Zed 1.0公開、Atom開発者の5年越しの再挑戦
Atomを世に出した開発者たちがRustでゼロから書き直したエディタ「Zed」が、ついに1.0に到達した。「完成宣言」ではなく、「もう一度試してくれ」という招待状である。
Atomを世に出した開発者たちがRustでゼロから書き直したエディタ「Zed」が、ついに1.0に到達した。「完成宣言」ではなく、「もう一度試してくれ」という招待状である。
Atomの「天井」から始まった5年
Zed 1.0が日本時間2026年4月30日未明、正式にリリースされた。クロスプラットフォーム対応で、macOS、Windows、Linuxのいずれでも動く。
このエディタの履歴書は少し変わっている。作っているのはZed Industriesという独立系のスタートアップで、創業者のネイサン・ソボ(Nathan Sobo)氏はGitHub時代にAtomを立ち上げた当人だ。Atomは2010年代に大ヒットし、Electronというフレームワークを副産物として生み、そのElectronがVS Codeの土台になった。VS Codeがいまや世界の開発者の標準環境になっている事実を踏まえると、ソボ氏は現在のエディタ業界の地形を作った張本人の1人と言える。
そのソボ氏が、自分で蒔いた種を否定するところからZedを始めた。
「Web技術は柔軟なソフトウェアを届ける簡単な道を提示してくれた。だが同時に、天井を押しつけてもきた。どれだけ頑張っても、Atomを土台より良いものにはできなかった」
公式ブログにある彼の言葉だ。Web技術、つまりChromiumとElectronで作ったエディタは、どれだけ磨いてもブラウザエンジンの限界を超えられない。だから「やり直す」ことを選んだ。
ビデオゲームのようにエディタを作る
Zedの設計思想は、エディタの常識から外れている。ソボ氏のチームはZedを「Webページではなく、ビデオゲームのように」作ったと表現する。アプリ全体をGPU上のシェーダにデータを流し込む形で再構成し、UIフレームワーク自体をGPUI という名前でRustでスクラッチから書いた。
この選択が何を意味するかは、ベンチマークが雄弁に語る。MacBook Pro M2環境で行われたMarkaicodeの計測では、Zedの起動時間は0.12秒で、VS Codeの1.2秒に対しておおむね10倍速い。1万ファイル超の大規模プロジェクトを開いても、VS Codeが3.8秒かかるところをZedは0.25秒で立ち上がるという。Electronベースのエディタを使い慣れた身からすると、にわかに信じがたい数字だ。
ただし、この速さは無料では手に入らなかった。ソボ氏はあるポッドキャストで、Rustの学習曲線を「垂直の崖を登るようなものだった。岩肌に巣を作る蛇に、登るたびに噛まれながら」と振り返っている。Atomの教訓を抱えてElectronを捨て、Rustという新しい山を登り直す。その5年がZedの100万行超のコードベースに刻まれている。
ビデオゲームのアーキテクチャでテキストエディタを作るという発想は、頭で理解するのは簡単でも、実装しきるのは別問題だ。GPUの上で文字を描き、シンタックスハイライトを描き、Gitの差分を描き、デバッガのブレークポイントまで描く。そのすべてを矛盾なく、リアルタイムに動かす。1000以上のリリースを重ねて、ようやくその姿勢を維持できる土台ができた、というのがZed開発陣の自己評価だ。
1.0は「完成」ではなく「合流地点」
ここで興味深いのは、ソボ氏が1.0という数字に乗せた意味の置き方だ。
「1.0は『完成』を意味しない。『完璧』を意味するわけでもない。ほとんどの開発者がZedの中で違和感なく過ごせる、その転換点に到達したという意味だ」
これは奇妙な宣言だ。ふつう1.0と言えば「ようやく仕上がった」という旗印として使う。しかしソボ氏は、その記号性を意識的に外しに行った。「1〜2年前に試して、何かが足りなくて離れた人」に対し、「もう一度来てくれ」と語りかける形を取った。
