ETHチューリッヒ、光を出し入れする新型ピクセルをNatureに発表

ETHチューリッヒ、光を出し入れする新型ピクセルをNatureに発表

スマートフォンの画面を覗き込むとき、ディスプレイのピクセルはこちらに向かって光を放っている。カメラで写真を撮るとき、センサーのピクセルは光を受け取っている。1927年に英国の技術誌『Wireless World』で「picture element」という言葉が使われてから約100年、ピクセルは常にどちらか一方しかできなかった。光を出すか、受け取るか。両方を同時にこなすピクセルは存在しなかった。

ETHチューリッヒのデイヴィッド・ノリス(David Norris)教授が率いる光学材料工学研究室が、その前提を覆した。2026年6月24日付のNatureに掲載された「フーリエピクセル」は、光の強度だけでなく、位相と偏光まで含めた全情報を、1つの素子で生成し、同時に検出できる。


100年ぶりの再定義

いまのピクセルは大きく3種類に分かれる。ディスプレイのピクセルは光の強度を制御する。カメラのピクセルは光の強度を検出する。空間光変調器のピクセルは光の位相を変える。どれも光が持つ情報の一部しか扱えない。

光は振幅(明るさ)、位相(波の山と谷のタイミング)、偏光(電場が振動する方向)の3つの性質を持っている。3つすべてを生成し、検出もできるピクセルはなかった。メタサーフェスと呼ばれるナノ構造の集合体を使った研究で、偏光カメラや位相変調器が個別に実証された例はある。だが1つの素子に双方向の全制御を統合した例はない。

ノリス氏らのフーリエピクセルが、それを初めて実現した。

ピクセル種別ごとの光制御能力
ディスプレイカメラSLMフーリエ
ピクセル
生成(光を出す)
振幅××
位相××
偏光×××
検出(光を読む)
振幅××
位相×××
偏光×××
※○=対応 ◎=振幅・位相・偏光の全制御に対応 ×=非対応。SLM=空間光変調器

波打つ表面が光を操る

原理はフーリエ光学にある。任意の複雑な波形は、単純な正弦波の重ね合わせに分解できる。逆に、正弦波を正確に重ね合わせれば、任意の波形を作り出せる。これがフーリエ解析の骨子だ。

フーリエピクセルはこの数学を、金属表面の物理的な凹凸として実装する。銀の薄膜にナノメートル精度で波打つ構造を刻み、正弦波の回折格子から入射した光を表面プラズモンポラリトン(金属と誘電体の界面を伝わる電磁波)に変換する。プラズモン波がフーリエ素子の上を通過すると、干渉によって所望の光波面が空間に放出される。

ここで決定的に重要なのは、同じ素子を逆方向にも使えることだ。外から光を入射すると、フーリエ素子がその光を表面プラズモン波に変換し、干渉パターンから振幅・位相・偏光を読み取れる。1枚の面でカメラとディスプレイが両立する。

従来のメタサーフェスは、光の波長より小さなナノ共振器をブロック状に配列する。複数の機能を重ねるほど設計は複雑になり、電磁シミュレーションを繰り返して共振器の形と配置を最適化する必要があった。フーリエピクセルでは、設計プロセスが根本的に異なる。目標とする光波面のフーリエ逆変換を計算すれば表面形状が決まる。電磁シミュレーションは一度も使っていないと論文は述べている。アイデアから動作するデバイスまで、通常1日で到達できるという。

従来のメタサーフェス vs フーリエピクセル
従来の
メタサーフェス
フーリエ
ピクセル
設計手法ナノ共振器の
配列最適化
フーリエ逆変換の
計算
電磁
シミュレーション
反復的に必要不要
設計所要時間反復計算が必要通常1日
機能統合重ねるほど複雑化表面形状の
重畳で実現

ドーナツ型の光から3色ロゴまで

論文は多数の実証を並べている。

光の生成では、中心に穴の開いた「ドーナツ型」のガウシアン渦ビーム(トポロジカル電荷1、3、5)を生成し、位相特異点の純度を確認した。フーリエ空間に投影した平坦位相の画像は、スペックルコントラスト17%、信号対背景比68。回折限界の焦点(標準偏差0.27μm)を形成するフレネルレンズ型のフーリエピクセルでは、入力光から出力光への変換効率が波長500〜700nmの範囲で40%を超えた。窒化ケイ素の誘電体導波路モードを使ったフーリエピクセルも実証しており、銀のプラズモニクスだけでなくフォトニック集積回路への展開も視野に入る。

