SEMIがメモリ市場への政府介入に反対を表明
半導体業界団体SEMIが、メモリチップの供給不足に対する政府介入を控えるようトランプ政権に書簡で求めた。Appleは中国メーカーからの調達を、議員は米国顧客の優先供給を、消費者は価格引き下げを望んでいる。メモリ不足をめぐるワシントンの綱引きに、メーカー側が加わった。
メモリ不足がワシントンの政策課題になっている
メモリ不足が製品価格に直接跳ね返り始めた6月下旬、Appleが全MacとiPadの価格を最大300ドル引き上げた。マイクロソフトもXboxの価格を100〜150ドル引き上げると発表した。Dell、HP、任天堂も同様の対応を取っている。
AI向けデータセンターがメモリ生産能力の大半を吸い上げ、PC・スマートフォン・自動車向けの供給が構造的に逼迫している状況は、報じられて久しい。
新しいのは、この問題がワシントンで複数の方向から政治的な圧力を生み始めたことだ。
SEMIは7月1日付で、スコット・ベッセント(Scott Bessent)財務長官、ピート・ヘグセス(Pete Hegseth)国防長官、ハワード・ラトニック(Howard Lutnick)商務長官、マルコ・ルビオ(Marco Rubio)国務長官の4閣僚に宛てた書簡を送付した。SEMIはマイクロン、SKハイニックス、サムスンの大手メモリメーカー3社を含む半導体業界の国際的な業界団体であり、メーカー側の利害を代弁する立場にある。
「介入すれば状況は悪化する」
書簡の主張は明確だった。政府が価格や生産能力に介入すれば、AI需要が引き起こしている供給逼迫はさらに悪化する。SEMIのグローバル公共政策担当VPロイヤル・カステンズ(Royal Kastens)氏は声明で、トランプ政権がAIおよびデータセンター向けのメモリ生産能力強化を支援していることに「感謝」を示した。
SEMIが書簡で求めたのは2点だ。第一に、メーカーが顧客との長期契約を結ぶ自由を維持すること。第二に、米国内での生産拡大を促す税制優遇の継続。
業界データを引用し、メモリ生産能力は年間約19%のペースで拡大する見通しだとしつつ、AI需要の爆発的な成長がそれを上回り、ノートPC、自動車、家電向けの供給は制約され続けるとの見方を示した。
そのうえで、消費者に直接還元する施策を一つだけ提案している。スマートフォンやノートPCの価格上昇を相殺するため、消費者向けの税控除や税額控除を議会と協議してほしい、という内容だ。
三つの方向から生まれた圧力
この書簡には文脈がある。SEMIが明示的に言及していない、しかし意識していたはずの二つの動きだ。
一つは4月、オハイオ州選出のバーニー・モレノ(Bernie Moreno)共和党上院議員がラトニック商務長官に宛てた書簡だ。モレノ氏は、メモリチップ不足がコロナ禍で自動車産業を襲ったサプライチェーン混乱と同じ事態を招きかねないと警告し、米国の顧客への優先供給を求めた。オハイオ州は自動車製造業の集積地であり、工場がメモリ不足で生産停止に追い込まれる懸念は切実だ。S&Pグローバルの予測では2026年にメモリ価格が最大100%上昇する可能性があるとされ、モレノ氏はこの数字を引用している。
もう一つは、Appleの動きだ。Appleは5月以降、ティム・クック(Tim Cook)CEOが自ら財務省やホワイトハウスに対して働きかけ、国防総省のブラックリスト(1260Hリスト)に載っている中国のメモリメーカー2社、CXMT(チャンシン・メモリー・テクノロジーズ)とYMTC(長江存儲科技)からの調達について、政権の了承を取りつけようとしている。中国市場向けのiPhoneに搭載するメモリが目的とされる。現時点では1260Hリストに掲載されていても取引自体は違法ではないが、より厳しいエンティティリストに移されれば取引が実質的に不可能になるため、Appleはその保証を求めている。
| 勢力 | 主張 |
|---|---|
| 介入反対(メーカー側) | |
| SEMI | メモリ市場への政府介入を控え、 消費者向け税控除を議会と協議するよう要請(7月) |
| 介入要求(政治・企業) | |
| モレノ 議員 | メモリチップの米国顧客への優先供給を 商務長官に要請(4月) |
| Apple | 中国のブラックリスト企業CXMTとYMTCからの メモリ調達について政権の了承を要請中(5月〜) |
| 法的手段(消費者) | |
