サムスン労組のスト、裁判所が一部差し止め 半導体生産は守られた

サムスン労組のスト、裁判所が一部差し止め 半導体生産は守られた

5月18日、韓国の水原地裁が、サムスン電子の労働組合に対しストライキを一部制限する仮処分を出した。21日から予定される大規模ストを丸ごと止めたわけではない。生産現場の保全業務だけは続けさせる、という線引きである。世界のメモリ半導体の供給は、最悪の事態をひとまず免れた。


裁判所が引いた線は「ストの可否」ではなかった

今回の決定で押さえておきたいのは、水原地裁が制限したのがストの「やり方」だという点だ。ストを打つこと自体に裁判所はストップをかけていない。

決定の中身を具体的に見ると、半導体製造の特殊性が色濃く反映されている。火災防止・排気・排水といった安全関連設備の業務、それに製造装置の損傷やウェハーの劣化を防ぐための作業について、組合員はストの最中でも通常どおりの人員と稼働を維持しなければならない。あわせて、サムスン側の最大労組とその委員長に対し、会社施設の占拠、施錠、出勤しようとする従業員の妨害を禁じた。

ウェハーとは、半導体の材料となる薄い円盤状のシリコン板を指す。製造途中で工程が止まると不良品になり、製品にならない。

半導体の製造ラインは、一度止めると簡単には元に戻らない。ウェハーは製造途中で放置されれば不良品になり、クリーンルームの環境が崩れれば膨大な数の製品が一気に駄目になる。裁判所が組合員に残すよう命じたのは、この生産ラインの保全業務だけだった。

主要2労組が命令に従わない場合、それぞれ1日あたり1億ウォン(約1060万円)の罰金を科される可能性がある。労組幹部には1日あたり1000万ウォンの罰金が科される。

罰金の存在は、命令に実効性を持たせるための仕掛けだ。ストを打つこと自体は合法のまま、生産だけは守る。サムスンが申し立てた内容の多くが認められた決定だが、ストを丸ごと封じる「全面禁止」ではなかった。

発端は30億ドル規模のボーナス要求だった

そもそも、この対立は何をめぐるものなのか。発端は成果給(業績連動ボーナス)の制度をめぐる労使の隔たりにある。

サムスン電子の労組は、会社の営業利益の15%を成果給の財源とすること、そして支給額の上限を撤廃することを要求してきた。営業利益の15%という規模は、金額にしておよそ30億ドルにのぼる。会社の2026年1〜3月期の営業利益は、AIブームを追い風に前年同期の8.6倍となる57兆ウォン超という過去最高を記録した。労組の主張の背景には、この空前の利益がある。

労組が比較対象に持ち出すのが、同じメモリ大手のSKハイニックスだ。SKハイニックスが「営業利益の10%を成果給に」という方針を打ち出したことが、サムスンを含む大企業の労組を刺激した。同じように半導体で稼いでいるのに、利益の配分が見劣りする――組合側はそう訴える。

要求が通らなければ、5月21日から6月7日までの18日間、全面ストに突入する。労組はそう予告してきた。参加者は最大4万5000人を超えると見られている。

成果給をめぐる労使の主張
論点 労働組合の要求 会社側の対応
成果給の
財源
営業利益の15% 柔軟な制度化を
提案、要求は拒否
支給額の
上限
上限の撤廃 上限維持の
姿勢を崩さず
比較の
根拠
SKハイニックスは
利益の10%を支給
経営実績に応じた
制度設計を主張
交渉の
結果
5月13日に決裂。18日に交渉を再開
※ 営業利益15%は金額にして約30億ドル。2026年1〜3月期の営業利益57兆ウォン超を基準とした要求。

ただ、この要求に韓国の世論は冷ややかだ。エネルギー系メディアが実施した調査では、約7割が「無理な要求で、産業競争力を弱める懸念がある」と回答している。下請け企業からは「製造が止まれば自分たちの売り上げが激減する」という声が上がり、株主からは配当率との乖離を指摘する不満も出ている。労使の対立は、社内だけの話に収まっていない。

