マスク対OpenAI、最終弁論で本人不在

マスク対OpenAI、最終弁論で本人不在

オークランドの法廷で、マスクの弁護士はアルトマンを「嘘つき」と呼び、OpenAIの弁護士は「マスクはAGIの支配権を欲しがった」と切り返した。マスク本人は法廷ではなく、トランプ大統領の北京訪問団にいた。


最終弁論の日、マスクは中国にいた

5月14日、カリフォルニア州オークランドの連邦地方裁判所で、マスク対OpenAIの裁判が最終弁論を迎えている。2024年に提訴され、3週間以上にわたる証人尋問を経て、争点は2つに収束した。OpenAIが2025年に完了した再資本化は、マスクが2015年から2017年にかけて約3800万ドル(約59億円)を寄付した際の「慈善信託」に違反したのか。そして、サム・アルトマンとグレッグ・ブロックマン、そしてマイクロソフトはこの過程で不当に利得したのか。

法廷の席で、被告側のアルトマンとブロックマンは並んで座っていた。原告側の席にマスクの姿はない。マスクの弁護士スティーブン・モロは陪審員に対し、「テスラCEOはここに来られず申し訳ないと言っている」と本人の言葉を伝えた。

マスクが向かった先は北京だった。トランプ大統領の中国訪問代表団に名を連ね、ティム・クック、ジェンスン・フアン、ラリー・フィンクとともに、習近平国家主席との並行会談に出席していた。生涯最大の民事裁判の最終弁論を、本人が欠席するという選択だった。


「アルトマンは嘘つき」5人の証人が呼んだ

モロの最終弁論は、ほぼ全編がアルトマンの信用性への攻撃に費やされた。

この裁判で私は、サム・アルトマンを長年知り、ともに働いてきた5人の証人全員に対し、彼を嘘つきと呼びましたかと尋ねた。全員がそうだと宣誓のもとで証言した。法廷で「嘘つき」はきわめて重い言葉だ。

5人とは、マスク自身、共同創業者でOpenAIの元チーフサイエンティストのイリヤ・サツケバー、元CTOのミラ・ムラティ、そして元取締役のヘレン・トナーとターシャ・マッコーリーである。トナーとマッコーリーは2023年11月のアルトマン解任劇に投票した2人だ。

「アルトマンを嘘つきと呼んだ」5人の証人
人物 OpenAIでの役職 アルトマンとの関係
イーロン・
マスク
共同創業者
初期出資者
本訴訟の原告
イリヤ・
サツケバー
元チーフ
サイエンティスト
2023年解任劇の
主導者の一人
ミラ・
ムラティ
元CTO
(暫定CEO経験)
退社後に
自社AI企業を設立
ヘレン・
トナー
元取締役 2023年に
解任票を投じた
ターシャ・
マッコーリー
元取締役 2023年に
解任票を投じた
※ マスク側弁護士スティーブン・モロの最終弁論より。5人全員が宣誓のもとでアルトマンを「嘘つき」と呼んだとモロは法廷で主張した。

モロは続けた。「サム・アルトマンの信用性こそが核心だ。彼を信じられなければ、被告側は勝てない。それだけのことだ」。

モロの主張の組み立ては明快だ。3者間で正式な契約書がない以上、マスクとアルトマン、ブロックマンの間に「慈善信託」が成立していたかは、メール・OpenAIのウェブサイト・記者会見でのアルトマンの発言など、書面以外の意思表示の積み重ねから推定するしかない。だからこそ、その発言主の信用性が中心命題になる。陪審の判断は、アルトマンの言葉を信じるか信じないかに帰着する。


OpenAI側「マスクはAGIの支配権を欲しがった」

OpenAIの弁護士サラ・エディが反論に立ったとき、論調は反転した。

モロ弁護士は、サム・アルトマンを信用するなと言っている。だが、この裁判で証言が他のすべての証人と食い違っているのは、ほかでもないマスク氏のほうだ。

エディは陪審員に向かい、マスクが法廷で語った「数年前のOpenAIへの寄付には特別な条件が付いていた」「その条件は永遠にOpenAIを縛るほど強いものだった」「その条件はマスク自身に永続的な権利を与えていた」という主張を一つひとつ取り上げ、「マスク氏はそれを証明できていない」と切り捨てた。

そして証言録取を引用した。OpenAIの初期、マスクはアルトマンに対し、自身がOpenAIの90%株式を保有する形での経営を提案し、自分が死亡した場合の継承計画として子供にOpenAIを譲り渡す構想を口にしていた。

「彼はAGIの支配権を欲しがった」とエディは陪審に告げた。AGI(汎用人工知能)は、人間を多くのタスクで凌駕すると想定される高度なAIだ。「これが、この件が非常に高い賭けだった理由だ。マスク氏は完全な支配を望んだ。時が経てば諦めたかもしれない。諦めなかったかもしれない。だがそれは彼次第で、それが問題だった」。

エディは決定打となる文書も提示した。ブロックマンが2017年に書いた個人日記に、OpenAIの非営利という建前は「嘘だ」と記されていたとされる証拠だ。マスク側はこれを「だから非営利の使命は早くから捨てられていた」と主張し、OpenAI側は「内部での率直な議論であり、外部への約束を反故にしたのとは違う」と反論する材料となった。


