Mesa最大の貢献者がAMDを離れValveへ

AMDのLinuxグラフィックスドライバを長年支えてきた開発者が、勤務先をValveに変えていた。プロフィールの小さな更新がそれを物語る。AMDが手放したものの大きさを、本人より周囲のほうが先に理解しているのかもしれない。

Mesa最大の貢献者がAMDを離れValveへ

AMDのLinuxグラフィックスドライバを長年支えてきた開発者が、勤務先をValveに変えていた。プロフィールの小さな更新がそれを物語る。AMDが手放したものの大きさを、本人より周囲のほうが先に理解しているのかもしれない。


プロフィール欄に書かれた「Self-employed (Valve)」

マレク・オルシャーク(Marek Olšák)の勤務先が変わっていた。長年AMDで働いてきた、Mesaの世界では知らない者がいないドライバ開発者だ。

きっかけは派手な発表ではない。FreeDesktop.orgのGitLab上にある本人のプロフィール欄が、いつの間にか「Self-employed」、つまりValve所属の自営という表示に書き換わっていた。それを目ざとい読者が見つけた。十数年AMDで第一線を走ってきた人物の所属が、こんな静かな形で変わる。

オルシャークが何をしてきた人物かを知ると、この一行の重みが見えてくる。彼はAMDのMesaコード、とくにRadeon向けのGallium3Dドライバで中心的な役割を担ってきた。Mesaは、LinuxでAMDやIntelのGPUを動かすための土台となるソフトウェアだ。ゲームが描画される裏側で、毎フレーム働いている。

Mesaへのコミット数の累計で見れば、オルシャークはプロジェクトの歴史で上位に入る開発者だ。2018年から2020年にかけて、Mesa全体のコミットのおよそ1割が彼の手によるものだった。

数字だけ見ると一人の生産量に驚く。ただ本当に評価されているのは量ではない。彼のパッチは一つひとつが大きな意味を持つ。それが何百件も積み上がってきた。

「Valveに行った」がなぜニュースになるのか

所属が一つ変わっただけ、と片づけられない理由がここにある。

オルシャークがAMDを離れたこと自体は、転職としてはありふれている。引っかかるのは行き先だ。彼が向かったのは、Linuxのグラフィックスドライバ開発でいま最も存在感のある集団、つまりValveだった。

Valveには、すでにLinux向けグラフィックスドライバを専門に手がけるチームがある。AMDのGPU向けVulkanドライバ「RADV」を支えるサミュエル・ピトワゼ(Samuel Pitoiset)や、十年以上前の古いRadeonをLinuxで現役に保つ作業を続けるティムール・クリストフ(Timur Kristóf)が、その中心にいる。オルシャークはこの顔ぶれに加わる。

MesaのAMD向けドライバを支える主要開発者と所属
開発者 主な担当領域 所属
マレク・
オルシャーク
RadeonSIと
Gallium3DOpenGL系ドライバの土台
Valve長年AMD、
最近移籍
サミュエル・
ピトワゼ
RADVAMD向けVulkanドライバ Valve
ティムール・
クリストフ
RADVと
古いRadeonの
救済十年以上前のGPU対応
Valve
※ オルシャークの移籍はFreeDesktop.orgのプロフィール更新で判明したもの。各人物の担当領域は記事中で言及した主な作業範囲を整理した。

ここで一つの逆転が起きる。これまでMesaの開発記録は、AMDとValveが並んで上位を占めてきた。最も手を動かす一人がValve側に移ることで、その記録はValveに関係する人物で埋まっていく。AMDのオープンソースドライバを、AMD社員ではない人々が前に進める割合が増える。

Mesaの開発において、Valveから給料を受け取る人物の比重が一段と高まる。AMDのドライバなのに、その主役がAMDの外に集まっていく。

オープンソースの世界では珍しい話ではない。コードは誰のものでもなく、書く人がどこから給料をもらっているかは表面に出ない。だが、これだけの実績を持つ開発者の所属が動けば、業界の力関係を映す出来事になる。

Valveがここまで投資する理由

なぜValveがLinuxドライバにこれほど人を割くのか。理由ははっきりしている。

ValveはSteam Deckという携帯ゲーム機を売っている。後継となる据え置き機Steam Machineも控えている。どちらもAMDの専用チップを積み、Linuxベースのシステムで動く。ドライバの出来が、そのまま製品の体験を決める。だからValveにとってLinuxのグラフィックスドライバは、自社製品の一部だ。他社任せにはできない。

その投資の成果は、すでに目に見える形で出ている。Valveのチームは、メーカーが見放した古いハードウェアにも手を入れてきた。十年以上前のRadeonをいまのドライバで動かし、ゲーム中のフリーズを一つずつ潰す。新しい製品を売る会社が、これだけ古い世代の面倒を見るのは珍しい。

オルシャークがValveで何をするかは、まだ本人の口からは語られていない。おそらくこれまでと同じく、MesaとAMD向けドライバのコードに向き合う日々が続くのだろう。違うのは給料の出どころだけ、という見方もできる。

Valveのチームは、NVIDIAのDLSSをオープンソースのNVKドライバで動かすところまで踏み込んできた。古いハードを生かし、新しい機能を取り込む。その守備範囲は広い。

仕事の中身が変わらないなら、利用者にとっては悪い話ではない。むしろValveという後ろ盾を得て、彼の手がける改善がより腰を据えて進む可能性がある。

ドライバの担い手が一企業に寄っていく

ここまでは前向きな面だ。ただ、別の角度から見ておきたいことがある。

オープンソースのドライバは、本来いろいろな立場の人が支えることで健全さを保つ。ハードウェアメーカー、ゲーム会社、個人の貢献者。担い手が分散しているほど、一社の方針に振り回されにくい。

AMDのLinuxドライバを動かす中心人物が、AMDからValveへ、さらにValve周辺の開発者が上位を占めていく。これは見ようによっては、特定の一社への集中だ。Valveがゲームに強い関心を持つ会社である以上、ゲーム向けの最適化が優先されやすい流れも生まれる。

もちろん、いまのValveのチームは古いハードの救済まで丁寧に進めていて、その懸念は現時点では杞憂に近い。それでも、担い手の偏りそのものは記録しておく価値がある。誰が支えているかは、そのソフトウェアがこれからどこへ向かうかを左右するからだ。

長年AMDの名前を背負ってコードを書いてきた開発者が、プロフィールの一行を書き換えた。Linuxのグラフィックスを誰が前に進めるのか。その問いの答えが、また少し動いた。


参照元

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