ストが現実になれば、影響は韓国の外まで届く

このストが世界的なニュースになる理由は、サムスンが供給するメモリ半導体の行き先にある。

サムスンの主力であるHBM(広帯域メモリ)や最先端のサーバー向けDRAMは、エヌビディアやアップルを含むグローバル企業に集中して供給されている。すでに2027年までの長期契約も結ばれている。ここで18日間も生産が滞れば、影響はサムスン1社の損失では済まない。

KB証券の試算によれば、サムスンの組合員の30〜40%がストに参加した場合、世界の供給はDRAMで3〜4%、NANDで2〜3%減少する可能性がある。

数字だけ見ると小さく感じるかもしれない。だが、いまの市場はそれを吸収できる余裕がない。世界のDRAM在庫は、4〜6週間分の需要を満たすだけの低水準まで落ち込んでいる。そこへ供給減が重なれば、価格はさらに跳ね上がる。中国・深圳の電子市場では、ストを見越して一般的なDDR4メモリの価格がすでに2割ほど上昇したという報告もある。

メモリ価格の上昇は、巡り巡って消費者の手元に届く。スマートフォン、ノートパソコン、AIデータセンター。メモリを使わない現代の製品はほとんどない。韓国の労使交渉が、日本の家電量販店の値札にまで届きうるところまで来ている。

政府は「最後の切り札」をちらつかせている

裁判所の決定と並行して、もうひとつの圧力が動いている。韓国政府による「緊急調整権」だ。

緊急調整権とは、労働争議が国家経済や国民生活を損なう恐れがあると判断された場合に、雇用労働相が発動できる権限を指す。発動されると、中央労働委員会が調停や仲裁を行う間、ストを含む争議行為が30日間禁止される。1963年の制度導入以降に発動されたのは4回だけで、直近の使用は21年前、2005年のアシアナ航空・大韓航空の操縦士ストにさかのぼる。それほど例外的な権限が、いまカードとして机の上に置かれている。

金民錫首相は17日、ストを阻止するため緊急調整権を含むあらゆる選択肢を追求すると述べた。李在明大統領も18日のSNS投稿で、労働者の権利と同様に企業の経営権も尊重されるべきだという考えを示している。政府はストを「経済に重大なリスクをもたらすもの」と位置づけ、回避を強く促している。

こうした圧力のなかで、サムスンと労組は18日、賃金・報酬体系をめぐる交渉を再開した。サムスン側は交渉責任者を半導体部門の人事担当に交代させており、組合側が求めていた「半導体への理解不足」への対応に動いた格好だ。地元メディアによれば、政府仲介の交渉は19日まで続く見通しとなっている。

裁判所の決定が出た直後、サムスン電子の株価は午前の取引で一時6.7%上昇した。市場は、ストによる生産混乱のリスクが和らいだと受け止めている。

21日まで、あと数日

整理すると、いまサムスンの労組は二重の圧力を受けている。裁判所からは生産保全の命令、政府からは緊急調整権の示唆。打てる手は確実に狭まっている。

決裂からスト予定日までの経緯
日付 動き
5月11〜13日 政府仲介の2回目の調停が決裂。労組は21日からの全面ストを宣言
5月17日 韓国首相が緊急調整権を含むあらゆる手段を示唆
5月18日 水原地裁が仮処分を一部認容。生産保全業務の維持を命令。同日、労使が交渉を再開
5月19日 政府仲介の交渉が続く見通し(事実上の最終局面)
5月21日 労組が予告する全面スト開始日。6月7日までの18日間を予定
※ 仮処分に違反した場合、主要2労組に1日あたり1億ウォン(約1060万円)、労組幹部に1日あたり1000万ウォンの罰金が科される可能性がある。

労組は声明で、裁判所の決定によってストを断念することはないとしつつ、交渉には真剣に取り組むと表明した。

スト開始予定の21日まで、残された交渉の機会は多くない。全面禁止ではなかったとはいえ、生産ラインを止められない以上、ストの打撃力そのものは大きく削がれている。

会社が空前の利益を上げ、その配分をめぐって従業員が声を上げる。働く側にとっては、いつ要求してもおかしくないタイミングのはずだった。それが「国家経済のリスク」と呼ばれ、裁判所と政府が同時に動く。一企業の賃上げ交渉が、ここまで重く扱われる産業は他に多くない。

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