AMD EXPO 1.2、対応の中身は「起動できる」だけ

AMD EXPO 1.2、対応の中身は「起動できる」だけ

MSIのエンジニアが語った内幕は、AM5でCUDIMMを検討している人に決定的な情報だ。EXPO 1.2が来てもRyzen 7000/8000/9000では本領は出ない。違うのはBIOS表記ではなくCPUの中身であり、壁はZen 6まで越えられない。


「EXPO 1.2対応」が意味していなかったこと

AMDのメモリオーバークロック仕様であるEXPO 1.2が、AM5プラットフォームのBIOSに姿を現しはじめた。ASUSがX870系のベータBIOSで先行し、MSIもAGESA 1.3.0.1ベースの更新で続いている。一見すると、AM5ユーザーにとって朗報の見出しが並ぶ展開だ。

ところが、その「対応」の中身を一段掘り下げると、現行Ryzenを買った人にとって嬉しくない事実が見えてくる。MSIの社内オーバークロッカーであるToppc氏が、Facebookでこう書いた。

EXPO 1.2のCKD設定は、CKDを有効にするかどうかを決めるだけのものだ。CPU側のIMC(メモリコントローラ)が対応していなければ、有効にしても支援は得られない。マザーボードメーカーが明かしてこなかった秘密だ。

つまり、EXPO 1.2のBIOSが配られても、そこにある「CKD有効」スイッチはただのスイッチでしかない。受け取る側のCPUにCUDIMMを正しく扱う回路がなければ、スイッチを入れても何も変わらない。Toppc氏の発言は、報道の見出しと実態のあいだに横たわる溝を、当事者の言葉で埋めるものになった。

CUDIMMという仕組みと、AM5が抱えている問題

CUDIMM(Clocked Unbuffered DIMM)は、メモリモジュール側にクロックドライバ(CKD:Client Clock Driver)と呼ばれる小さなICを載せたDDR5の新形態だ。従来、クロック信号はCPUのメモリコントローラ(IMC)からスロットを経由してDRAMチップまで届けていた。高速化が進むほど信号の歪みが無視できなくなり、6400MT/s以上の領域では特に深刻になる。CUDIMMはモジュール上でクロックを再生成して各チップに配り直すことで、この問題を回避する。

CUDIMMの本質は、クロック信号の責任を「CPU」から「メモリ側」に移したことだ。だからCPUがその新しい役割分担を理解できなければ、モジュールがいくら賢くなっても意味がない。

CUDIMMを最初に本格採用したのはIntelCore Ultra 200シリーズで、Z890チップセットと組み合わせて9000MT/s超を狙える領域に入った。一方のAMDは、AM5でCUDIMMを「物理的には挿せる」状態に留めてきた。挿せはするが、CKDを使った高速動作は許されない。Ryzen側のIMCがCKDを認識して制御する仕組みを持っていないからだ。

ここで使われるのが「バイパスモード」と呼ばれる退避経路だ。CKDがあたかも存在しないかのように扱い、モジュールを通常のUDIMM相当として動かす。Toppc氏が公開した互換性表によれば、Ryzen 8000(Phoenix)と9000(Granite Ridge)はAGESA 1.2.0.0以降でCUDIMMの起動自体は通る。ただし7000(Raphael)はほぼ全バージョンで起動不可を意味するXが並び、最も古いバージョンでも「power on 45」と但し書きが添えられた制限つきの状態が記されている。

CUDIMM起動互換性(MSI Toppc氏公開)
CPU世代 AGESA
1.1.8.0
AGESA
1.2.0.0
AGESA
1.2.0.0a
AGESA
1.2.0.1
Ryzen 7000
(Raphael)
power on
45
× × ×
Ryzen 8000
(Phoenix)
×
Ryzen 9000
(Granite Ridge)
※ ○は起動可(バイパスモード動作)、×は起動不可。「power on 45」はToppc氏の表に記載された制限つき動作の但し書き。出典:林源銘(Toppc)Facebook投稿(2026年4月)

EXPO 1.2が変えるもの、変えないもの

EXPO 1.2が広げた範囲を整理すると、見えてくる像はかなり限定的だ。AMDユーティリティ開発者の1usmus氏が箇条書きにしている通り、追加されたのはモジュール形状のサポート、MRDIMM、tREFI/tRRDS/tWRといった細かいタイミング項目、そしてULL(Ultra Low Latency)の有効化スイッチだ。チップセット側で言えば、ASUSがX870およびB850のベータBIOSで先に対応し、X670/B650は「時間が必要」とされる段階にある。

それでも、肝心のCUDIMMフル対応はEXPO 1.2にも含まれていない。1usmus氏自身が「AGESA 1.3.0.1にはまだフルCUDIMMサポートがない、AMDはZen 6で準備している」と明言している。AMDが本気で取りに行くのは次の世代であり、現行世代は通過点に位置づけられている。

