マスクのOpenAI訴訟、自身のXに崩される証言台

マスクのOpenAI訴訟、自身のXに崩される証言台
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法廷に立ったイーロン・マスクは「OpenAIは慈善を盗んだ」と訴えるはずだった。しかし反対尋問で自分が過去にXへ書いたテスラとAGIの宣言が突きつけられ、看板の主張が宙に浮く展開になった。


「テスラはAGIを追っていない」と証言した直後に

カリフォルニア州オークランドの連邦地裁で4月29日、イーロン・マスク(Elon Musk)はOpenAIサム・アルトマンSam Altman)を相手取った訴訟の証言台に立った。マスクの主張は単純で、アルトマンとグレッグ・ブロックマンGreg Brockman)にだまされて非営利団体を支援したのに、その器を使って営利会社が組み上げられ、慈善が「盗まれた」というものだ。

ところが反対尋問の流れは、マスク本人の言葉で揺さぶられていった。

OpenAIの代理人であるウィリアム・サビット(William Savitt)は、マスクが午前中の証言で「テスラはAGI(汎用人工知能、人間と同等の知的タスクをこなせるAI)を追求していない」と述べたことに対し、わずか数週間前にマスク自身がXへ投稿した文章を法廷のスクリーンに映し出した。そこには「テスラはAGIを作る企業の一つになる。おそらくヒューマノイドや原子を組み替える形では一番乗りになる」と書かれていた。マスクは譲らず、現在はAGIを追っていないと言い切った。

テスラの株主は、この食い違いを覚えておいた方がいい。証言台での「追っていない」とXでの「一番乗りになる」が両立しないなら、どちらかが投資家への発信として空振りしていることになる。

過去のXポストに縛られたのは、これだけではない。

寄付額1億ドルの主張と、実際の3800万ドル

サビットは、2023年3月にマスクがXへ投稿した「OpenAIに1億ドル(約160億円)を寄付した」という発言にも触れた。実際にOpenAIへ振り込まれた額は約3800万ドル(約61億円)だ。マスクは差額について、自分の評判やネットワークが補っていると応じた。Xでの発言が法廷で照合されるという構図そのものが、この訴訟の縮図に見える。

マスクは午前の証言の冒頭で、OpenAIが非営利として立ち上がったことで「道徳的な高み」を得たのに、後から営利モデルへ切り替えて「いいとこ取り」をしようとしていると主張していた。だがサビットの反対尋問は、マスク自身も2016年の時点で営利化を議論し、2017年には自分が過半数の持ち分を握る形での営利版OpenAIを構想していたことを引き出していく。

マスクが構想した営利化は、自分が支配する形で実現するはずだった。それが頓挫した後、彼は定期的な寄付を止めた。一方で2020年までオフィスの賃料は払い続けていた。

「いいとこ取り」を批判する側が、過去にもっと露骨ないいとこ取りを構想していた事実を突きつけられる。陪審に向けた物語としては、明らかに重い荷物だ。

マスクの「Xでの発言」と「法廷での証言」の食い違い
論点 Xでの発言 法廷での証言
テスラとAGI テスラはAGIを作る企業の一つになる テスラは
AGIを
追求していない
OpenAIへの寄付額 1億ドル
(約160億円)
3800万ドル
(約61億円)
AI安全リスク OpenAIの営利転換は
安全性を損なう
xAIも
同じリスクを抱える
と認める
※ 法廷でのやりとりは2026年4月29日、米カリフォルニア州オークランド連邦地裁での反対尋問より。

安全性の議論で、マスクは自社にも刃を向けることになった

マスクの訴えのもう一つの柱は、「OpenAIが営利企業に転換すれば、安全性への注力が薄れる」というものだ。これは社会的な公益を盾にした主張で、技術系の訴訟では強い武器になる。

ところがサビットはここでも、マスクに自分の口で答えさせた。すべてのAI企業が同じリスクを抱えているのではないか、という問いに、マスクは認めた。自社のxAIも例外ではないことを認めた瞬間、「OpenAIだけが危険」という構図は成立しなくなる。

イボンヌ・ゴンザレス・ロジャース(Yvonne Gonzalez Rogers)判事はこのやり取りを途中で止めたが、審理後の協議で再開を認める姿勢を示した。ただし制限付きだ。マスク側の弁護人がカナダ・タンブラー・リッジ(Tumbler Ridge)の銃撃事件に絡めてChatGPTを取り上げようとした件について、判事は「AIが起こしたスキャンダル」を法廷で扱うつもりはないと明言した。

