Anthropicが「Claude Science」発表。自社創薬も開始

Anthropicが「Claude Science」発表。自社創薬も開始

Claude Codeがソフトウェア開発の現場を変えたように、今度は実験室を変える。Anthropicが現地時間6月30日に発表したClaude Scienceは、その意志を製品にしたものだ。新しいAIモデルではない。60以上の科学データベースと接続し、ゲノミクスからタンパク質構造解析、化学情報学まで、研究者が日常的に使うツールを一つの環境に統合するワークベンチだ。同時にAnthropicは、従来の製薬企業が手を出さない「顧みられない疾患」に焦点を当てた自社の前臨床プログラムの開始も明らかにした。


Claude Codeの次はClaude Science

Anthropicは2025年10月にClaude for Life Sciencesを公開し、Claudeを生命科学のタスクに最適化する取り組みを始めていた。今回のClaude Scienceは、その延長線上にある専用ワークベンチという位置づけになる。

研究者の日常は断片化している。PubMedで論文を検索し、Jupyterでコードを書き、Rで統計処理を行い、HPCクラスターにジョブを投入し、結果をまた別のツールで可視化する。Claude Scienceが狙っているのは、この往復そのものの解消だ。

中核にあるのはメインのAIアシスタントで、研究全体のプロジェクトマネージャーとして機能する。ゲノミクス、プロテオミクス、構造生物学、化学情報学といった分野ごとに事前構築されたツールキットを備え、必要に応じてサブエージェントを生成して作業を分担する。ユーザーが独自に構築した「エキスパート」エージェントに作業を引き渡すこともできる。引用と計算をチェックするレビュアーエージェントが別に走り、出力の正確性を検証する。

再現性の設計が、このワークベンチの性格を決めている。Claude Scienceが生成する図表(3Dタンパク質構造、ゲノムブラウザトラック、化学構造式など)には、それを生成したコードと実行環境、平易な生成手順の説明、メッセージ履歴の全文が付随する。研究者は自然言語で図の修正を指示でき、エージェントが自らのコードを書き換える。数カ月後に結果を検証する際にも、入力から出力までの過程を追跡できる。

もう一つの設計判断として、計算処理を研究室のインフラで実行する仕組みがある。macOSやLinux上でローカルに動作し、SSH経由でHPCクラスターに接続するか、Modal経由でオンデマンドGPUを使うかを選べる。大規模な機密データをAnthropicのサーバーに送る必要がなく、分析の各ステップに必要なコンテキストだけがClaudeに送られる。

NVIDIAのBioNeMo Agent Toolkitとの統合も発表された。Evo 2、Boltz-2、OpenFold3といったBioNeMoのライフサイエンスモデルにClaude Scienceからネイティブに接続できる。NVIDIAは1週間前のBIO USA 2026でこのツールキットを発表しており、AnthropicとOpenAIの両方が統合パートナーとして名を連ねている。

自ら創薬に乗り出す

Claude Scienceの発表と並んで、もう一つ見落とせない動きがあった。Anthropicのライフサイエンス責任者エリック・コーデラー・エイブラムス(Eric Kauderer-Abrams)氏がイベントで、自社の前臨床創薬プログラムの開始を明らかにしたのだ。

対象は、従来の製薬・バイオテクノロジー企業が商業的に魅力がないと判断してきた「顧みられない疾患」だ。ライフサイエンスパートナーシップ責任者のジョナ・クール(Jonah Cool)氏は、この取り組みをClaude Scienceの顧客である製薬企業と「並走する」ものとして位置づけた。

AI企業が自ら創薬に踏み込む意味は大きい。顧客に売るツールの実証実験を、自社の研究で回す。ツールを改良しながら疾患を研究し、研究の知見がツールに還る。Anthropicのダリオ・アモデイ(Dario Amodei)CEOは、Claude Codeがプログラミング産業を根本から変えたように、Claude Scienceが生命科学にも同じことをもたらすと述べた。

ただし、AIモデルが研究初期段階の仮説生成や実験設計を高速化できたとしても、その先にある前臨床試験、臨床試験、規制承認という長大なパイプラインが短縮されるわけではない。AnthropicがIPOを控え、製薬産業を新たな収益源にしようとしていることは確かだが、自社創薬の成果が見えるには年単位の時間がかかる。

三社三様の生命科学戦略

生命科学AIをめぐり、Anthropic、OpenAI、Google DeepMindが異なる方向から同じ市場を狙っている。

OpenAIは4月にGPT-Rosalindを発表し、6月には2回目のアップデートを行った。こちらは生物学的推論に特化した専用モデルを訓練するアプローチだ。GPT-5.5のエージェント能力を基盤にしつつ、創薬化学やゲノミクスの領域で汎用モデルを上回る精度を実現している。ただしアクセスは厳格なトラステッドアクセスプログラムを通じた審査制で、アムジェン、モデルナ、サーモフィッシャー、アレン研究所、ノボ ノルディスクなどが早期パートナーとして参加している。

