米国、AI同盟国に「踏み絵」を準備。中国との両立を禁じる書簡が判明
AIの覇権争いが、宣言やサミットの段階を超えた。米国が同盟国に対し「どちらかを選べ」と書面で突きつけようとしている。
AIの覇権争いが、宣言やサミットの段階を超えた。米国が同盟国に対し「どちらかを選べ」と書面で突きつけようとしている。
書簡が意味すること
Reutersが報じたところによると、米国務省がAI分野の協力国に向けた書簡の草案を準備している。米国が主導するパックス・シリカ(Pax Silica)の枠組みに留まるなら、中国が対抗的に立ち上げた国際機構には参加するな、という要求だ。
宛先は、6月のパックス・シリカ・サミットで「AI Opportunity Statement」(AIがもたらす機会についての共同声明)に署名した35カ国。日本、韓国、オーストラリア、インド、EU、ドイツ、英国といった米国の主要な同盟国がすべて含まれる。
草案には、こう書かれているという。
すべてに参加することは、何にも参加していないのと同じである。パックス・シリカ宣言への署名は、会員登録ではなく、約束である
国務省が起草したこの文面は、「自らの期待と矛盾する重複的な取り組み」への同時参加を認めないとも記している。中国の名前は書かれていない。だが名指しの必要がないほど、標的は明らかだ。
1カ月前に上海で起きたこと
この書簡の背景には、現地時間7月16日に上海で29カ国が設立協定に署名した世界AI協力機構(WAICO)がある。署名式には王毅(ワン・イー)外相が中国代表として出席し、国連のグテーレス事務総長も立ち会った。ロシア、ブラジル、南アフリカ、インドネシア、パキスタンなどが名を連ねている。翌17日、習近平(シー・ジンピン)国家主席が世界AI会議の開会式でWAICOの発足を「AI発展の歴史における重要な節目」と位置づけた。
パックス・シリカが半導体やAIチップ、重要鉱物のサプライチェーンを押さえる「物理層」の枠組みであるのに対し、WAICOはAIの標準策定や途上国への技術支援を掲げる「規範層」の機構だ。守備範囲が違うから両方に入れる、という理屈は成り立ちうる。
ところが米国は、その理屈を認めない方向に動いた。
カザフスタンという警報
米国が書簡の準備に踏み切った引き金は、カザフスタンだった。
カザフスタンは重要鉱物の主要な供給源であり、米国は6月にパックス・シリカの宣言署名国に迎え入れたばかりだった。そのカザフスタンが、7月のWAICO設立にも署名していた。両方の枠組みに参加している国は、現時点でカザフスタンだけだ。
匿名の米当局者は、この「二重参加」を問題視する立場を示している。ある技術体制で信頼できるパートナーとしての地位を主張しながら、競合するビジョンのために設計された中国の取り組みに同時に参加することは信頼性を損なう、という趣旨だ。
ワシントンにとって、カザフスタンの行動は前例になりかねなかった。放置すれば、他の署名国も「両方に入ればいい」という判断に傾く。書簡は、その道を塞ぐために準備された。
日本はどこにいるのか
日本はパックス・シリカの創設署名国の一つだ。2025年12月の発足時から参加しており、6月のサミットでもAI Opportunity Statementに署名している。WAICOには参加していない。
その意味では、この書簡が日本に直接的な選択を迫ることはない。だが関係のない話でもない。
中国は2026年1月、軍民両用品目の対日輸出規制を発動した。レアアースを含む重要鉱物の対日供給は、この規制の影響下にある。一方で日本の産業界は、フォトレジストや半導体製造装置といったAIサプライチェーンの上流で欠かせない役割を担っている。パックス・シリカの文脈で言えば、日本は「チョークポイントを握る側」にいる。
しかし同時に、そのチョークポイントの原料を中国に依存している。パックス・シリカの目的はまさにこの依存を解消することにあるが、それは短期間で達成できる課題じゃない。
2025年12月 Pax Silica発足、7カ国署名 米・日・韓・豪・英・イスラエル・シンガポールが宣言に署名 2026年1月 中国、対日輸出規制を発動 軍民両用品目の対日輸出を規制。レアアース供給に影響 2026年6月 第2回サミット、署名国24に拡大 EU・カザフスタンなど10カ国追加。AI機会声明に35カ国 2026年7月 WAICO設立、29カ国署名 中国主導で世界AI協力機構が発足。カザフスタンが唯一の二重参加国に 2026年8月 書簡草案の存在が判明 「二重参加を認めない」趣旨の国務省書簡が報じられる。未送付 |
書簡はまだ送られていない
一つ重要な事実がある。この書簡はまだ送付されていない。日付も入っておらず、修正される可能性があるという。国務省はリークされた内部文書にはコメントしないと回答し、カザフスタン大使館もコメントを出していない。
中国はすでに反応している。在米中国大使館のスポークスパーソンは、貿易や技術の問題を政治化する行為はAIの進歩を妨げるだけで誰の利益にもならない、と述べた。
草案の存在が報じられたこと自体が、すでにメッセージとして機能している。書簡が修正されようと、撤回されようと、米国が「両方に入ることは許さない」という姿勢を固めたことは、同盟国に伝わった。
AIをめぐる米中の対立は、チップの輸出規制、モデルの蒸留疑惑、重要鉱物の報復的な禁輸と、すでに多くの戦線を持っている。そこに今回、「友人を選べ」という書簡が加わった。冷戦の比喩は使い古されているが、同盟国に踏み絵を迫るこの動きは、比喩を必要としない現実になりつつある。