「0.7nm」のどこにも0.7nmはない。プロセスノード命名の構造問題
IBMが6月25日に発表した0.7nm NanoStackチップに対し、インテルCTOとイーロン・マスク氏が命名規則を批判した。IBM自身もこの数字が実寸ではないと認めている。問題の根は深い。
発端はインテルCTOの指摘
IBMの0.7nm発表から一夜明けた現地時間6月26日、インテルのプシュカル・ラナデ(Pushkar Ranade)CTOがこの命名に異論を投げた。
ラナデ氏はIBMの発表を引用し、このチップ上に1nm未満のサイズで製造された構造は実質ゼロであり、この命名は意味をなさず誤解を招くと指摘した。かつてIBMでキャリアを開始し、半導体デバイス物理を専門とする技術者でもある。
True, we should switch to naming process nodes according to the number of atoms wide of the smallest feature size. That would be most accurate imo.
— Elon Musk (@elonmusk) June 26, 2026
イーロン・マスク氏はこれに同意し、プロセスノードの名前は最小構造のシリコン原子の数に基づくべきだと投稿した。TeraFabプロジェクトでインテルと提携し、半導体製造への参入を進めるマスク氏にとって、この命名問題は他人事ではない。
IBM自身が認めた乖離
IBMはブログポストの中で、7オングストロームという数字は新世代のチップとその製造プロセスを指すものであり、チップ上の配線幅には対応していないと説明した。かつてチップの集積度が低かった時代にはプロセスノード名と配線幅が一致していたが、現在はそうではないと明言している。
つまりIBMは、自社が世界初と謳う0.7nmチップ上に0.7nmの構造物は存在しないと、発表と同時に宣言している。
名前が実寸から離れた30年
プロセスノード名と物理的な寸法の乖離は、実は1990年代後半から始まっている。
1997年まで、プロセスノード名はトランジスタのゲート長と一致していた。インテルの0.5μmプロセスは実際にゲート長0.5μmのトランジスタを生産していた。しかし1997年の0.25μm世代で初めてズレが生じ、実際のゲート長は0.2μmと名前より20%小さかった。その後のズレは両方向に拡大し、130nm世代ではゲート長が70nmと、名前との乖離が約2倍に達した。
2011年にFinFETが導入され、トランジスタが立体構造になった時点で、一つの数字でトランジスタのサイズを表すこと自体が物理的に無意味になった。それでも業界はナノメートルの数字を使い続けた。
転機は2021年。当時のインテルCEOパット・ゲルシンガー氏が、プロセスノードの改名を発表した。10nmプロセスをIntel 7に、7nmプロセスをIntel 4に変更し、さらにオングストローム単位のIntel 20A、Intel 18Aを導入した。背景にはTSMCとの命名上の不利があった。実質的に同等の技術でも、インテルの「10nm」はTSMCの「7nm」より劣っているように見える。ゲルシンガー氏はナノメートル単位を意図的に捨て、番号制に移行することで、この認知上の不利を解消しようとした。
ところがTSMCとサムスンは旧来の命名を続けた。TSMCのN3、N2と、インテルのIntel 3、Intel 18Aが同世代でありながら、まったく異なる数字を名乗っている。消費者はもちろん、業界関係者でさえ横並びでの比較が難しい状態が続いている。
| 旧来の呼称 | インテル | TSMC |
|---|---|---|
| 10nm相当 | Intel 7 | N7 |
| 7nm相当 | Intel 4 | N5 |
| 3nm相当 | Intel 3 | N3 |
| 2nm相当 | Intel 18A | N2 |
「原子の数で呼ぶべき」は解決策になるか
マスク氏が提案した「最小構造のシリコン原子の数で命名する」というアイデアは直感的にわかりやすい。シリコン原子の直径は約0.21nmなので、たとえば7nmなら約33原子分、0.7nmなら約3原子分に相当する。実寸に対応した名前をつければ、消費者は数字の大小で技術の先進性を判断できる。
だが、この提案にはいくつかの技術的な壁がある。
現在の先端プロセスでは、一つのトランジスタに異なるスケールの構造が複数存在する。ゲート長、メタルピッチ、セル高、フィンピッチ(またはナノシート幅)といった複数の指標があり、どれか一つの寸法で世代全体を代表させること自体に無理がある。IBMのNanoStackのように異なるチャネル材料を垂直方向に積層する構造では、「最小の構造がシリコン原子何個分か」という問いにすら一意の答えがない。
業界のロードマップ策定機関IRDS(IEEE International Roadmap for Devices and Systems)は、代替指標としてGMT(Gate pitch、Metal pitch、Tiers)を提案している。UCバークレーの研究者らも参加したこの試みは、複数の寸法とティア数の組み合わせでプロセス技術を表現しようとするものだった。だが業界全体での採用には至っていない。
プロセスノード名は20年以上前から技術仕様ではなく世代のラベルとして機能してきた。IntelがIntel 7やIntel 4に改名し、IBMがオングストローム表記を導入し、TSMCがN3やN2と名乗っても、本質は同じだ。名前が何であれ、チップの性能は名前では決まらない。
命名問題の向こうにあるもの
ラナデ氏の投稿に対しては反論も出ている。IBMの技術はあくまでプロトタイプであり商用製造ではないという指摘、実際の性能と電力効率で評価すべきだという意見、ウェハボンディングをフロントエンドに統合した点こそが真の技術的進歩だという反論だ。
事実、IBMが2014年にグローバルファウンドリーズへ半導体製造事業を売却して以来、IBM自身は商用チップの製造を行っていない。研究成果を量産に結びつけるのは、IBMの技術をライセンスしたラピダスやその他のパートナーの仕事だ。IBMの0.7nm技術が製品として消費者の手に届くまでには少なくとも5年かかるとIBM自身が見積もっている。
命名をめぐる議論は技術の本質からは離れている。しかし、この議論がこれだけの注目を集めること自体が、半導体業界のコミュニケーションの課題を示している。消費者が手にするチップのスペック表に書かれた「○nm」の数字は、実際には何も測定していない。業界がその事実と正面から向き合うのか、それともマーケティングの都合でこのまま使い続けるのか。マスク氏の提案が採用されることはおそらくない。だが、問いを投げた意味はある。
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