ソブリンクラウドは米中以外では不可能、ガートナー断言

「自分たちのデータを、自分たちの法律で守る」。欧州が掲げてきたソブリンクラウドの理想に、ガートナー(Gartner)のアナリストが冷ややかな結論を突きつけた。米中以外では実現不可能だという。

ソブリンクラウドは米中以外では不可能、ガートナー断言

「自分たちのデータを、自分たちの法律で守る」。欧州が掲げてきたソブリンクラウドの理想に、ガートナー(Gartner)のアナリストが冷ややかな結論を突きつけた。米中以外では実現不可能だという。


ガートナーが突きつけた構造的な限界

シドニーで開かれたガートナーのIT Infrastructure, Operations & Cloud Strategies Conferenceで、同社のVPアナリストであるダグラス・トゥームズ(Douglas Toombs)が踏み込んだ発言をした。完全なソブリンクラウドを運用できるのは、米国と中国だけだという見立てだ。

理由はシンプルで、しかも重い。ソブリンクラウドを構成するために必要なテクノロジーをすべて自国内で揃えられるのは、世界中でこの2カ国だけだ。それ以外の国の買い手は、どこかで必ず海外プロバイダーとの関係を結ばざるをえない。

トゥームズが指摘したのは、米国系クラウドベンダーが提供する「ソブリン対応」を謳う製品群の限界だ。AWS Outposts、Azure Local、Oracle Dedicated Cloud Regionといったオンプレミス型のクラウドも、結局のところ米企業の所有物である。法的な完全性を約束することはできない。

オンプレミスクラウドであっても、結局は「電話して帰る(phone home)」必要がある。トゥームズはそう表現した。データセンターが自国内にあっても、運用の本籍は米国にある、ということだ。
「ソブリン対応」を謳う米系オンプレ型クラウドの構造
AWS
Outposts
Azure
Local
Oracle
Dedicated
提供元 Amazon Microsoft Oracle
本社所在地 米国 米国 米国
オンプレ動作
米本国へ送信 必要 必要 必要
主権の保証 × × ×
※「米本国へ送信」は、ガートナーのダグラス・トゥームズが用いた「phone home」の表現に基づく。データセンターが自国内にあっても、運用情報が米本国のクラウドへ流れる構造を指す。

「立派なホワイトペーパーは生まれた」

トゥームズは欧州の過去の取り組みについても容赦がない。フランスが主導した「Andromeda」「Numergy」、そしてEU全体で進められた「Gaia-X」を例に挙げ、いずれも実体としては前に進まなかったと述べている。

立派なホワイトペーパーは生まれた。彼はそう皮肉を込めて評している。

そのうえで彼が持ち出したのが、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が1976年に提唱した「3と4のルール」だ。安定した競争市場には有力な競合が3社を超えて存在することはなく、最大手のシェアは最小手の4倍を超えない、という経験則である。

欧州ソブリンクラウド構想の挫折の系譜
2009
Andromeda発表 フランス政府が1.5億ユーロを
投じる構想を開始
2012
Andromeda分割 Cloudwatt(Orange+Thales)と
Numergy(SFR+Bull)が始動
2019
Gaia-X発表 独仏政府主導でEU全体の
ソブリン構想に拡大
2020
Cloudwatt停止 Orangeが運営を引き継いだ後、
サービス終了
2026
ガートナーが評価 「立派なホワイトペーパーは生まれた」と冷ややかに指摘。米中以外で同規模の基盤は構造的に不可能と断言

クラウド市場もすでにこの形に収束しつつあり、AWS、Google、Microsoftの3強体制で固定化されつつある、というのがトゥームズの読みだ。新規参入で覆せる構造ではない、という診断に近い。

ただし全否定ではない。小規模クラウドの成功余地は残されており、ソブリンSaaSやソブリン製品の領域では新興プロバイダーにもチャンスがあるとしている。問題は「クラウド基盤そのもの」を米中以外で作れるかどうかだ。

