英DST撤廃しろ、さもなくば関税。トランプの大規模関税威嚇

英国が2020年から課しているデジタルサービス税は、米巨大テックへの2%課税。これを撤廃しなければ「大規模関税」をかける、とトランプ大統領が威嚇した。チャールズ国王の国賓訪米を翌日に控えたタイミングだ。

英DST撤廃しろ、さもなくば関税。トランプの大規模関税威嚇

英国が2020年から課しているデジタルサービス税は、米巨大テックへの2%課税。これを撤廃しなければ「大規模関税」をかける、とトランプ大統領が威嚇した。チャールズ国王の国賓訪米を翌日に控えたタイミングだ。


「英国に大規模な関税を課すぞ」

ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領が4月23日、ホワイトハウスで記者団に向かって、英国のデジタルサービス税(Digital Services Tax)の撤廃を要求した。撤廃しないなら「大規模な関税」で応酬する、というのが要旨だ。発言は冒頭、医療費を巡るイベントの場で出たものが、いつものように脱線して関税の話に流れ込んだ。

トランプは「米国の偉大な企業が標的にされている。我々がその企業を好きであろうとなかろうと、米国の企業であり、世界トップの企業だ」と語った。そして英国を含む数カ国が「楽に儲けようと思っている」「我々の国に付け込んでいる」と続け、「課税を撤廃しないなら、英国に大規模な関税を課すことになるだろう」と締めくくった。

報復関税の規模を問われると、トランプは「彼らが取っているものと同じか、それ以上のものを課す」と答えた。意趣返しというより、関税の効き目を税収以上にする、という宣言である。


デジタルサービス税(DST)とは何か

DSTは2020年4月、当時の保守党政権が導入した。世界売上高5億ポンド超かつ英国売上高2,500万ポンド超のデジタルプラットフォームに対し、英国ユーザー由来の収益のうち2,500万ポンドを超えた分に2%を課す。対象はソーシャルメディア検索エンジン、オンラインマーケットプレイス。GoogleMetaAppleAmazon、eBay、それに中国系のTikTokといった巨大プラットフォームが主な納税者となる。

なぜ米国が苛立つかは、税率の数字より設計思想の方にある。DSTは「企業がどこに本社や法人税の拠点を置いているか」を問わない。英国ユーザーから生まれた価値に英国が課税する、という割り切りだ。多国籍企業が利益をアイルランドやルクセンブルクに付け替えて法人税を避ける構造に対し、売上ベースで取り返しに行く設計と言ってよい。

DSTは2024年度に約8億ポンド(約1,725億円)を英財務省にもたらした。年4億ポンド前後と見込んでいた当初予算を倍近く上回っている。

巨大テックの英国売上が想定以上に膨らんだ、ということでもある。「楽な儲け」とトランプは言ったが、実際には課税逃れの大きさが税収の大きさに反転した格好だ。


関税は誰の財布を空けるのか

ここで一つ、構造的な問題が浮かぶ。トランプが課す予定の関税は英国政府の財布を直撃するわけではない。関税は輸入品にかかり、最終的にコストを払うのは米国の輸入業者と消費者だ。

つまり「DSTで英国がGoogleやAmazonから8億ポンド取っている」状況に対し、トランプの応酬は「米国市民から同等以上を徴収して英国製品の値段に乗せる」というかたちになる。英財務省には何も起こらない。米国の家計と英国輸出業者の売上が両方削られ、その上でDSTは粛々と回り続ける。

非関税障壁としての効果はもちろんある。英国製品の競争力低下は中長期で英経済に効く。だがそれは「DSTを撤廃させる圧力」というより「英国全体への懲罰」である。本来の対立軸である米巨大テック対英国財務省から、人質が次々増えていく構造だ。

関税は政府ではなく、貿易相手国の輸入業者と自国の消費者が支払う税である。これはトランプ政権下で何度も繰り返されてきた基本構造であり、今回も例外ではない。

カナダの先例、英国の「不変」

去年(2025年)のカナダの動きが、英政府が想定している展開のひな型になる。カナダは2024年に同種のDSTを成立させ、2025年6月末に初回徴収が始まる予定だった。ところが直前にトランプ政権が貿易交渉打ち切りと関税を持ち出し、カナダのカーニー首相は徴収開始の前日に撤回を発表した。「米国との包括的な貿易合意のため」というのが公式の説明だった。

英国は今のところ、同じ道を歩むつもりはなさそうだ。トランプ発言の翌朝、英首相官邸はTIME誌に対して「我々の立場は変わっていない。これらの企業に応分の負担をしてもらうため、極めて重要な税だ。英国でのビジネス活動への公正で釣り合いのとれた課税である」と回答した。

