東京エレクトロン、中国事業トップが競合スタートアップに出資

中国事業を20年以上率いてきた幹部が、自らの家族系投資ビークルを通じて中国の競合チップ装置スタートアップに資金を投じていた。FTが27日に伝えた内容は、装置産業の最前線で何が起きているかを伝えるものになっている。

東京エレクトロン、中国事業トップが競合スタートアップに出資

中国事業を20年以上率いてきた幹部が、自らの家族系投資ビークルを通じて中国の競合チップ装置スタートアップに資金を投じていた。FTが27日に伝えた内容は、装置産業の最前線で何が起きているかを伝えるものになっている。


中国事業を20年率いた人物が、競合の出資者だった

世界トップクラスの半導体製造装置メーカーである東京エレクトロンが、中国事業を長年率いてきたベテラン幹部 Jay Chen 氏(ジェイ・チェン)との関係を断ち切った。Financial Timesが27日に報じ、ロイターも追随した。

Chen氏は東京エレクトロン上海有限公司の社長兼COOを務め、中国本土事業全体を統括していた人物だ。Intel出身で半導体業界に20年以上の経歴を持ち、中国が国家戦略として半導体自給率の引き上げを進めた時期に、東京エレクトロンの中国ビジネス拡大の中心にいた。

問題は、その人物が個人として何をしていたかだ。家族関連の投資ビークルを通じて、東京エレクトロンの中国における競合となる新興スタートアップに資金を投じていた、というのがFTの報道の骨子である。

東京エレクトロンは2024年末に投資関係を把握し、2025年初に交代を実施。その後しばらくは特別顧問として残したものの、契約期間の満了とともに完全に縁を切った。中国事業の顔だった人物が、 特別顧問 という宙ぶらりんの肩書きを経て、表舞台から退場していった経緯になる。

出資先は装置の「サービス会社」から「競合メーカー」に変身していた

FTが追跡した投資先のひとつが、蘇州WST半導体技術(Suzhou WST Semiconductor Technology)だ。WSTは当初、東京エレクトロンの装置の保守サービスを手がける会社として始まった。つまり東京エレクトロンの製品を客先で支える「下流」の存在だった。

ところが規制当局への届出によると、WSTは2022年から「クリーントラック」装置のプロトタイプ開発に取り組み始めている。クリーントラックとは、半導体露光工程で使うコータ・デベロッパ系の装置のこと。これは東京エレクトロンが世界シェア約9割を握っている、 本丸の領域 だ。

サービス会社が客の装置をコピーし始めるという展開は、半導体業界では珍しい話ではない。問題は、その出資者リストに自社の中国事業トップの家族系ファンドが入っていたという事実のほうにある。

FTの報道によれば、Chen氏は別のスタートアップ「Britech半導体装置」とも関係を持っていた。Britechもまた東京エレクトロンが大きなシェアを持つ装置領域で事業を展開している。投資家向け資料には、Chen氏の東京エレクトロン内のポジションが業界ネットワークや現地での制度的支援へのアクセスという「戦略的優位」をもたらすと示唆する記述があったという。

「現職幹部の人脈が新興企業の競争優位として組み込まれている」という構造は、利益相反として深刻だ。

中国の「次の東京エレクトロン」戦略と、内側から動く資金の流れ

この話を一企業のガバナンス事故として片付けるのは、たぶん間違っている。背景にある中国の長期戦略を見たほうが構図がはっきりする。

2019年、中国の国家集積回路産業投資基金のマネジャーは業界サミットでこう宣言したと報じられている。「将来のアプライドマテリアルズや東京エレクトロンを育てる」。中国製造2025で掲げた半導体自給率の引き上げ目標と一体の方針だ。露光装置のASML、コータ・デベロッパの東京エレクトロンといった「動かしがたい外国の急所」を国産で置き換えることが、ずっと 国家規模の課題 として言語化されてきた。

東京エレクトロンの売上に占める中国比率は、米下院特別委員会の調査で 44% と報告されている。東京エレクトロン自身の決算でも、2024年3月期の中国向け比率は44%。Chen氏が中国事業を率いていたのは、まさにこの「中国売上が会社の屋台骨を支えていた時期」と重なる。装置は売れる。一方で、その装置をいずれ置き換えようとする勢力が、装置を売っている本人の足元で資金を調達していた。「装置を買う側」と「装置を作る側」が、人脈・資本・情報のレベルで滑らかにつながっていく構造は、中国市場で長くビジネスをすればするほど解きほぐしにくくなる。

東京エレクトロンは「現時点で技術データの政府報告義務が生じるような流出は確認していない」とし、市場ポジションへの影響もないと表明している。実際にFTも、Chen氏のケースで具体的な技術文書の流出を裏付ける記述はしていない。あくまで投資関係と利益相反の問題だ。

ただし、技術文書がコピーされていなくても「人と関係性」が流出していれば、それは中国の競合にとって十分な追い風になる。装置産業のような長い販売・保守サイクルでは、誰が誰を信用しているか、どの工場で誰がキーマンか、という暗黙知の重みが大きい。

同じ日に、別の事件の判決も出た

奇妙な符合もある。FTのChen氏報道と同じ27日、台湾の知的財産・商業裁判所は別の東京エレクトロン関連事件で判決を下した。

TSMC2ナノメートル世代の機密情報が不正取得された事件で、東京エレクトロン台湾子会社の元従業員(Chen氏とは別人)に懲役10年の判決が言い渡された。子会社自体にも執行猶予3年付きで罰金1億5000万台湾ドル(約7億6000万円)が科され、TSMC側への1億台湾ドル、台湾当局への5000万台湾ドルの支払いが条件として命じられている。日本経済新聞が同日報じた。

中国本土の競合に出資していたとされる中国事業トップの離脱。台湾子会社の元従業員によるTSMC機密データの域外流出未遂判決。被告も内容も別物だが、同じ会社の名前が地政学の最前線で同じ日に二度叩かれた事実は、装置産業のリスクの輪郭をはっきりと示した。

両ケースとも「装置メーカー本体の技術文書が直接流出した」というより、「装置メーカーを取り巻く人と顧客の網目から、競合に有利な情報や関係が漏れていく」という形をしている。装置を作る企業にとって、最も守りにくいのはこの種のリスクかもしれない。

装置を売り続ける限り、人と資本の網目はつながる

経済安全保障の専門家がFTに語ったとされるコメントの趣旨は明快だ。インサイダーリスクとガバナンスをこれまで以上に真剣に扱わなければならない時期に来ている、というものである。半導体のような戦略物資のサプライチェーンでは、各国政府が技術的自立を進めるほど、企業の側でも内部リスクへの感度を上げる必要が出てくる。

日本、米国、欧州が半導体輸出規制を締め上げ、中国が国産化を加速させる、という二重の流れが続く限り、装置メーカーの中国事業は「市場としては魅力的、リスクとしては膨張中」という綱渡りを続けることになる。とくに東京エレクトロンのように売上の半分近くを中国に依存している企業では、撤退も縮小も簡単な話ではない。

Chen氏、関係企業、関係する個人は、コメント要請に応じていないとFTは伝えている。

中国事業を率いてきた人物が、これだけ静かに去っていく。装置産業の足元で何が動き始めているのか、想像力をかきたてられる退場劇だ。


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