ETHチューリッヒのロゴを赤・緑・青の3色で投影する実験では、3つの波長に対応する正弦波を1つの入力格子に重ね合わせて同時入力した。カメラ上のEの文字はおよそ1ミリメートル。

光を出すだけではない。

偏光制御では、直交する2つの回折格子から異なる偏光のプラズモン波を同時に発生させ、フーリエ素子上で干渉させることで、空間的に変化する偏光パターンを持つベクトルビームを生成した。偏光多重化も実現している。直交偏光に別々の画像を符号化して、検出側の偏光子の角度に応じて一方の画像だけを取り出せる。

検出では、2つの対向する回折格子から入射した光の位相差を、干渉パターンの節の位置から読み取る位相センサーを実証した。測定精度はレーザー光源自体の揺らぎ(0.07度相当)に制限されるほどで、素子の感度はそれを上回る。偏光検出では、全ストークスパラメータ(光の偏光状態を完全に記述する4つの量)を1つのフーリエピクセルで同時に取得することに成功した。

最終段階で、これらの機能をすべて重ねた。振幅・位相・偏光を同時に検出する多機能フーリエピクセルを、30×30μmから10×10μmまでの面積で実現した。複数のフーリエ素子の表面形状をフーリエ解析の加法性を利用して重畳し、1つの素子に統合している。機能間のクロストーク(不要な相互干渉)は、目的の出力に対して10万分の1以下だと推定されている。

「カメラ・ディスプレイ」への道筋

フーリエピクセルの短期的な目標は、多数のピクセルを並べたマトリクスの実現だと、ノリス氏はETHチューリッヒの発表で述べている。論文の補足データには2×3配列の10×10μmフーリエピクセル(全視野センサー)の走査型電子顕微鏡画像が掲載されている。表面積の約96%を有効領域(回折格子32%、フーリエ素子64%)として使い、1平方センチメートルあたり約100万ピクセルの密度が見込めるという。

コンピュータを介さない「双方向」動作の原理実証もある。検出した光の情報から、そのまま光パターンを出力する。入射光の位相を検出してフーリエ平面に結果を投影しながら、同時に中間面に焦点を形成する。焦点位置は入射光の位相に依存するため、検出結果から焦点位置を予測・補正できる。

論文からは読み取れない課題もある。現状のフーリエピクセルは特定の波長に設計されており、広帯域の動作には異なる波長用のピクセルを並べる必要がある。また素子自体は静的な構造で、出力を動的に変えるには入力光の位相をSLM(空間光変調器)で制御するか、チューナブル材料や非線形材料を組み込む必要がある。論文はその可能性をSLMによる偏光状態の切り替えと焦点位置の移動で実証しているが、材料の統合は今後の課題だ。

特許が出願済みで、ETHチューリッヒの2026年スパークアワードにもノミネートされている。

カメラを消す技術

フーリエピクセルが実用化されたら何が変わるか。ディスプレイのすべてのピクセルが同時にカメラセンサーとして機能する。画面全体がセンサーになる。

スマートフォンのノッチやパンチホールカメラは、画面の中にセンサーを埋め込むための苦肉の策だった。画面下カメラも登場しているが、ディスプレイとセンサーはあくまで別の素子で、画質と表示品質のトレードオフがつきまとう。フーリエピクセルは、その二項対立を原理レベルで解消する。表示と撮影が1つの素子で同時に成立する。

応用先はスマートフォンに限らない。論文はホログラフィックディスプレイ、適応光学、光通信、量子情報処理を挙げている。ホログラフィックディスプレイでは、従来の位相のみの空間光変調器と違い、振幅・位相・偏光を同時に制御でき、より忠実な3次元映像を再現できる。適応光学では、望遠鏡や顕微鏡が大気擾乱や試料の収差をリアルタイムで検出・補正する素子になりうる。

2020年に同じグループが発表した「光学フーリエ表面」は、ナノメートル精度の波打ち構造をどう加工するかという製造技術の問題を解いた。今回のフーリエピクセルは、その加工技術を使い、任意の光波面を設計できるようにした。原理の段階だが、製造から設計理論まで一貫した基盤がすでにある。

参照元:Fourier pixels for bidirectional light control

他参照:A new type of pixel

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