Anthropicのアプローチは対照的だ。専用モデルを作るのではなく、既存のClaudeモデル(Claude Opus 4.8を含む)をそのまま使い、ワークフロー全体を統合するプラットフォームで勝負する。Pro、Max、Team、Enterpriseのいずれかのサブスクリプションがあればベータ版を使える。審査は不要だ。

Google DeepMindはさらに異なる位置にいる。AlphaFoldやAlphaGenomeといった、科学そのものを前進させた基盤モデルを自社で持っている。これは他の二社がツールとして呼び出すことしかできない資産だ。190カ国以上の300万人を超える研究者がAlphaFoldを使っており、AlphaGenomeは160カ国の約3000人の研究者が毎日約100万件のリクエストを送っている。

生命科学AI 三社のアプローチ比較
AnthropicOpenAIGoogle DeepMind
製品Claude ScienceGPT-RosalindAlphaFold / AlphaGenome
方針ワークフロー統合専用モデル開発基盤科学モデル
モデル既存Claude(Opus 4.8含む)GPT-5.5ベースの専用チューニング自社開発の構造予測モデル
利用条件Pro / Max / Team / Enterprise審査制(トラステッドアクセス)研究者に無料公開
顧客例ノボ ノルディスク、アレン研究所アムジェン、モデルナ、ノボ ノルディスク190カ国以上、300万人超が利用
※Anthropicは新規AIモデルではなく、既存モデルと60以上の科学データベースを統合するワークベンチとして設計。OpenAIは生物学的推論に特化した専用モデルを提供。Google DeepMindはタンパク質構造予測・DNA機能予測の基盤モデルを自社開発し無料公開

整理すると、OpenAIは「専用モデル+ゲート型アクセス」、Anthropicは「汎用モデル+統合ワークフロー+オープンアクセス」、Google DeepMindは「自社開発の基盤科学モデル+プラットフォーム」だ。どのアプローチが科学研究を最も加速させるかは、まだ答えが出ていない。

研究者はどう使っているか

ベータテストの段階で、複数の研究機関がClaude Scienceを実際の研究に組み込んでいる。

グラッドストーン研究所のショーン・ウェイレン(Sean Whalen)氏(機械学習・機能ゲノミクスの主任研究員)は、Claude Scienceを使って数日でゲノムブラウザをゼロから構築した。

アレン研究所の神経科学者ジェローム・ルコック(Jérôme Lecoq)氏の使い方はさらに踏み込んでいる。約20のカスタムスキルで構成されるマルチエージェントの計算レビューテンプレートを構築し、サブエージェントに数千の論文を読ませて中心的な主張と定量的知見を抽出、エビデンスデータベースに格納させた。そこから各セクションを専門のサブエージェントに委任しながらレビュー論文を組み上げていく。従来2年を要していた執筆が、100ページを超える品質で産出されるようになったという。

ノボ ノルディスクとアレン研究所は顧客事例として名前が挙がっている。両社はOpenAIのGPT-Rosalindにも早期パートナーとして参加しており、製薬企業が複数のAIベンダーを同時に使い分ける時代に入っている。

50件の研究プロジェクトに最大3万ドル

Anthropicは最大50件のClaude Science研究プロジェクトを支援し、各プロジェクトに最大3万ドル(約480万円)のクレジットを提供する。Modalも一部のプロジェクトに最大2000ドルのコンピュート資源を提供する。生物医学研究を中心に、応募は2026年7月15日まで受け付け、採択通知は7月31日、プロジェクト実施期間は9月1日から12月1日までとなる。

Anthropicはチャットボットの会社から、特定産業の研究基盤を提供する企業へと変わろうとしている。Claude Codeでソフトウェア開発の基盤を握ったように、Claude Scienceで生命科学の同じ位置を取りに行く。IPOを控えた収益多角化の戦略であると同時に、AIの便益を科学の現場に届ける試みでもある。自社創薬プログラムの発表は、その本気度を示すものだろう。

ただし、一つ見逃せない事実がある。Claude Scienceの出力を検証するレビュアーエージェントは、結局同じClaudeモデルで動いている。独立した検証源ではない。研究者がこのツールをどこまで信頼し、どこで自らの判断を差し挟むか。その線引きの精度が、Claude Scienceの実際の価値を決めることになる。

参照元:Claude Science, an AI workbench for scientists

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