タンブラー・リッジ銃撃事件は2026年2月、ブリティッシュ・コロンビア州の高校で起きた。容疑者の少女がChatGPTと事前に長い対話を重ねていたとされ、被害者遺族は4月29日にOpenAIとアルトマンを過失で提訴している。

判事が線引きしたのは「個別の事件で揺さぶる戦術」であり、xAIとOpenAIそれぞれの安全への取り組みを比較する議論は許される。ここでも陪審の前に並ぶのは、マスクの会社とアルトマンの会社の、似たような構造だ。

サビットが用意した「マスクの過去」

反対尋問は、マスクの過去のメールや交渉記録を次々と引き出した。

OpenAIの取締役を退任する2018年の前後、マスクはテスラやニューラリンク(Neuralink)にOpenAIの社員を引き抜こうとしていた。後に自動運転チームを率いることになるアンドレイ・カルパシー(Andrej Karpathy)の移籍はその一例だ。マスクの長年の側近で、彼との間に4人の子をもうけたシヴォン・ジリス(Shivon Zilis)は、当時OpenAIの取締役を務めながら、イリヤ・サツケバー(Ilya Sutskever)をテスラに勧誘してはどうかとマスクに持ちかけていた。

ジリスが取締役会に在籍していた期間、OpenAIの後の資金調達のいくつかは取締役会の承認を経て進んだ。サビットは、マスクがそれらの取引について事前に相談を受け、反対しなかった、という構図を作りたがっている。

つまり、「だまされた」と訴える人物が、相手の組織の意思決定に近い場所から情報を得ていた。少なくとも書類の上では、そう読める形跡が積み上がっていく。

「だまされた」と訴える側が、自分でも進めていた営利化の道筋
2015年マスクの主張 アルトマンらと非営利団体としてOpenAIを共同創業。約3800万ドルを拠出。
2016年反対尋問の主張 マスク自身がOpenAIの営利化について議論を始める。
2017年反対尋問の主張 マスクが過半数の持ち分を握る形で、営利版OpenAIを設立する構想を進める。
2018年マスクの主張 支配権をめぐる対立で取締役を退任。同時期にテスラ・ニューラリンクへOpenAIの社員引き抜きを進める。
2019〜2020年反対尋問の主張 定期的な寄付は止めたが、2020年までOpenAIのオフィス賃料を支払い続ける。
2024年マスクの主張 「非営利の約束を破られた」としてOpenAIを提訴。最大1340億ドルの損害賠償を請求。
2026年4月反対尋問の主張 法廷でこれら過去の動きが順に提示される。
※ 「マスクの主張」は本人が公に語ってきた経緯、「反対尋問の主張」はOpenAI側弁護人が法廷で提示した事実関係を示す。

マスクは何のために法廷に来たのか

マスクが求めているのは、アルトマンとブロックマンをOpenAIの経営から外すこと、最近の営利化を巻き戻すこと、そして最大1340億ドル(約21兆4000億円)の損害賠償だ。賠償金は営利部門から非営利の親団体に支払わせる構図を要求している。

裁判は責任段階と損害段階の二段階に分かれ、9人の陪審は責任段階について評決を下す。ただしこの評決は判事への助言にとどまり、最終判断はゴンザレス・ロジャース判事が行う。

マスクは木曜にも証言台に戻る。続いて、家族財団のマネージャーであるジャレッド・バーチャル(Jared Birchall)、AI安全研究で知られるスチュアート・ラッセル(Stuart Russell)、そしてOpenAI社長のグレッグ・ブロックマン本人が証言を予定している。

マスクの主張の核は「投資家の利益が無制限ではなく、上限付きであるべきだった」というものだ。

マイクロソフトはOpenAI初期の出資で利益上限を受け入れていた。近年その枠が緩められたことが、マスクの怒りの源泉だと本人は語っている。

主張の重心は明快だ。だが、それを補強するはずだったマスクの来歴・発言・メールは、反対尋問のなかで、しばしば反対側の補強材料として使われた。

自分が書いたものと、自分が言いたいこと

法廷で起きたのは、AIをめぐる思想の対決ではなかった。一人の人物が長年Xに書き続けてきた言葉と、現在訴訟で言いたいことの整合性を、相手側の弁護人が一つずつ並べて検証していく作業だった。

マスクのXは彼の最大の発信装置だ。同時に、彼自身を縛る記録庫にもなっている。アルトマンの誠実さを問いに行った場で、マスク自身の言葉の一貫性が問われた。証言は木曜にも続く。


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