実装面の地ならしも、ようやくこの言い方が許される水準まで来ている。Git統合、SSHリモート、デバッガ、Vimモード、Tree-sitterによる構文解析、LSP対応、複数人によるリアルタイム共同編集。一通りのモダン要件は揃った。Windows版が安定リリースされたのは2025年10月で、これでmacOS・Linux・Windowsの3プラットフォームが横並びになった。
過去のZedは「速いがエディタとしては未完成」と評されることが多かった。1.0という看板を掲げる根拠は、ようやくその評価をひっくり返せる地点に立ったという自己認識にある。
AIは後付けではなく、土台に組み込む
そしてこの1.0で、Zedはもう1つの輪郭を鮮明にした。AIの位置づけだ。
「ZedはAIネイティブなエディタでもある。複数のエージェントを並列で走らせることができ、編集予測機能はキー入力1つの粒度で次の変更を提案する。Agent Client Protocol(ACP)はZedを最良のエージェント群に開く窓になっており、Claude Agent、Codex、OpenCode、最近ではCursorにも対応した。AIをエディタの土台に組み込んだのであって、後から接ぎ木したわけではない」
この主張は、現在のエディタ業界に対する明確な対抗軸だ。Cursorに代表される「VS CodeをフォークしてAI機能を載せる」流れに対し、ソボ氏はブラウザの上では届かない領域があると返している。
ACPはとくに重要な設計判断と言える。Zed単独で抱え込まず、JetBrainsもすでに採用したオープンプロトコルとして、ClaudeでもCodexでも好きなエージェントをエディタに繋げる仕組みにした。「AIエージェントの覇権争いに巻き込まれず、その上のレイヤーで価値を出す」という構えだ。VS Codeフォーク勢の戦い方とは、根本から発想が違う。
企業向けプランと次の構想
1.0と同時に、Zedは「Zed for Business」も発表した。集中課金、ロールベースのアクセス制御、チーム管理機能を備えた企業向けプランで、開発ツール市場の本丸であるVS CodeとJetBrainsの牙城に正面から踏み込む宣言にあたる。
オープンソースのRust製エディタが、いきなり企業契約の世界で勝てるのか。冷静に見れば疑問符はつく。VS CodeはMicrosoftが配り、JetBrainsはWebStormやIntelliJで何年もかけて企業の決裁ルートを耕してきた。後発が同じ土俵で戦うのは、性能だけで押し切れる勝負ではない。それでも、セコイア・キャピタルが2025年8月にシリーズBで3200万ドル(約51億2000万円)を出資して背中を押し、開発者の利用は15万人を超える規模まで来ている。最低限、議論のテーブルにはついた。
そして次の章として、ZedはDeltaDB を開発中だと明かした。CRDTをベースにした同期エンジンで、変更を文字単位の粒度で追跡する。狙いは「人間とAIエージェントが同じコードベースを同時に編集する」という未来像である。リアルタイム共同編集を人間同士に閉じず、AIエージェントの作業履歴も同じレイヤーに乗せる。会話の文脈とコードの変更を地続きにし、AIに任せた作業をその場でレビューできるようにする、というのが現時点の説明だ。
これが地に足のついた構想なのか、机上の理想論なのかは、まだ誰にも判定できない。だが、Zedが「ただの速いエディタ」で終わるつもりがないことは伝わってくる。
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ソボ氏は1.0発表のブログをこう締めた。「私たちは1000以上のZedを世に出してきた。そのすべてはゼロから始まった。今日、それが変わる」
5年前、Atomの太陽が沈むのを見届けた当人が、Rustで自分の太陽を昇らせた。Web技術の天井に頭を打って跳ね返り、その経験を抱えて山を登り直した結果が、この1.0だ。エディタ選びに迷っているなら、もう一度試してみる価値はあるかもしれない。
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