マスクはAIを知らない、ブロックマンが法廷で告げた
OpenAI共同創業者のグレッグ・ブロックマンが、イーロン・マスクをAIを理解しない男として法廷で描写している。ChatGPTの前身を「愚かだ」と切り捨てた男が、なぜいまその会社の支配権を取り戻そうとしているのか。
OpenAI共同創業者のグレッグ・ブロックマンが、イーロン・マスクをAIを理解しない男として法廷で描写している。ChatGPTの前身を「愚かだ」と切り捨てた男が、なぜいまその会社の支配権を取り戻そうとしているのか。
「ロケットは知っている、AIは知らない」
カリフォルニア州オークランドの連邦地裁で5月5日(米国時間)、グレッグ・ブロックマン(Greg Brockman)が証言台に立った2日目、彼の言葉はマスクという人物の輪郭を鮮やかに描き出した。
ブロックマンが述べたのは、共同創業者たちが2017年に抱えていた懸念だ。マスクには会社を率いる忍耐が足りない、というものだった。証言によれば、マスクはGPT-1のデモを見せられた際、明らかに気乗りしない様子だったという。
「彼はロケットのことは知っている。電気自動車のことも知っている。だがAIについては理解していない、いまも理解していないと私は思う」
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ブロックマンはさらに「彼が十分な時間をかけてAIを学ぶとは思えなかった」と続けた。AI企業の支配権を欲した男に対する、共同創業者からのこれ以上ないほど明け透けな評価だ。
「愚かだ」「ネットの子供のほうがマシ」
そのGPT-1のデモは、後にChatGPTへと連なる技術の原型だった。ブロックマンの証言によれば、マスクはこの初期モデルを「stupid」(愚かだ)と切り捨て、開発に携わる研究者たちに向かって「ネット上の子供のほうがましな仕事をするだろう」と言い放ったという。
その場に居合わせた初期社員のひとりは、この出来事に深く落胆し、業界そのものから足を洗いかけたとブロックマンは語った。研究者の士気を踏みつぶす言葉が、後に1兆ドル規模の評価額を生む技術の最初期に投げかけられていた、という構図だ。
その同じ年の8月には、もっと物騒な場面があった。場所はマスクが共同創業者たちにテスラ車をプレゼントした直後の会合で、共同創業者のイリヤ・サツケヴァー(Ilya Sutskever)はその返礼に自ら描いたテスラ・モデル3の絵をマスクに贈っていたという。和やかに始まったその場は、営利部門の株式配分の話題で空気が凍ったという。
「彼が私に物理的に殴りかかってくると、本気で思った」
ブロックマンはそう証言した。マスクは過半数の支配権を要求し、共同創業者全員に均等配分する案を「お断りだ」と一蹴。「いつOpenAIを去るのか」「決めるまで資金は止める」と告げ、サツケヴァーが描いた絵画を壁から外して部屋を出て行ったという。実際の暴力にはいたらなかったが、緊張の質はその場の全員に焼きついた。
「彼はAIを知らない」発言が裁判で持つ重み
裁判の構図を整理しておきたい。マスクは2024年、OpenAIとサム・アルトマン(Sam Altman)、ブロックマンを提訴した。慈善団体として設立した会社を勝手に営利化し、自分を欺いて約3800万ドル(約60億円)の寄付金を引き出した、という主張だ。
これに対しOpenAI側は、マスクこそが当初から営利化を望み、テスラへの吸収合併と自身のCEO就任を画策していたと反論する。「AIを知らない男に支配権を渡すわけにはいかなかった」というブロックマンの証言は、この反論の中核を補強する材料として機能している。
| 争点 | マスク側の主張 | OpenAI側の反論 |
|---|---|---|
| 設立時の 合意 |
非営利の慈善目的を 守る前提で 約3800万ドルを寄付した |
マスク自身が 営利化を望んでおり、 当初から関与していた |
| 支配権の 意図 |
支配権を求めたことはなく、 非営利の理念を 守ろうとしただけ |
過半数支配と テスラへの吸収合併を 2017年に要求した |
| AIへの 理解 |
AIの安全性を 誰よりも案じてきた |