EXPO 1.2が「したこと」と「しなかったこと」
EXPO 1.2で追加された機能
モジュール形状(geometry)のサポート拡張
MRDIMM対応(データセンター向けDDR5モジュール)
CUDIMM/CSODIMMの基本サポート
tREFI/tRRDS/tWRなど詳細タイミング項目の追加
ULL(Ultra-Low-Latency)モードの有効化スイッチ
EXPO 1.2でも実現しなかったこと
×
現行RyzenでのCUDIMMフル対応(CKD駆動による高速動作)
×
9000MT/s級の高クロック動作(Ryzen 7000/8000/9000)
×
バイパスモードからの脱却
×
X670/B650チップセットへの即時対応(時間が必要)
※ 機能リストは1usmus氏(AMDユーティリティ開発者)が公開したEXPO 1.2の変更点要約に基づく。フルCUDIMMサポートはZen 6世代まで持ち越される見込み。
EXPO 1.2は「準備が整った」というニュースではなく、「準備の途中だ」というニュースだ。完成形はZen 6と、その時に出てくるであろう新世代AM5マザーボードまでお預けになる。

「対応」という言葉が読者を混乱させる構造

ここで立ち止まって考えたいのは、なぜこの種の話が誤解を生みやすいのかという点だ。技術メディアの見出しは「EXPO 1.2、AM5に対応」「ASUS、X870でEXPO 1.2を有効化」と並ぶ。間違いではない。BIOSは出ているし、設定項目もある。

ただ、読者が「対応」と読んで思い浮かべるのは、自分のRyzen 9 9950XやRyzen 7 9800X3DでCUDIMMを買えば9000MT/sの世界に入れる、という絵だろう。実際に手元で起こるのは、CUDIMMを買ってきても5600〜6000MT/s前後で頭打ちになり、CKDがあろうとなかろうと体感は変わらないという結末だ。Toppc氏の発言が刺さるのはここで、彼は技術者として「BIOSの対応」と「CPUの対応」は別物だと切り分けてくれている。

ただ、読者が「対応」と読んで思い浮かべるのは、自分のRyzen 9 9950XやRyzen 7 9800X3DでCUDIMMを買えば9000MT/sの世界に入れる、という絵だろう。実際に手元で起こるのは、CUDIMMを買ってきても5600〜6000MT/s前後で頭打ちになり、CKDの有無で体感が変わらないという結末だ。Toppc氏の発言が刺さるのはここで、彼は技術者として「BIOSの対応」と「CPUの対応」は別物だと切り分けてくれている。

マザーボードメーカーの広報は前者を語る。後者を語るのはCPUメーカーの仕事であり、AMDはそこを慎重に避けている。だから「マザーボードメーカーが明かしてこなかった秘密」というToppc氏の表現が成立する。彼は自社の都合で口を閉ざすのではなく、オーバークロッカーとしての筋を通すことを選んだ。

AM5の長寿戦略と、ユーザーの判断

ここから先は評価の話になる。AMDがAM5を長く使えるソケットとして売っているのは事実で、第一世代のX670/B650でも将来的にEXPO 1.2のBIOSが降りてくる見込みは、それ自体としてはありがたい。プラットフォームの寿命を伸ばすという企業姿勢は、PC自作の世界では明らかに好まれる。

ただし、寿命を伸ばすことと、買った瞬間の機能をフルに使えることは別の話だ。いまCUDIMMを買う合理性は、Ryzenユーザーにとって薄い。価格も通常のDDR5 UDIMMより高い。Zen 6のデスクトップRyzen(コードネームOlympic Ridge)は当初2026年内が見込まれていたが、最近の業界報道では2027年への延期が伝えられており、それまでに値段が落ち着く保証はなく、むしろDRAM不足の文脈では逆方向に動く可能性すら報じられている。

別の見方もできる。Zen 6世代でCUDIMMを使う前提で、互換性のある64GBや128GBクラスのモジュールを今のうちに「起動だけは確認しておく」目的で買うなら、バイパスモードで動くこと自体には意味がある。AMDがそのシナリオを想定しているからこそ、Ryzen 9000でも起動だけは通すように整えてきたとも読める。

結局のところ、EXPO 1.2は「いま得をする更新」ではない。「Zen 6に向けた整地作業」と理解するのが、実態にいちばん近い。

Toppc氏の発言が示したもの

技術発表の風景には、企業のマーケティング部門が描く絵と、現場のエンジニアが知っている景色のあいだに、しばしばズレがある。今回、そのズレを言葉にしたのがToppc氏だった。彼はASUS BIOSに混じったCKD設定の意味を、CPU側の事情まで含めて説明してくれた。マザーボードメーカーがこれを公にしなかったのは、別に陰謀ではなく、単に自社の責任範囲を超えた話だからだ。

それでも、ユーザーにとって知っておく価値のある情報であることは変わらない。CUDIMMを買おうとしている人、いまのRyzenでEXPO 1.2にすれば速くなると期待していた人にとって、Toppc氏の一言は判断を変える重さを持っている。

良いマザーボードを作るエンジニアが、自社にとって都合のいい話だけをしないこと。これは、PC業界が信頼を保つために必要な振る舞いの一つだ。

EXPO 1.2の名前は派手だが、実態は地味な一歩でしかない。本当の意味で景色が変わるのは、Zen 6を載せたAM5マシンが最初のCUDIMMを正しく扱える日になるだろう。


参照元

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