オンプレミスに逃げても出口はない

「ならば自前で建てればいい」という発想にも、トゥームズは具体例で水を差している。

挙げたのはオランダのある医療機関の事例だ。米国系クラウドへの依存を断ち切るため、自前のインフラを構築した。ところが大手クラウドプロバイダーで障害が起きたとき、その医療機関の取引先サービスも巻き添えで止まり、自前インフラもダウンしてしまった。

依存をひとつ抜けたつもりでも、隣の取引先がまだ依存している。サプライチェーン全体が米クラウドに編み込まれている以上、自分だけ独立しても孤島にはなれない、ということだろう。自分の足元から米クラウドを引き剥がしても、隣の足元はまだ繋がっている。それが現実だ。

ここに、ソブリンクラウドという概念の根の深さがある。データセンターの場所や運営主体だけを切り替えても、依存の網は意外と切れない。

欧州の不安は的外れではない

このガートナーの見立ては、欧州にとっては素直に喜べる話ではない。同社のディレクターアナリスト、エイドリアン・ウォン(Adrian Wong)が同じ会場で別の角度から語っているからだ。

ウォンによれば、欧州の組織のあいだでは「米国系クラウド事業者が欧州大陸から撤退するかもしれない」という懸念が広がっている。地政学的な緊張が高まるなかで、もしそれが現実になれば、欧州企業は急ごしらえの危険な移行プロジェクトに追い込まれる。

問題は、その移行に備えたエグジット戦略を持っている組織がほとんどいないことだ。クラウドネイティブなサービスやPaaSを使い込んでいる組織ほど、深く食い込まれている。

エグジット戦略は絨毯の下に追いやられている。ウォンはそう表現した。本気で移行するなら2年以上の計画と投資が必要だが、その準備をしている組織は驚くほど少ないという。

ウォンが見ている顧客の動きには、「振り子が揺れ始めた」感触があるという。地政学リスクを意識した戦略の見直しが、ようやく始まりつつある段階だ。

彼が挙げる「クラウド利用者の10大ミス」のなかには、ERPのような基幹系をいきなりクラウドに載せること、すべてのアプリケーションにクラウドが適しているという思い込み、そしてマルチクラウドにすれば可用性が上がるという誤解、といった項目が並ぶ。複数クラウドを使うなら、各社固有の機能にアクセスするためであって、冗長性のためではない。

日本にとって他人事ではない理由

ここまでの議論は欧州の悩みのように聞こえるかもしれない。だが日本にとっても他人事ではない。

ガバメントクラウドの調達先としてAWS、Google Cloud、Microsoft Azure、Oracle Cloud Infrastructureの米系4社が選定されている現状を踏まえれば、日本の公共インフラは構造的に米国系クラウドの上に乗っている。経済安全保障の文脈で「クラウドプログラム」が特定重要物資に指定され、令和8年度からは国産のさくらのクラウドも加わるものの、ソブリンクラウドと呼べる実体が十分に育ったとは言いがたい。

トゥームズの診断を素直に受け取れば、日本がいまから純国産クラウドを完全自前で立ち上げるのは、現実的にはほぼ不可能ということになる。Gaia-Xでも立派なホワイトペーパーしか生まれなかった、という指摘は重い。

ただ、絶望的な話とも限らない。ソブリンSaaSの領域や、特定業務に特化したソブリン製品なら、欧州や日本でも勝負できる余地は残されている、というのがガートナーの見立てでもある。基盤を取り戻すことは難しくても、その上で動くアプリケーション層なら、まだ書き換えられる。

問題は、誰がそれを本気でやるか、だ。撤退する米クラウドを慌てて追いかけるのではなく、撤退されたときに困らない出口を、平時のうちに設計しておけるか。ガートナーが突きつけたのは、技術論ではなく、ガバナンスとリスク管理の宿題に近い。

主権とは、自国のデータセンターに鍵をかけることでは終わらない。その鍵がかかった建物が、誰の地面に建っているのか。ガートナーの口から、その問いが戻ってきた。


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