英国の年齢確認、描いた口ひげで突破される現実

12歳の少年が眉墨で口ひげを描いて顔を映したら、システムは「15歳」と判定した。英国の最新調査が、年齢確認の実態をあぶり出している。

英国の年齢確認、描いた口ひげで突破される現実

12歳の少年が眉墨で口ひげを描いて顔を映したら、システムは「15歳」と判定した。英国の最新調査が、年齢確認の実態をあぶり出している。


描いた口ひげが、年齢確認を欺く

英国のオンライン安全団体Internet Mattersが2026年4月30日に公表した調査レポート『The Online Safety Act: Are children safer online?(オンライン安全法:子どもはより安全になったか?)』が波紋を広げている。9歳から16歳の子ども1,270人とその保護者を対象にした調査で、英国オンライン安全法(Online Safety Act)に基づく年齢確認の仕組みが、想像以上に脆いことが浮き彫りになった。

レポートの中で、ある母親はこう証言している。

12歳の息子が、眉墨で顔に口ひげを描いているのを見つけたんです。それで顔年齢推定にかけたら、15歳と判定されました。

笑い話のようだが、笑えない。これは英国政府が「高度に有効な年齢保証(HEAA)」と呼んで導入を進めてきたシステムが、文字通り子どものいたずら程度で突破される現実を示している。

子どもの 46% が「年齢確認は簡単に回避できる」と答えた。難しいと答えたのはわずか17%だ。3人に1人(32%)が、過去2か月以内に実際に何らかの方法で年齢確認をすり抜けたと認めている。

オンライン安全法の本来の狙い

英国オンライン安全法は2023年10月に成立し、子どもをポルノや自傷行為コンテンツから遠ざけることを主な目的の一つに掲げてきた。執行を担うのはOfcom(英国情報通信庁)で、2025年7月からは年齢確認の本格的な義務付けが始まった。

法律の理屈は単純だ。有害コンテンツを扱うサイトは、訪問者が18歳以上であることを「高度に有効な」方法で確認しなければならない。具体的には身分証アップロード、顔の生体認証、クレジットカード認証などが想定されている。

執行は2026年に向けてさらに広がる見込みで、Ofcomは2025年中に複数の調査を開始し、年齢確認義務違反などで100万ポンドを超える制裁金も科している。

ところが、その守りの最前線が、眉墨の口ひげで崩されている。

子どもたちの「攻略法」が並ぶ

Internet Mattersの調査が明らかにした回避手法は、誰でも思いつきそうなものから、いささか不気味なものまで揃っている。

最も多いのは昔ながらの偽の生年月日入力。次に親のアカウントや端末を借りる、誰か別の人のIDを使う、VPNで地域を偽装する、別人や架空のキャラクターの動画を顔年齢推定にかける、といった手口が並ぶ。VPNを使って回避したと答えた子どもは7%にとどまっており、ハードルの低い手法ほど好まれる傾向がはっきりしている。

注目すべきは、ここに親の関与が混ざってくる点だ。保護者の26%が「子どもが年齢確認を回避するのを許した」と答え、17%は「自ら回避を手助けした」とまで認めている。

ある母親はこう語った。

息子が回避するのを手伝いました。プレイしたかったゲームは私もよく知っているもので、安心して遊ばせられると判断したからです。

法律が想定する「親が子どもを守る」構図と、現場の親が下している判断には、明らかにズレがある。親は法律を信頼しているわけではなく、自分の目で見て判断しているにすぎない。

それでも有害コンテンツに触れている

回避できる仕組みである以上、結果は推して知るべしだ。

過去1か月以内に何らかの有害コンテンツに遭遇したと答えた子どもは 49% にのぼる。内訳は暴力的コンテンツ12%、現実離れした体型を称えるコンテンツ11%、人種差別・同性愛嫌悪・性差別的コンテンツ10%。これらはすべて、オンライン安全法の「子ども安全コード」で禁止されているはずのものだ。

フォーカスグループでは、2025年9月に銃撃事件で命を落とした米国の保守派活動家チャーリー・カーク氏の映像を、SnapchatやTikTokのフィードで見てしまったという証言も出ている。14歳の少女はこう話した。

Snapchatで見たんです。泣き崩れて、すぐ母に話しました。

法律が想定する保護の網から、現実の子どもたちは何度も零れ落ちている。

「やってる感」と実効性の溝

Internet MattersのCEOレイチェル・ハギンズ(Rachel Huggins)はレポートでこう述べている。子どもたちが年齢や発達段階に合ったオンラインサービスにのみアクセスでき、安全性が「事後対応」ではなく「設計段階から」組み込まれた仕組みになるよう、政府と業界の双方がもっと踏み込むべきだと。

これは穏当な物言いに見えて、実は厳しい指摘だ。現状の年齢確認は、設計ではなく取り繕いになっている。顔年齢推定がいくら高度化しても、入力する顔の数十センチ手前で眉墨が動けば、システムは騙される。身分証アップロードがいくら厳格でも、親のIDを子どもが借りれば崩れる。

ここで考え込まされるのは、技術の限界というより、前提の設計だ。年齢確認という発想そのものが、「水際で食い止める」という発想に立っている。だが、子どものインターネット利用は水際で起きるわけではない。利用は連続的で、抜け道は常に複数ある。一点突破型の検問は、こういう環境では効果より「やってる感」を生む装置になりやすい。

実際、政府の対応に対するまなざしも冷たい。政府は子ども保護に十分な対応をしていると答えた親は 22% 、子どもは31%にとどまった。法律はある、執行も始まった、にもかかわらず、当事者の信頼は得られていない。

「もっと厳しく」と「やめろ」のあいだで

ではどうすべきか。Internet Mattersのレポートが提示する選択肢は、大きく二つに割れている。

一つは、より強力な規制に踏み込む方向。具体的にはオーストラリア型の16歳未満SNS禁止のような、年齢区切りで丸ごと閉め出す手法だ。英国でも2026年1月、与党労働党の議員61人が公開書簡で同様のSNS禁止を支持し、本格的な議論が始まった。

もう一つは、年齢確認の精度を上げ、設計段階から安全を組み込む方向。VPN利用そのものを規制する案や、AI生成コンテンツへの対応強化が進んでいる。

ただ、どちらの方向にも副作用が指摘される。前者には「子どもをネットから締め出すこと自体が発達に害になる」という批判があり、後者には「監視社会化と引き換えに守られる安全」というプライバシー界隈からの懸念がつきまとう。年齢保証技術が身分証・顔認識・推定プロファイリングに依存することで、収集された個人情報の長期的なリスクを警戒する声は、市民団体や研究者からも繰り返し上がっている。

法律で何かを守ろうとすれば、その法律を回避する技術と動機が必ず生まれる。眉墨で描いた口ひげは、その縮図のような出来事だと言える。

残るのは、家庭という古い砦

レポートが繰り返し強調しているのは、結局のところ親が子どもの安全管理を担い続けているという現実だ。法律ができても、執行が進んでも、子どもとオンラインの関係を毎日見ているのは保護者であり、子ども自身だ。

親と日常的にオンラインの話をしている子どもは、回避行動が少ない傾向にあるという。技術的な検問よりも、家庭の会話のほうが効いている可能性がある。Internet Mattersが提言として挙げているのも、設計段階の安全性、リスクに応じたアクセス制御、発達段階に合わせた体験設計、そしてメディアリテラシー教育だ。

法律と技術だけで全てを片づけられるという発想に、子どもたちは眉墨で答えてみせた。

法律はある。仕組みもある。だが、12歳の少年は今日も眉墨を握り、ゲーム画面の前に座る。


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