医師より「ママ」が信頼される時代、米国50歳未満の半数
50歳未満の米国成人の半数が、健康とウェルネスに関する情報をSNSのインフルエンサーやポッドキャストから得ている。ピュー・リサーチ・センターが新たに公表した6,828人のインフルエンサー分析が、その輪郭を浮かび上がらせた。
医療資格を名乗らない過半数
ピュー・リサーチ・センターが米国時間5月7日に公表した報告書「Moms, Coaches, Doctors, Entrepreneurs」は、Instagram・TikTok・YouTubeで10万人以上のフォロワーを持ち、健康とウェルネスのコンテンツを定期的に投稿する6,828人のインフルエンサーを対象に、彼らが自分自身をどう紹介しているかを精査したものだ。
結果として浮かんだのは、医療の権威がもはやSNS空間では中心軸ではないという事実である。何らかの医療従事者を自認する人は 41% にすぎない。残り59%は、医師でも看護師でも栄養士でもない誰かが、健康についてのアドバイスをフォロワー数十万〜数百万人に向けて発信している。
内訳を見ると、コーチ(食事・フィットネス・ライフコーチ等)が31%、起業家が28%。「自分の体験」を権威の根拠とする人が13%。そして16%は、自身の経歴や専門性について何も書いていない。プロフィール欄が空白に近いか、投稿内容の説明だけで埋まっているのだ。
これは「医療資格を持たない人が健康情報を発信している」という単純な批判の話ではない。むしろ問題は、資格の有無を判断する材料すら、SNSのプロフィール欄には十分に存在しない点にある。医療従事者を自認する41%の中には、従来の西洋医学の枠組みに含まれる医師・歯科医・看護師(17%)と、機能性医学・自然療法・カイロプラクター・マッサージセラピストのような代替医療系(7%)が混在している。視聴者の多くは、その違いを意識せずに「医療系の人」として情報を受け取っているはずだ。
ニュースとは正反対の生態系
健康・ウェルネスインフルエンサーの分布 Instagram:86%/TikTok:62%/YouTube:45%/Facebook:19%/X(旧Twitter):10%
この数字は、2024年にピュー・リサーチ・センターが調査したニュースインフルエンサーの分布とほぼ正反対だ。ニュースインフルエンサーはXに85%、Instagramに50%、YouTubeに44%が在籍していた。テキスト中心のXに集まるニュース系と、画像と動画が中心のInstagramやTikTokに集まる健康系。発信される情報の性質が、プラットフォームの形と一致している。
| プラットフォーム | 健康系 | ニュース系 |
|---|---|---|
| 86% | 50% | |
| TikTok | 62% | — |
| YouTube | 45% | 44% |
| 19% | — | |
| X | 10% | 85% |
健康インフルエンサーが平均で2つのSNSにしかアカウントを持たないというデータも興味深い。ニュースインフルエンサーの多くが5つ以上のSNSを横断していたのとは対照的だ。視聴者と深く繋がる戦略が、健康分野では機能しているとみられる。
その上で、ポッドキャストを持つ人が12%、SubstackやMediumのニュースレターを持つ人は2%にとどまる。SNSのフィードに流れてくるショート動画こそが主戦場で、長文や音声は補助的な位置づけだ。
性別が変える「権威の語り口」
調査が捉えた構造のうち最も注目すべきは、男女で自分の権威をどう語るかが大きく異なる点だ。健康・ウェルネスインフルエンサーの 64%が女性、34%が男性 。ニュースインフルエンサーの63%が男性だったのとは反対のジェンダー構成になっている。
女性インフルエンサーは「自分の人生経験」を権威の根拠にする傾向が強い。プロフィールに自分の人生経験を記す女性は16%で、男性の9%のほぼ2倍だ。なかでも特徴的なのが「ママ」「母」というラベルの使用率である。女性インフルエンサーの17%が自分を何らかの形で「mom」と表現するのに対し、男性で「father」と言及する人は6%。3倍近い開きがある。
「Mom of two(2人の母)」という単純な紹介もあれば、「ADHD mom(ADHDの子を持つ母)」のように、親であることを特定の専門領域への信頼の根拠として連結させる例もある。子育ての実体験が、医療従事者ではない人にとっての「資格代わり」として機能しているのだ。
一方の男性は、より明確な医療肩書を前面に出す。男性の25%が従来の西洋医学系の肩書を名乗り、女性の14%を11ポイント上回る。「doctor(医師)」を名乗る男性は14%(女性6%)、「surgeon(外科医)」は8%(女性1%)。特に形成外科医を名乗るアカウントの85%が男性という極端な数字が出ている。
この構造を素直に読めば、男性は「肩書」で、女性は「経験」で権威を作る。健康情報という、本来であれば客観的な医学的根拠が問われるべき領域で、性別ごとに異なる種類の信頼の作法が形成されているのだ。これが視聴者の判断にどう影響しているかは、別途追跡が必要だ。
男女で名乗る職業の特徴 形成外科医を名乗るアカウントの85%が男性 「ママ」を名乗るアカウントは女性が圧倒的多数 男性は外科系の専門資格を、女性は親としての経験を強調する
トップ層は男性が逆転する
もう一つ、構造を裏付けるデータがある。フォロワー100万人以上を抱える「トップ層」インフルエンサーに絞ると、男性比率が 46% にまで上昇する。全体の男性比率は34%なので、12ポイントの差だ。
つまり、女性が数の上では圧倒的に多いが、フォロワー数で頂点に立つ層では男性のシェアが膨らむ。発信者の総数が多いのは女性、しかし最も大きな影響力を持つのは相対的に男性が多い、というねじれた構造である。
ここに、肩書を持つ男性医師がトップ層に集中している可能性が見えてくる。100万人を超える視聴者に届くアカウントは、フォーマルな権威との結びつきが強いのではないか。「医師がやっているから信頼する」という古典的な権威の引力は、SNSでも完全には消えていないようにみえる。
ただし、これも仮説の域を出ない。報告書はトップ層の専門領域内訳までは公表していない。頂点の構造は、今後の続報を待つことになる。
信頼の対象が「個人」になる時代
40%の米国成人、そして50歳未満では半数が、健康情報をインフルエンサーから受け取っている事実は、医療情報の伝達経路が根本的に変質したことを示している。かつては医師、薬剤師、保健所、公的機関が情報のハブだった。今は、Instagramのプロフィール欄数行と、リールに映る笑顔がハブになりつつある。
調査が示した構図のまとめ 50歳未満の半数がSNSインフルエンサーから健康情報を得ている 自称医療従事者は41%、残り59%は医療資格なし 16%は経歴の記載すらない 64%が女性、トップ層では男性が46%まで増える
ピュー・リサーチ・センターの調査では、視聴者の多くがこのコンテンツを能動的に検索するのではなく、フィードに流れてきたものとして受動的に消費している。プロフィールをクリックして発信者を確認する作業が、信頼の判断材料のすべてになるケースも珍しくない。プロフィール欄数行の情報量に、個人の健康判断が乗っかっているわけだ。
この構造は、米国だけの話ではない。日本でも、健康関連のインフルエンサーマーケティングが拡大し、薬機法・景表法との緊張関係が問題化してきた。プロフィール欄の自己紹介に、どこまでの責任が伴うのか。法律と社会通念の整理が、技術の普及速度に追いついていない。
インフルエンサーの59%が医療従事者ではなく、女性インフルエンサーの17%が「ママ」というラベルで権威を作っている。この事実をどう受け止めるかは、視聴者一人ひとりの判断に委ねられている。ただ、判断材料がプロフィール欄数行に圧縮されているという現実は、知っておいたほうがいい。
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