Cloudflare、AIエージェント専用ブラウザを12週間で開発

Chromiumを使わず、Rustで書かれた軽量ブラウザが登場した。人のためのウェブを支えてきたインフラ企業が、機械のためのウェブに舵を切り始めている。

Cloudflare、AIエージェント専用ブラウザを12週間で開発

Chromiumを使わず、Rustで書かれた軽量ブラウザが登場した。人のためのウェブを支えてきたインフラ企業が、機械のためのウェブに舵を切り始めている。


ブラウザを作り直す理由

ブラウザは30年間、人のために作られてきた。タブがあり、テーマがあり、拡張機能がある。60fpsで滑らかにスクロールし、1ピクセルのずれも許さない。

AIエージェントは、そのどれも必要としない。

Cloudflareが現地時間8月6日に発表したKitesurfは、AIエージェントだけを想定して設計されたブラウザだ。コンテキストウィンドウの管理、トークンコストの削減、大量セッションの同時処理。エージェントが求めるものに特化し、人のための機能をすべて捨てた。

背景には、同社が直前の決算で明かした現実がある。2026年5月時点で、Cloudflareのネットワーク上では機械のトラフィックが人のトラフィックを上回った。予測より18か月早い逆転だった。ブラウザの用途が変わったのではない。ブラウザを使う主体が変わった。

Chromiumの重さという壁

現在、AIエージェントがウェブを巡回するとき、裏ではChromiumが動いている。フォームに入力し、スクリーンショットを撮り、HTMLを抽出する。だがChromiumは1セッションあたり271MiBのメモリを消費する。エージェントを1台動かすたびに、人がウェブを閲覧するのと同じだけのリソースを食う。

数百、数千のエージェントを同時に走らせれば、コストはそのまま跳ね上がる。Cloudflareの公式ベンチマーク(14のURLを対象とした中央値)によれば、KitesurfのメモリはChromiumの7分の1(HTML抽出時39.4MiB対273.7MiB)、CPUは約4分の1にとどまる。

Kitesurf vs Chromium ベンチマーク比較
KitesurfChromium
CPU(Kitesurfが3〜4倍少ない)
画面撮影380ms1173ms
HTML抽出229ms877ms
メモリ(Kitesurfが5〜7倍少ない)
画面撮影57.8MiB271.0MiB
HTML抽出39.4MiB273.7MiB
実時間(Chromiumが1.7〜1.8倍速い)
画面撮影1148ms637ms
HTML抽出820ms472ms
※14のURLを対象とした5回実行の中央値。Chromiumはウォームプール使用時

ただし、実時間ではChromiumの方が約1.7倍速い。JITコンパイラが温まった状態のChromiumに、コールドスタートのソフトウェアレンダラが勝てないのは道理だ。Cloudflareは、課金に直結するのはCPUとメモリであり、実時間のギャップは今後縮めていくとしている。

Firefoxの遺伝子、Rustの血統

Kitesurfは、既存のオープンソースプロジェクトを組み合わせて作られている。

CSSの解析にはFirefoxのCSSエンジンStyloを使う。Mozillaが主導したServoプロジェクトから生まれたRust製のスタイルエンジンで、Firefox 57(2017年)以降、Firefoxの本番環境で使われている。HTMLの解析とレイアウトにはBlitzというRust製のモジュラーレンダリングエンジンを採用した。

JavaScriptの実行はCloudflare WorkersのV8アイソレート(隔離された実行環境)内で行うが、evalの処理にはBoa JSというRust製のECMAScriptエンジンを間に挟んでいる。Workersのセキュリティモデルがevalをネイティブにサポートしていないための回避策で、ランタイムの上にもう一つランタイムを載せる構造になる。最適ではないと自ら認めているが、現時点では動いている。

開発の起点となったのは、ObscuraというRust製のヘッドレスブラウザだ。ChromeもNode.jsも使わず、単一バイナリで動く。Cloudflareはこれに着目し、AIエージェントの助けを借りてWorkersへ移植する概念実証を行った。ここから12週間でベータ公開にこぎ着けた。

「12週間」の内実

12週間という開発速度について、Cloudflareは公式ブログで率直に語っている。

AIエージェントを開発プロセスそのものに組み込んだ。Web Platform Tests(WPT)という、W3C標準への準拠を測定する大規模なテストスイートをゴールポストに据え、実装する機能の選定と優先順位は人が決めた。実際のコーディングはエージェントに委ね、人はアーキテクチャの設計とレビューに集中した。

現時点でKitesurfは21万5000件以上のWPTを通過しており、毎週数百件のペースで増えている。TodoMVC、Wikipedia、Hacker News、Cloudflareのブログとダッシュボードの大部分を正しく描画できるという。

一方で、動画再生、WebGL、ボット検出回避のためのTLSフィンガープリント、永続的な認証セッションには対応していない。複雑なサイトにはChromiumが依然として必要で、Cloudflareは「Kitesurfは本番環境の隣に置くもの」と位置づけている。

Cloudflareのインフラ戦略の中で

KitesurfはCloudflare Workers上で完全に動作する。エンジンもレンダラもDOMもすべてWorkersのV8アイソレート内に収まり、各コンポーネントはRPC(リモート手続き呼び出し)で連携する。セッションごとに隔離され、タスクが終われば破棄される。状態を持たない。

この設計は、Cloudflareが進めてきたエージェント向けインフラ整備の延長線上にある。同社は2026年4月のAgents Weekで、エージェント用メモリ、バージョン管理されたファイルシステム、サンドボックス実行環境など18の製品を発表した。8月のAgents Week第2弾でKitesurfが加わった。ブラウザというレイヤーまでWorkers上に載せたことで、エージェントの閲覧から操作までがCloudflareのインフラ上で完結する。

既存のPuppeteerやPlaywrightからの移行はbrowser=kitesurfというパラメータを1つ追加するだけで済む。ベータ期間中は無料で、オープンソース化も予定している。

人のブラウザ、機械のブラウザ

ブラウザの歴史で、特定の用途に合わせてエンジンを一から作り直した例は少ない。どのブラウザでも同じページが見えることを前提に、ウェブは発展してきた。

Kitesurfは、その前提を静かに外す。機械がウェブを使うなら、機械のためのブラウザがあっていい。論理としては正しい。だがその先にあるのは、機械に最適化されたウェブが、人にとっても住みやすい場所であり続けるかという疑問だ。

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