評議は5月18日、ただし「拘束力なし」

陪審員9人(女性6人、男性3人)の評議は18日から始まる。ただしこの陪審の判断は法的拘束力を持たない諮問的な位置付けだ。

責任の有無についての最終判断は、判事のイボンヌ・ゴンザレス・ロジャーズが下す。陪審の意見はあくまで参考材料であり、判事が異なる結論に達することも法的には可能だ。

同判事は、エピックゲームズ対アップル訴訟を担当し、アップルに反トラスト法違反の判定を下したことで知られる。テック大手相手の高難度訴訟を経験している人物が、今回も最終判断を握っている。
マスク対OpenAI裁判の二段構造
段階 判断者 拘束力 判断内容
第1段階
責任判断
陪審員9人
(女性6+男性3)
諮問のみ
(拘束力なし)
慈善信託違反
不当利得の
有無
第1段階
最終判決
ゴンザレス・
ロジャーズ判事
最終決定権 陪審判断を
採否する
第2段階
救済判断
ゴンザレス・
ロジャーズ判事
(単独)
最終決定権 賠償額・経営
追放・再資本化
解消の可否
※ 第1段階の陪審評議および第2段階の救済フェーズは、いずれも2026年5月18日から開始する。陪審判決は法的拘束力を持たない諮問的位置付けで、責任判断の最終決定権は判事が握る。

判事はなぜ拘束力のないアドバイザリー陪審を採用したのか。米紙CNBCの取材に対しデュケイン大学の法律学准教授スティーブン・ベイカー・マッキーは、「世論を映す陪審の判断を欲しい場合、または、注目度の高い案件で『市民が支持した判断』というカバー(援護)を欲しい場合に判事はアドバイザリー陪審を採用する」と語った。

陪審の評議開始と同時に、裁判は第2フェーズの「救済(remedies)」段階に移る。こちらは陪審ではなく、判事のみで進行する。マスク側が求めている救済は、金銭面では最大1340億ドル(約20兆8千億円)の「不当利得の吐き出し」だ。マスク自身は個人的な賠償を放棄しており、勝訴の場合の金銭はOpenAIの非営利部門に戻される建付けになっている。

非金銭面では、より具体的だ。アルトマンとブロックマンを経営から追放すること。そして、2025年10月に完了した再資本化を解消し、OpenAIを非営利体制に戻すこと。


OpenAIの評価額は8520億ドル、IPOも視野

OpenAIは2025年10月、非営利団体だった組織を「公益法人(PBC)」に転換した。新体制では、旧非営利部門が「OpenAI Foundation」として残り、営利部門である「OpenAI Group」の株式を約26%保有する形で監督権を持つ二層構造になっている。マイクロソフトは約27%の株式を保有する筆頭株主だ。

転換直後の2026年4月、OpenAIの企業価値は約8520億ドル(約132兆円)に達した。世界最高水準の未上場企業の一角を占める評価で、同社は2026年後半から2027年にかけて、評価額1兆ドル規模のIPO(新規株式公開)を計画していると、複数の米メディアが報じている。

裁判の結果次第では、この計画が根底から揺らぐ。判事ロジャーズが2025年の再資本化を解消する命令を出せば、OpenAIは公益法人への転換を巻き戻し、IPO計画は仕切り直しを余儀なくされる。アルトマンとブロックマンが経営から離れる事態になれば、創業以来の経営陣を欠いた状態で資本市場と向き合うことになる。

裁判では、マイクロソフトCEOサティア・ナデラも証言台に立った。ナデラは2023年のアルトマン解任劇について「アマチュア的な対応だった」と評し、当時の取締役会の決断を厳しく批判した。マスク側はこの証言を、マイクロソフトが解任阻止のためOpenAIに圧力をかけた証拠と位置づけている。マイクロソフトは、投資先として正当な懸念を表明したに過ぎないと否定した。


法廷外、抗議者は両者を批判

裁判所の外では、十数人の抗議者がマスクとアルトマンの両方を批判していた。プラカードには「医療従事者をチャットボックスで置き換えるな」「マスク・アルトマンのファシスト世界に労働者の未来はない」と書かれていた。

抗議者の1人サル・ジャヤラマンは、2026年秋の住民投票で時給30ドルの最低賃金導入を目指す運動に参加している人物だ。「裁判でどちらが勝とうが関係ない。我々全員が敗者だ。勝者は誰か、と聞かれれば、この2人だ」とアルトマンとマスクを指して語った。

バークレー在住の平和活動家フィービー・トーマス・ソーゲンは、AIの世界的禁止を訴え、こう述べた。

この裁判の両当事者は完全に偽善だ。両者ともAIを人類のために開発していると主張しているが、それは嘘だ。彼らは強欲のために開発している。

陪審が18日からどう動くのか。判事がそれに従うのか、覆すのか。判決が出ても、勝者がはっきりするとは限らない。人類のために作られたはずの組織がどこまで姿を変えてよいのか、その境界線を陪審と判事が決める。


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