英国法務長官がXからの撤退を指示。暴動と偽情報が引き金に
イングランド・ウェールズ法務長官のリチャード・ハーマー(Richard Hermer)氏が、法務長官府にXへの投稿を停止するよう指示した。現職の英国閣僚が省庁単位でXを離れるのはこれが初めてとなる。
「法の番人」が降りた
法務長官府のXアカウントは現地時間6月12日の投稿を最後に止まっている。それまでは政府の取り組みに関する情報を日に複数回発信していた。その発信が、突然途絶えた。
ハーマー氏は先週、職員に対しXへの投稿をやめるよう伝えたという。偽情報への対処に限って利用を認め、それ以外の投稿を停止する方針だ。
決定の直接の引き金は、6月に英国で相次いだ暴動にある。
サウサンプトンでは6月2日、ヘンリー・ノワク(Henry Nowak)氏の刺殺事件(2025年12月)をめぐる抗議が暴力に転じた。11人の警察官と1頭の警察犬が負傷し、13人が実刑判決を受けている。ベルファストでは6月8日のナイフ事件を機に大規模な反移民暴動が発生し、覆面の集団が移民の住居と信じた家屋に次々と火を放った。24人を超える住民が家を追われている。
いずれの暴動でも、事実と異なる情報がX上で広がった。ノワク事件では、XのAIチャットボットGrokが事件と無関係の元警察官を当時の担当者と誤認し、その個人情報が広く出回った。加工されたボディカメラ映像も出回った。極右の活動家がこれらを増幅し、Xのオーナーであるマスク氏自身も過激な投稿に反応を示した。
法の執行と公益を守る事務所が、暴力の組織化に使われるプラットフォームで情報発信を続ける。ハーマー氏はその矛盾に耐えられなかった。
スターマー政権とXの半年
この決定は孤立した出来事ではない。労働党政権とXの関係が少しずつ壊れていった、その延長線上にある。
2026年1月、XのAIチャットボット「Grok」が利用者の要求に応じて女性や未成年者の性的なディープフェイク画像を大量に生成し、英国で強い批判を浴びた。通信規制機関Ofcomは1月12日にオンライン安全法に基づく正式調査を開始。リズ・ケンダル(Liz Kendall)科学・イノベーション・テクノロジー相は「Ofcomがサービス遮断の権限を行使するなら、全面的に支持する」と表明した。複数の女性議員が個人としてXを離れている。
マスク氏は同時期、英国の内政への介入を強めた。グルーミング・ギャング問題を取り上げてスターマー首相の辞任を要求し、極右政党への支持をちらつかせ、英国政府の転覆が必要だと公言した。6月にはノワク事件に関しても投稿し、スターマー首相が「英国の政治への干渉をやめるべきだ」と名指しで反論する事態に至っている。
6月15日、スターマー政権は16歳未満のSNS利用を禁止する方針を発表した。X、YouTube、TikTok、Instagram、Facebookが対象で、2027年春の施行を目指す。オンライン安全法の改正も進めており、暴動などの危機時にプラットフォームへ煽動的な投稿の迅速な削除を義務づける。
2026年1月 Grokディープフェイク問題 Grokが女性・未成年の性的画像を大量生成 1月12日 Ofcom正式調査を開始 Ofcom、オンライン安全法に基づく正式調査を開始 1月〜 マスク氏、英国政治に介入 スターマー首相の辞任要求、極右政党支持を公言 2026年6月 サウサンプトン暴動 ノワク事件の判決後、抗議が暴力化。警官11人負傷 6月8日〜 ベルファスト暴動 ベルファストで反移民暴動。Grokが警察官を誤認 6月15日 16歳未満のSNS禁止を発表 X・YouTube・TikTok等が対象。2027年春施行予定 6月18日 法務長官府、Xからの撤退を指示 現職閣僚による省庁単位のX離脱は英国初 |
ハーマー氏は欧州人権条約の重要性を訴える講演で、「仮想通貨で資金を得たごく少数の大富豪に、コミュニティの間に線を引くことを許してはならない」と述べた。マスク氏を名指ししたものではないが、誰を指しているかは明白だった。
降りない政府、降りる法務長官
ただし、スターマー首相自身は依然としてXを利用している。ダウニング街の立場は「国民に届けるためにはリーチが必要」というものだ。
Ofcomへの対応も「規制機関に委ねる」とする姿勢にとどまる。ウェス・ストリーティング(Wes Streeting)前保健相は「暴動の復興費をプラットフォームに負担させるべきだ」と踏み込んだが、政府全体としてはなお慎重な位置にいる。
ハーマー氏はそこから外に出た。政府としての方針変更ではなく、法務長官府という一省庁の判断としてXを離れた。他の省庁がなぜ残るのかについても疑問を呈しているという。
英国政府全体がXを離れる日が来るかどうかは分からない。だが問われているのは、プラットフォームがコミュニティの分断と暴力の増幅に加担しているとき、「リーチのために残る」という論理がどこまで持つのか、ということだ。
法の番人が、その問いに先に答えた。
参照元:Attorney general tells department to stop using X amid UK disinformation concerns