Google独占是正の矛先、最後の独立ブラウザに向く皮肉
独占を壊すための裁判が、独占に抵抗してきたFirefoxを先に壊しかねない。Googleの検索支配をめぐる反トラスト訴訟が、Firefoxの生命線を断つ方向に動いている。
独占を壊すための裁判が、独占に抵抗してきたFirefoxを先に壊しかねない。Googleの検索支配をめぐる反トラスト訴訟が、Firefoxの生命線を断つ方向に動いている。
司法省が控訴裁に求めた「たったひとつの修正」
米司法省(DOJ)が現地時間7月28日、ワシントンDC巡回控訴裁に144ページのブリーフを提出した。求めた内容は明快で、地裁のアミット・メータ(Amit Mehta)判事が下した判決をほぼ全面的に維持しつつ、デフォルト検索の支払い禁止だけを覆してほしい、というものだ。
Chrome売却もAndroid分離も、もう求めていない。ブリーフには一文だけ、こう書かれている。「原告は分離命令について控訴しない」。かつてインターネットの地図を書き換えかねないと騒がれた要求が、脚注にもならなかった。
代わりにDOJが狙うのは、Googleがブラウザやデバイスのデフォルト検索エンジンの座を買うために毎年支払っている巨額の資金を止めること。2021年の裁判証言で明らかになったその額は、年間263億ドル(約4兆2000億円)。大半はAppleに流れ、残りがMozillaやSamsung、通信キャリアに分配される。
DOJの主張はこうだ。メータ判事は独占契約の禁止やデータ共有を命じたが、Googleがデフォルトの座に対価を払い続ける限り、「圧倒的な資金力を持つGoogleを選ぶ以外の選択肢が配信パートナーにない状態は変わらない」。支払い禁止なしでは、他のすべての救済策が骨抜きになる。
DOJはブリーフの中で、AI検索サービスの台頭がGoogleの支配への潜在的脅威になりうると指摘し、「Googleが独占利益を使ってその脅威を潰す前に」支払い禁止を命じるべきだと主張している。
メータ判事が支払い禁止を拒んだ理由
話を少し戻す。この訴訟は2020年にDOJと複数の州がGoogleを提訴したところから始まった。Googleが検索のデフォルトの地位を買い占めることで独占を維持している、という訴えだ。
2024年8月、メータ判事はGoogleが検索市場で違法に独占を維持していたと認定した。そして2025年9月の救済措置判決で、Googleに対して6年間の排他的契約禁止と検索データの競合への共有を命じた。Chrome売却は「行き過ぎ」として却下。
そしてデフォルト検索の支払い禁止も、見送った。
理由は明確だった。メータ判事自身が判決文で、支払い禁止がなければ「配信パートナーはGoogleを選び続けるインセンティブが残り、エコシステムを変革に極めて抵抗的にしてきた力がそのまま残る」と認めている。支払い禁止が競争を促す可能性があることも認めている。
それでも禁止しなかったのは、下流への影響を恐れたからだ。AppleやMozillaといったパートナー企業が受ける打撃と、それが「関連市場」に波及するリスクを重く見た。予測はできないが、リスクがあるだけで「十分な理由になる」と判断した。
メータ判事はこう書いている。「競争が十分に回復しなければ、支払い禁止(またはそれに準ずる措置)を再検討する用意がある」
つまり、いまは見送るが、効かなければ後で考える、という立場だった。DOJはその「後」を待たず、控訴裁に「いま直せ」と求めている。
収益の85%を失うとき、Firefoxに何が起きるか
この訴訟の皮肉は、ここに集約される。
Googleの検索独占を是正するための裁判で、最も深刻な打撃を受けるのはGoogle自身ではなく、Googleの独占に対抗してきた最後の独立ブラウザ、Firefoxだ。
2025年5月の法廷証言で、Mozillaのエリック・ミュールハイム(Eric Muhlheim)CFOは数字を明かした。Firefoxの収益の約85%がGoogle依存で成り立っている。その金額は年間推定4億1000万〜4億2000万ドル。この収入が消えれば「下向きのスパイラル」、つまり投資の削減、品質の低下、ユーザーの流出という連鎖が始まる、と証言した。
Mozillaは2025年5月に法廷に意見書を提出し、支払い禁止は「Mozillaや他の独立ブラウザ開発者をブラウザおよびブラウザエンジン市場から撤退させる可能性がある」と訴えた。2026年8月にも改めてDC巡回控訴裁にアミカスブリーフを提出し、メータ判事の支払い禁止拒否は証拠に基づく正当な判断だったと主張している。
数字を見れば、Mozillaの危機感は大げさではないことがわかる。2023年のMozillaの収益は約6億5300万ドルだったが、そのうち検索契約からの収入は約4億9500万ドル。投資収益や利子を除けば、事業の根幹はほぼすべてGoogleとの契約にかかっている。
Firefoxのシェアは2026年6月時点でグローバル全デバイスで約3.3%。2009年の約32%から一方的に下がり続けてきた。それでも、AppleやGoogleに属さない唯一の主要ブラウザエンジン「Gecko」を維持し続けている。Chromiumの海の中で、Geckoだけが別系統として残っている。
