピューティングでも始まっていると述べた。2030年代半ばには年間数十億ドル規模の売上と高い利益率を生み出せると見込んでいる。
量子チップのウェハー製造を専業で担う施設が米国内に存在しなかったことを考えると、この設立自体が業界の構造的な空白を埋める試みだ。実験室でプロトタイプを作る段階から、安定した量産プロセスへの移行は、量子コンピューティングが実用化に向けて超えるべき最初の大きな壁の一つでもある。
「次のビッグシング」への投資と懸念
なぜ今、政府がここまで踏み込むのか。商務長官のハワード・ラトニック(Howard Lutnick)氏は「The Trump administration is leading the world into a new era of American innovation(トランプ政権は米国のイノベーションの新時代に向けて世界を先導している)」と声明で述べた。
量子コンピューティングは2040年までに最大 8500億ドル(約135兆円)の経済的価値を生み出すとも推計されており、AIインフラ投資の次の主戦場と見なす向きが増えている。
ただ、懸念の声もある。
「量子に対して誰もが興奮しているのは、それが次の大きな技術だからだ。だが期待と希望の多くは、まだ実現されていない」と、GPS技術の政策を支援する非営利団体「Resilient Navigation and Timing Foundation」のデイナ・ゴウォード(Dana Goward)代表は述べた。
実際、グローバルファウンドリーズはDiraq以外の量子コンピューティング企業への量子プロセスの提供も既に計画しており、関係者の一部は取引がまとまるまでに数年かかる可能性も認めている。
上場企業の株価が急騰
今回の発表と前後して市場は動いた。5月21日の寄り付き前取引で、IBMとグローバルファウンドリーズの株価はそれぞれ約12%と15%急騰。上場している量子コンピューティング企業のD-Wave QuantumやRigetti Computing、Infleqtionも 30%前後 の上昇を記録した。
市場の反応はポジティブだが、急騰が実績より先行していないかは今後の焦点になる。量子コンピューティングはまだ、広範な商業利用に至っていない。
製造インフラへの賭け
今回の支援で際立つのは、研究開発そのものではなく「製造基盤」への重点配分だ。IBMとグローバルファウンドリーズへの合計13億7500万ドルは、全体の 約70% を占める。
これは、AIバブルの下でNVIDIAのGPUサプライチェーンが国家的な注目を集めた構図と重なって見える。量子コンピューティングの覇権が、まずチップの量産能力を持つ者に帰するという読み方が政府の中にあるとすれば、この配分比率はその裏付けだ。
Anderonが2029年を目標に商業展開を目指す一方で、量子コンピューティングの本格実用化まであとどれくらいかかるかは、いまだ誰にも断言できない。政府の20億ドルが賭けるのは技術の可能性であり、その回収には辛抱が要る。
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