キア・スターマー(Keir Starmer)首相は労働党党首として、巨大テックへの課税を放棄する政治的余裕がない。野党自由民主党のエド・デイヴィー(Ed Davey)党首はさらに踏み込んで「米国のテック大物のための減税に屈するためにトランプが英国を関税で叩こうとしている。なぜスターマーはこのいじめに国王の国賓訪問で報いるのか」と批判した。

国内政治の力学が、米国への譲歩を許さない構図がある。


チャールズ国王訪米、その直前のタイミング

威嚇の時期も無視できない。チャールズ国王とカミラ王妃の米国国賓訪問が来週に迫っている。米国を訪れる英国君主の国賓訪問は、2007年のエリザベス女王(当時)以来。本来であれば米英関係修復の象徴になるはずのイベントの前に、トランプは関税威嚇を放った。

トランプは記者団に「国王が米英関係の修復に貢献できるとみている」とも語った。儀礼の場と交渉の場を切り離さない同時運用は、第2次政権で見慣れた光景である。歓待のテーブルと威嚇のテーブルが同じ場所に置かれる。

米英関係は今年に入ってから明確に冷えている。昨年9月にスターマーとトランプが発表した310億ポンド規模のテック協定は、12月に米国側が一時停止した。理由はDSTと米農産物の英国市場アクセス問題。さらにイラン戦争を巡る米英の対応のズレも重なった。

国賓訪問は儀礼の場であり、ビジネスの場ではない。だが今回、両者を切り離して見る政治的余裕が双方になくなりつつある。

OECD合意が事実上止まった世界で

DSTを巡る対立を理解するには、もう一段引いた視点が要る。

そもそもDSTは「OECDが進めている多国籍企業課税の国際合意ができるまでの暫定措置」として始まった。デジタル経済への課税ルールを国際協調で整えるという建前があり、合意が発効すれば各国は自国のDSTを撤廃する、という設計だった。

ところがその国際合意は、米国の批准が事実上の発効要件になっており、OECD合意に消極的なトランプ政権が発足した時点で、見通しが立たなくなった。国際協調の解決ルートが消え、各国の単独DSTが恒久化へ向かいつつあるのが現状だ。

英国としてはDSTを手放せば、巨大テックへの課税ルートを失うだけでなく、OECD交渉での発言力も弱まる。米国としては各国のDSTを潰して回らなければ、「アメリカ企業を狙い撃ちにする差別的課税」を放置することになる。

両者にとって、これは単なる二国間の関税ゲームではない。デジタル時代の国際課税ルールを誰が作るかという長期戦の、目に見える戦線になっている。


「保護対象」の中身

トランプが「我々の偉大な企業」と呼ぶ対象には、皮肉が含まれている。

DSTの主要な納税者であるGoogle、Meta、Apple、Amazonは、いずれもトランプ政権との関係が安定しているわけではない。Apple Inc. CEOティム・クック氏は、第1次政権末期から関税回避のため複雑な交渉を続けてきた。Metaは選挙関連のコンテンツモデレーションで政権との摩擦を抱える。Google親会社AlphabetAI分野で独占禁止訴訟を抱える。

つまりトランプは「我々の偉大な企業、好きであろうとなかろうと」と発言した。「好きであろうとなかろうと」という挿入句が、この発言の本音をよく表している。守る対象として米国巨大テックが好きなわけではないが、外国に課税されること自体が許せない。米国の主権の問題だ、という整理だ。

その理屈の下で、英国の年8億ポンドの税収と、米国輸入業者の関税負担と、国王訪問の儀礼が、同じテーブルに並べられている。


行方

DSTが消えるのか、それともトランプが関税を発動するのか、現時点で結論は出ていない。だが過去のパターンを見る限り、トランプは威嚇を発動か撤回かの二択ではなく、長期の交渉カードとして使い続ける傾向にある。

国賓訪問期間中に「進展の合意」が発表される可能性はある。だがDSTの即時撤廃は英国の国内政治上、ほぼ不可能だろう。落としどころは税率の段階的引き下げか、食品安全規則の緩和など別分野での譲歩とのバーターになるとみられる。

そして仮にこの交渉でDSTが消えても、米国がフランス、イタリア、スペイン、トルコ、オーストリアの同種税制を相手に同じ威嚇を繰り返すのは確実だ。デジタル課税の長い夜は、まだ序盤を過ぎたところにある。

8億ポンドの税収を守るために国王の歓迎を準備する政府と、それを「楽な儲け」と呼んで関税で叩こうとする政府。両者の言い分のどちらが「公正」かは、誰が値段を払うかで決まるのかもしれない。

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