アリババが「過去最大」のClaude蒸留。2880万回とIPO前夜

アリババが「過去最大」のClaude蒸留。2880万回とIPO前夜

2月に中国AI新興3社の蒸留攻撃を告発したAnthropicが、今度は中国テック最大手を名指しした。標的の格が、変わった。


アリババのQwenラボが動いた

6月10日付の書簡が、6月24日に報じられた。宛先は米上院銀行委員会のティム・スコット(Tim Scott)委員長とエリザベス・ウォーレン(Elizabeth Warren)筆頭理事。Anthropicはこの書簡で、アリババとそのAI研究部門Qwen(通義千問)によるClaudeへの大規模な蒸留攻撃を告発した。

数字だけで異常さが伝わる。2026年4月22日から6月5日までの約6週間で、約2万5000の不正アカウントを通じて2880万回以上のやり取りが発生した。狙われたのはClaudeのソフトウェアエンジニアリングとエージェント推論、つまりMythos Previewの商業的に最も価値のある能力だ。

2月の3社を単独で超えた

Anthropicは2月、DeepSeek、MiniMax、Moonshot AIの3社がClaudeに対して産業規模の蒸留攻撃を行っていたと公表した。3社合計で約2万4000アカウント、1600万回以上のやり取り。当時はこの数字自体が衝撃だった。

アリババ単独の2880万回は、あの3社の合計を軽く超える。DeepSeekやMiniMaxはAI専業の新興企業だったが、今回はニューヨーク証券取引所に上場する時価総額数十兆円規模のテック・コングロマリットが相手だ。

Claudeへの蒸留攻撃:やり取り回数の比較
※ 2月の3社合計はDeepSeek・MiniMax・Moonshot AIの合算(Anthropic 2026年2月公表)

「警告の後」という事実

タイミングは、書簡の中でもAnthropicが強調している。

4月、ホワイトハウスOSTP(科学技術政策局)のマイケル・クラツィオス(Michael Kratsios)局長が、フロンティアAIモデルに対する産業規模の蒸留を国家安全保障上の脅威として名指しするメモランダムを発出した。米国のAI企業と情報を共有し、対策に乗り出すという方針表明だった。

アリババの攻撃はその後に行われている。Anthropicは書簡の中で、アリババがトランプ政権の警告を無視して攻撃を続行したと指摘した。

Anthropicが挟まれている場所

書簡の日付は6月10日。商務省がFable 5とMythos 5に輸出規制をかけたのは6月12日。つまりAnthropicは、自社モデルの蒸留被害を議会に訴えた2日後に、同じ政府からそのモデルへのアクセスを全世界で止められた。

中国からの蒸留に対して政府の介入を求める。しかし同じ政府が、自社の最新モデルを外国籍の社員すら使えない状態に追い込んでいる。守ってほしい相手に、止められている。

書簡でAnthropicは、フロンティアモデルを蒸留から守ることと、そのモデルを商業的に展開することは矛盾しないと主張している。ワシントンに届くかどうかは、まだ分からない。

アリババへの包囲

蒸留告発は、アリババに新たな問題を突きつけた。

国防総省は6月8日、アリババをBYD、Baidu、Unitree Roboticsらとともに「中国軍関連企業」リストに追加した。アリババは6月24日、この指定に根拠がないとして国防総省を提訴している。軍事関連のレッテルと、米国AI企業の知的財産を大規模に抜き取ったとの告発が同時に重なった。

報道を受け、アリババの米国預託証券(ADR)は3%超下落し100ドルを割った。アリババはコメントを出していない。

立法が動き始めた

告発を受けて議会も動いた。

共和党のビル・ハガティ(Bill Hagerty)上院議員(テネシー州、前駐日米国大使)と民主党のアンディ・キム(Andy Kim)上院議員(ニュージャージー州)が、国防授権法への修正案を準備している。米国のAIモデル出力を不正に利用して競合モデルを訓練した中国企業をブラックリストに載せるか制裁を科す内容だ。下院でも超党派で法案が検討されている。

修正案が最終的な国防授権法に残るかは不透明だが、蒸留攻撃が利用規約違反の問題から立法の領域に移ったことは確かだ。

Claudeをめぐる蒸留攻撃と規制の時系列
2月
中国AI新興3社の蒸留攻撃を公表
DeepSeek・MiniMax・Moonshot AIの3社を告発
4月
OSTP蒸留対策メモランダム
蒸留を国家安全保障上の脅威として名指し
4月22日
アリババの蒸留攻撃開始
偽アカウント約2万5000件による攻撃が始まる
6月5日
蒸留攻撃が終了
2880万回超のやり取りが記録された時点で終了
6月8日
国防総省が軍関連企業リスト更新
アリババをBYD・Baiduらと軍関連企業リストに追加
6月10日
Anthropicが上院に書簡送付
上院銀行委員会にアリババの蒸留攻撃を告発
6月12日
Fable 5・Mythos 5に輸出規制
商務省が全ユーザーのアクセス停止を命令
6月24日
書簡が報道で公開
アリババが国防総省を提訴。ADR 3%超下落

IPO前夜の告発

書簡には、もうひとつの読み方がある。

Anthropicは5月28日にSeries Hで650億ドル(約10兆5000億円)を調達し、評価額は9650億ドルに達した。6月1日には米証券取引委員会(SEC)にS-1を秘密裏に提出し、早ければ今秋のIPOに備えている。

IPOを控えた企業にとって、「中国企業が自社の能力をタダで複製し、安価な競合製品を作っている」という事実は、投資家に説明しなければならないリスクそのものだ。

告発が蒸留攻撃への純粋な危機感から出たのか、規制当局と投資家に向けた計算された開示なのか。おそらく両方だろう。どちらか一方だけで片づけるには、タイミングが揃いすぎている。

ソフトウェアの国境線

蒸留攻撃は、AIの競争が半導体だけでなくモデルそのものの領域で起きていることを見せつけた。チップの輸出を止めても、モデルの出力はインターネットを通じて抜き取れる。プロンプトだけで可能になってしまう。

Anthropic、OpenAI、Googleの3社は蒸留対策で情報共有を始めている。だが一番の問題は解決していない。物理的な実体を持たないソフトウェアの能力に、どうやって国境線を引くのか。

2月の告発は、新興企業が相手だった。今回はアリババ。次があるなら、その標的は蒸留を行った企業ではなく、蒸留を可能にしたインフラそのものに向かうかもしれない。

参照元:Anthropic accuses Alibaba of running the largest distillation campaign against Claude

他参照:Anthropic - Detecting and preventing distillation attacks(2026年2月)

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