メモリ価格が2007年の水準に逆戻り。「20年の進歩が消えた」
ソフトウェア性能の専門家が、メモリ価格の歴史データを分析した。60年以上下がり続けてきた価格曲線が、初めて大きく跳ね上がっている。
ソフトウェア性能の専門家が、メモリ価格の歴史データを分析した。60年以上下がり続けてきた価格曲線が、初めて大きく跳ね上がっている。
下がり続けた60年、戻った数か月
コンピューターのメモリは、ずっと安くなるものだった。
1957年、1GBあたりの価格は4110億ドル。1970年に1億8000万ドル。1990年代に約10万ドル。2000年代には1000ドルを切り、2020年頃にはコーヒー1杯より安くなった。60年以上にわたって下がり続けたこの価格曲線の上に、OS、仮想マシン、ブラウザ、AIモデルが設計されてきた。メモリは潤沢にある。その前提が、すべての出発点だった。
それが、崩れた。
カナダ・ケベック大学の情報科学教授、ダニエル・ルミール(Daniel Lemire)氏が8月5日、歴史的なメモリ価格データの分析を投稿した。
On a historical basis, computer memory has been falling at an exponential rate for decades. But we just undid about 20 years of progress.
— Daniel Lemire (@lemire) August 5, 2026
RAM on a per unit basis is about as expensive as it was in 2007.
To my knowledge, it is an historical anomaly. I cannot recall a similar… pic.twitter.com/UH6LgZ1fc4
simdjsonの開発者として知られ、スタンフォード大学/Elsevierの世界上位2%科学者にも選ばれているソフトウェア性能の専門家だ。
ルミール氏によると、RAMの単位あたり価格は現在、2007年と同水準にまで戻っている。数十年かけて下がった価格が、わずか数か月で帳消しになった。ルミール氏はこれを「歴史的な異常事態」と呼び、テクノロジー製品の価格が数十年前の水準に逆行した前例を思い出せないと述べている。
スタンフォード大学のDAMプロジェクトが公開している価格データも、この分析を裏づけている。デイヴィッド・シム(David Shim)氏が管理するこのデータセットによると、DDR5メモリの最新価格は1GBあたり11.41〜13.28ドル。DDR2メモリが同じ価格帯にあったのは2008年で、当時は1GBあたり11〜15ドルだった。
2024年のインフレを考慮すると、現在のDDR5は実質的に1GBあたり10.94〜12.74ドルとなり、これは2011年にDDR3が到達した11.85ドルに相当する。名目値では2007〜2008年、実質値では2011年。いずれにしても、十数年分の価格低下が消えた計算になる。
供給は年20%増、需要は年200%増
価格が逆行した原因は、製造の後退でも供給の事故でもない。AI向けHBMへの需要集中だ。HBMは通常のDRAMを何層にも積み重ねた広帯域メモリで、AIの演算処理に欠かせない。
イーロン・マスク氏はSpaceXの2026年第2四半期決算(現地時間8月5日)で、メモリを「現時点で最大の制約」と表現した。メモリの生産量は年間約20%伸びている。成熟した産業としては速い。しかしAI向けの需要は年間200%かそれ以上のペースで膨らんでいるという。
需要と供給の乖離を、メモリ業界の当事者たちも認めている。
SKグループのチェ・テウォン(崔泰源)会長は7月15日、韓国商工会議所の済州フォーラムで現在のメモリ価格を「異常に高い」と明言した。SKグループはSKハイニックスの親会社であり、HBM市場で世界シェア約58%を握る。その最大の受益者が、自社の価格を異常だと言った。
チェ会長の懸念は、AI企業は投資でコスト増を吸収できるが、PCやスマートフォンのメーカーにはその余裕がない、という点にある。最終的に価格が転嫁されるのは個人の消費者だ。チェ会長はこの連鎖を「チップフレーション」と呼び、供給の拡大を訴えた。
SKハイニックスのクァク・ノジョン(郭魯正)CEOも、同社がNasdaq上場を果たした7月10日のロイターのインタビューで、2027年が「業界史上最悪の供給不足」になるとの見通しを示した。2030年以降も顧客需要が供給能力を上回り続けると予測している。
NVIDIAのジェンスン・ファン(黄仁勳)CEOも先月、AIメモリの不足は数年続くとの見方を示した。UBSは世界のDRAM産業が少なくとも2028年第2四半期まで供給不足が続くと分析している。
台湾のメモリモジュールメーカーApacer(宇瞻科技)のチャン・チアクン(張家坤)CEOは7月24日、さらに踏み込んだ数字を出した。2027年に大手メーカーから独立系モジュールメーカーへ供給されるDRAMチップは、2026年の30%程度にまで落ちるという。70%の供給減だ。チャンCEOは、高い価格を払うことよりも、そもそもチップを確保できないことの方がリスクだと述べている。Apacerは2026年上半期末時点で約3億8300万ドル相当の在庫を積み増している。
7月10日 SKハイニックスCEO「業界史上最悪の年」 2027年が供給不足の最悪期、2030年以降も需要超過が続くとの見通し 7月15日 SKグループ会長「価格は異常に高い」 供給を拡大しなければチップフレーションが起きると警告 7月24日 Apacer CEO「2027年に供給70%減」 チップ確保そのものが最大のリスクと指摘。在庫を積み増し 8月5日 マスク氏「メモリは最大の制約」 需要は年200%増、供給は年20%増。SpaceX決算での発言 8月5日 ルミール教授「歴史的な異常事態」 RAMの単位価格が2007年水準に逆戻りしたと分析 |
メモリの90%以上を供給するサムスン、SKハイニックス、Micronの3社は、いずれも利益率の高いHBMに生産能力を優先配分している。HBMも汎用DRAMも、同じウェーハから製造される。HBMを1スタック多く作れば、その分だけ誰かのPCやスマートフォンに入るはずだったDDR5が消える。
逆行はいつ終わるのか
ジョン・カーマック(John Carmack)氏は7月、HBMへの依存を減らせる可能性を指摘している。AIの推論処理にはゲームのレンダリングとは異なり、決定的なメモリアクセスパターンが使える。モデルの重みデータには厳密な意味での「ランダムアクセスメモリ」は不要であり、起動時の読み込み遅延も許容できるという見方だ。
つまり、メモリの使い方を根本的に変える余地はある。モデルの重みをシリコンに直接焼き込む研究や、SSDを疑似メモリとして活用するアプローチなど、HBMへの依存を減らす試みはすでに始まっている。
だが、短期的にはそれらが市場を変える段階にない。新しい工場が稼働するまでには数年かかる。SKハイニックスの龍仁Y1工場は2027年2月にクリーンルームが稼働する予定で、サムスンの平沢P5工場も2027年から2028年にかけて順次立ち上がる見込みだが、そこで作られるDRAMの多くもHBMやサーバー向けに優先配分される。
ルミール氏は投稿の中で、今後の展開を予測することは誰にもできないとしつつ、2つの方向性を挙げている。AIシステムがメモリをそれほど必要としない設計に向かうか、メモリをはるかに大量に、はるかに速く製造する手段を確立するか。
60年間下がり続けた線が、初めて折り返した。この先それが再び下を向くのか、それともメモリは供給の奪い合いが常態になる資源に変わるのか。その答えは、工場の竣工日ではなく、ソフトウェアの設計思想が先に出すのかもしれない。