「ロケットは知る、 AIは知らない」と 共同創業者が証言 |
| 提訴の 動機 |
裏切られた 共同創業者として 慈善目的を取り戻すため |
競合xAIのために OpenAIを 弱体化させる目的 |
| 求める 救済 |
営利化の巻き戻し、 アルトマンと ブロックマンの解任 |
請求の棄却、 マスク側の 反訴も提起 |
つまり今回の発言は、たんなる人物評ではない。マスクが裁判で繰り返してきた「裏切られた共同創業者」という自己像に、別の角度から光を当てる証言だ。取締役解任の検討まで議論にのぼっていたという事実は、当時のマスクが社内でどう見られていたかを物語る。ブロックマンは2017年に解任投票を検討したが、最終的に見送ったとも証言した。マスク自身は2018年に取締役を自ら辞任している。
創業者を解任するか、という議題が共同創業者の口からこぼれた瞬間、その会社は静かに別の方向へ舵を切っている。後から振り返れば、それは2018年の自主辞任よりはるかに早い、実質的な決別のサインだったのかもしれない。
3000万ドルから500億ドルへ、桁違いに変わった景色
ブロックマンは同じ証言の中で、OpenAIの計算資源コストの推移についても明かした。2017年に約3000万ドルだったコンピューティング費用は、2026年には数百億ドル規模に膨らみ、今年単年だけで500億ドル(約7兆8500億円)を計算インフラに投じる見込みだという。
この数字は単独でもインパクトがある。だがブロックマンの2日間の証言と並べて読むと、もっと別の意味が立ちあがってくる。「ネット上の子供のほうがましだ」と言われた技術が、9年で1666倍の資本を呑み込む産業に化けた、という落差だ。
マスクが「愚かだ」と切り捨てた初期モデルが、ChatGPTを経てOpenAIの評価額8520億ドル(約133兆円)を支える基盤に育った。その過程の大半に、マスク本人は関与していない。彼が立ち上げたxAIはOpenAIのモデルを使って自社モデルを訓練していたと、マスク自身が先週の証言で認めている。
和解の打診と「最も嫌われる男」発言
裁判開始の 2日前 、マスクはブロックマンに和解の打診をテキストで送っていたことも明らかになった。OpenAI側が日曜深夜に提出した書面によれば、ブロックマンが「双方の請求を取り下げよう」と返したのに対し、マスクはこう返信したという。
「今週末までに、お前とサムはアメリカで最も嫌われる男になる。お前がそれを望むなら、そうなるまでだ」
このやり取りを証拠採用するようOpenAI側は求めたが、ロジャース判事はマスクの証言中に提出すべきだったとして却下している。それでも、原告が裁判直前に和解を持ちかけ、断られると脅迫まがいの返信をしていたという事実そのものは記録に残った。
「AI安全性のための提訴」という表向きの大義と、「和解か、社会的制裁か」という実際のメッセージのあいだには、ずいぶんと距離がある。陪審はこの距離をどう読むのだろうか。
それでも残る問い
ブロックマン側にも弱点はある。彼の保有株は 約300億ドル (約4兆7100億円)に達し、彼自身の日記には「金銭的に、何が私を10億ドルへ連れていくのか」という2017年の書き込みが残されていた。マスク側弁護士はこの落差を執拗に突き、29億ドルの差額をなぜ非営利組織に寄付し直さないのかと迫った。
非営利の理念と、共同創業者個人の天文学的な富。この矛盾はブロックマン側の主張にも影を落とす。法廷ではどちらの言い分も、それぞれの欠落を抱えたまま並んでいる。
ただ、そのうえでなお、ブロックマンの「彼はAIを知らない」という一文は重みを持つ。AIの未来をめぐる訴訟で、被告のひとりが原告について語った最も簡潔な評価が、9年経ったいまも変わらないと法廷で言い切られた。OpenAI創業の物語に、もうひとつ別の語り口が法廷の記録として残った。
参照元
- Bloomberg - Brockman Says Musk's Lack of AI Knowledge Was Concern at OpenAI
- Bloomberg - OpenAI to Spend $50 Billion on Computing in 2026, Brockman Says
他参照