2020年 DOJと州がGoogleを提訴 デフォルト検索契約による独占維持を主張 2024年8月 メータ判事が独占を違法と認定 検索市場と検索広告市場の2市場で独占認定 2025年5月 Mozilla CFOが法廷で証言 収益の85%がGoogleの検索契約に依存と開示 2025年9月 救済措置判決 排他契約禁止・データ共有を命令。Chrome売却・支払い禁止は却下 2025年12月 最終判決確定 Googleが2026年1月に控訴 2026年2月 DOJと州も控訴 支払い禁止の拒否を不服として控訴裁へ 2026年7月 DOJが支払い禁止を控訴裁に要求 144ページのブリーフを提出。Chrome売却は撤回 2026年8月 Mozillaがアミカスブリーフ提出 支払い禁止は「撤退を迫られる」と主張 2026年9月 Googleの返答ブリーフ期限(9月29日) 口頭弁論は未定。最終判決は2028年の可能性も |
独占を壊す刃が、多様性を斬る
DOJの論理には内部矛盾がある。
検索市場の独占を壊すために支払いを禁止すると、ブラウザ市場の多様性が壊れる。Firefoxが消えれば、残るのはGoogleのChrome、AppleのSafari、そしてChromiumベースのEdgeだ。ブラウザエンジンの選択肢はさらに狭まり、Googleが支配するChromiumの一極化が進む。
DOJ自身の専門家の試算によれば、独立ブラウザへの支払いを禁止しても、Googleから他の検索エンジンに移るシェアはわずか0.6%にすぎない。Firefoxを通じたGoogle検索の米国トラフィックは全体の約2.3%。0.6%のシェア移動のために、ウェブの最後の独立勢力を潰す価値があるのか。
Mozillaはそのことを繰り返し訴えてきた。だが裁判所がMozillaの声を聞くかどうかはわからない。アミカスブリーフ(法廷の友意見書)はあくまで参考資料であり、当事者として発言する権利は保障されていない。
Googleの反論期限は9月29日
現在の訴訟スケジュールはこうなっている。Googleの返答ブリーフの期限は9月29日。DC巡回控訴裁の口頭弁論はまだ予定されておらず、2026年9月に始まる新期のどこかで設定される見込みだ。最終判決はさらに先で、最高裁まで行けば2028年までかかる可能性がある。
Googleにとっては、自社の独占認定を覆すことが最優先であり、支払い禁止の阻止はその延長線上にある。DOJへの反論において、Googleは自社の検索契約は排他的ではなく、消費者が製品の質でGoogleを選んでいるだけだと主張してきた。
一方で、AppleやSamsungもアミカスブリーフを提出している。Googleからの支払いが止まれば、彼らにとっても直接的な損害になるからだ。AppleにとってGoogleからの検索支払いは2022年時点で年間約200億ドル。サービス収益の2割強を占める。
Mozillaにとっても、Appleにとっても、この裁判の結末は自分たちで決められない。法廷の外で、自分たちの運命を見守るしかない。
2001年のMicrosoftの亡霊
この裁判を見ていると、2001年のMicrosoftの反トラスト訴訟を思い出さずにいられない。あのときもDC巡回控訴裁が舞台だった。地裁は分割を命じたが、控訴裁はそれを覆し、最終的にMicrosoftは軽い和解で済んだ。
DOJのブリーフもMicrosoftの判例を頻繁に引用している。だが引用の方向が違う。DOJは「Microsoftのときよりも強い因果関係がある」と主張し、より強い救済措置を正当化しようとしている。
皮肉なのは、Microsoftの反トラスト訴訟が間接的にFirefoxの台頭を助けたことだ。あの裁判がMicrosoftのブラウザ戦略を萎縮させ、Firefoxが成長する余地が生まれた。いま、Googleを対象にした同種の裁判が、Firefoxの息の根を止めかねない方向に動いている。
反トラスト法の目的は競争の保護であって、特定の競争者の保護ではない。その原則は正しい。だが、最後の独立した競争者を消し去ることで「競争を保護した」と言えるのだろうか。
Googleの返答ブリーフが出る9月29日まで、Firefoxの命運は宙に浮いたままだ。
関連記事
- Firefox、リリースサイクルを4週間から2週間に短縮へ
- MozillaがChromeのPrompt API搭載に反対、ウェブの中立性に懸念
- Firefox、拒み続けたWeb Serial APIを13年越しで搭載へ
- Firefox 149 vs Chrome 147、Linuxベンチマーク対決の勝者と敗者
- SSDの"振動"で閲覧サイトが丸見えになる
- Bing、Google偽装を1年半続行中
- Firefox 149にBrave製広告ブロックを密かに同梱
- YouTubeの無限ループでタブが7GB食う、原因はボタン列
- Firefox 150.0.1配信、Relay無料枠が10倍に
- Chromeには指紋採取対策がない、30手法が今日も稼働中