| 消費者 | サムスン・SKハイニックス・マイクロンの3社を 反トラスト法違反で集団提訴(6月) |
SEMIの書簡は、中国メーカーの話題には触れていない。触れないことが、書簡の立場を際立たせている。メーカー側が言いたいのは、市場原理に委ねてほしいということだ。モレノ氏が求める「米国優先供給」も、Appleが模索する「中国メーカーからの調達解禁」も、いずれもメーカーの生産・販売判断に対する政治的介入になりうる。
集団訴訟という第四の圧力
ワシントンの外でも、メモリ不足をめぐる圧力は高まっている。6月25日、米国の消費者と小規模PC事業者17名がサムスン、SKハイニックス、マイクロンの3社を相手取り、カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に反トラスト法違反の集団訴訟を提起した。原告側は、3社がAI向けHBMへの生産移行を口実に、DDR3やDDR4など汎用DRAMの供給を協調して制限し、4年間で約700%の価格上昇を引き起こしたと主張している。
3社はいずれも、HBMへのシフトは独立した経営判断だと表明している。投資銀行ジェフリーズの予測では、DRAM価格は2026年第3四半期にさらに40〜50%、第4四半期に30〜40%上昇し、意味のある価格安定は2028年以降になる。
サムスンとSKハイニックスは2000年代半ばにDRAM価格カルテルで有罪判決を受けた前歴がある。サムスンが3億ドル、SKハイニックスが1億8500万ドルの罰金を支払い、幹部が実刑判決を受けた。原告側はこの前歴を「パターン」の根拠として挙げているが、2018年に同様の主張で提起された訴訟は棄却されている。
メーカーの「対案」は消費者に届くのか
SEMIの書簡が提案した消費者向け税控除は、一見すると消費者に寄り添う姿勢に見える。中身を見れば、これは「価格を下げる」ではなく「高い価格のまま、税金で補填する」という提案だ。
メモリメーカーにとって、現在の状況は悪くない。マイクロンの2026年度第2四半期(2026年3月期)の売上高は前年同期比196%増の約239億ドル、GAAP粗利益率は74.4%で過去最高を更新した。第3四半期のガイダンスは売上高335億ドル、粗利益率約81%とさらに高い。この利益水準を維持したまま、値上がり分を国庫から消費者に還元してほしいという構造になる。
メモリの生産能力は拡大する。SKハイニックスの韓国・龍仁の新工場は2027年に本格稼働を予定し、マイクロンのアイダホとニューヨークの工場もそれ以降に生産開始の見通しだ。韓国政府も6月29日に約5200億ドル規模の官民投資計画を発表し、サムスンとSKハイニックスと連携してメモリ生産能力を5年で倍増させる方針を示した。
新工場で増える生産能力の大半はHBMとサーバー向けDRAMに優先配分される見込みであり、PC・スマートフォン向けの供給が回復する時期は2028年以降になると複数のアナリストが指摘している。それまでの間、DRAM価格は上がり続ける。
2026年4月 モレノ議員が商務長官に書簡 メモリチップの米国顧客への優先供給を要請 2026年5月 Appleが中国メモリ調達をロビー開始 ブラックリスト企業CXMTとYMTCからの調達について政権に働きかけ 6月25日 Apple値上げ+集団訴訟提起 Mac・iPadを最大300ドル値上げ。同日、消費者17名がメモリ3社を提訴 6月29日 韓国が約5200億ドルの投資計画を発表 サムスン・SKハイニックスと連携しメモリ生産能力を5年で倍増 7月1日 SEMIが米4閣僚に書簡 メモリ市場への政府介入に反対を表明。消費者向け税控除を提案 |
メモリ不足は技術的な問題から、ワシントンの政治的な問題に変わりつつある。メーカーは自由市場を求め、議員は有権者の懐を気にし、Appleは中国メーカーに活路を探り、消費者は法廷に訴えた。全員が別々の方向を向いている。誰の声が通るにせよ、メモリの値段が下がる日はまだ見えない。
参照元
- Chip Industry Urges US to Avoid Moves That Distort Memory Market
- Moreno Calls to Restrict Sale of Memory Chips Abroad Until U.S. Auto Industry Fully Supplied
- Chip industry urges US to avoid moves that distort memory market